イケメン転校生現る!

柊聡ひいらぎさとしです。よろしくお願いします」


 黒板へ名前を書き終えた転校生は、私たちの方を向くと、軽く頭を下げた。教室のあちらこちらから小さくため息が漏れてくる。


 その理由はよく分かった。うちの男子どもが着るとダサいとしか言いようのない、ダークグリーンのブレザーと赤のネクタイが、全くの別物に見える。


 少し長めの髪型に、たれ目だがとてもやさし気に見える瞳。細身だけど実は鍛えていそうなすらりとした体。どこからどう見ても、うちの学校に転入するような男子にはとても見えない。


 これがイケメンでなければ、何がイケメンなんだと叫びたくなるような逸材だ。


「真美、ちょっといい感じじゃない!?」


 社会の鈴木先生の眠気を誘う言葉は続いていたが、前の席に座る京子はそれを無視すると、思いっきり後ろを向いて話しかけてくる。


 私は壊れた首振り人形みたいに京子へ頷いた。これを毎日眺められると思うだけで、よだれが出てきそうになる。


「柊君は窓際の後ろの席へ座ってください」


 カバンを手に、席へ向かう長身の一挙一動をガン見する。だけど窓際の列の間を移動する柊くんを眺めているうちに、やばいものを目にしてしまった。ハシモトだ。


 ともかくこいつが視界の中へ入ってくるとろくなことがない。できれば席の位置を柊くんと変わってもらえないだろうか? そうすれば私は彼の後ろ姿を毎日眺められるし、ハシモトの姿を目にすることもない。


 そんな事を考えているうちに、柊くんは一番後ろの席へ着いてしまった。気付けば男子を含めて、クラス全員が彼をガン見している。女子の顔つきがやばいのは当たり前だが、男子すらもその頬が赤くなっている。


『お願いだから、BL展開だけはやめて!』


 私は心の中で叫んだ。もっとも彼に釣り合うような男子はこの学校には一人もいない。釣り合う可能性がある女子も、ギャルメイクを落とした京子ぐらいだろう。


 京子はと言うと、頭だけでなく、体全体を後ろ向きにして彼を眺めている。それどころか私に片目をつぶって見せた。どうやらやる気まんまんらしい。


「一限の国語ですが、担任の佐藤先生の急用で自習になりました。日直はプリントを国語科の部屋まで取りにいってください」


 そう告げると、鈴木先生は大きなお腹を揺らしながら教室を出ていく。その足音が遠ざかった瞬間、教室の中がいきなりざわついた。もちろん全員のネタは、いきなり現れたイケメン転校生だ。


 前に座る京子が、直接向こうへ乗り込むべく立ち上がった。しかもそれに私も巻き込むつもりらしい。京子は私の手を取ると、私の体を引きずりながら柊くんの席へと向かって行く。


「柊くん、私は山本京子。よろしくね!」


 京子が後ろ手に手を組んで、ピンク色のカーディガンに収まった大きな胸を突き出し気味にし、かわいいポーズを決めて見せる。


「こっちは親友の――」


 そう言うと、京子は私の方へさっさと挨拶しろと、目で合図を送ってきた。


「い、伊藤真美です」


 自分の名前だと言うのに、噛みそうになりながらやっとの思いで答える。


「柊くんって、東京のどこに住んでいたの?」


 京子がいきなり彼へ話しかけた。昔からそうだけど、京子の心臓は間違いなく鉄、いや、真鍮でできているのではないかと思う。


「えっ、品川だけど」


 柊くんが少し面食らった感じで答えた。すごいイケメンだけど、こちらを見下したような感じはしない。


「それって、あれがいっぱいあるところでしょう。ほら、なんだっけ、背の高い――」


 京子が私の顔を覗き込む。


「タワマン?」


「そうそう、タワマン。それがあるところだよね。柊君も高いところに住んでいたの?」


「住んでいたけど、僕は高いところが苦手で……。正直なところ、引っ越し出来てすごくほっとしているんだ」


「へぇ――」


 京子がびっくりした顔をする。私も少し驚いた。


「柊くんって、運動神経が良さそうに見えるけど、高いところは苦手なの?」


 つい思ったことを口にしてしまう。それを聞いた柊くんが苦笑いを浮かべた。


「そう見える?」


「うんうん! 真美もそう思うよね?」


 京子の問いかけに、私は素直に頷いた。


「そうなんだよね。見かけのせいで、色々と誤解されやすいんだよ」


 そう言うと、朗らかに笑って見せる。なんてことでしょう! イケメンなだけでなく、とっても素直とは!? 天は間違いなく彼に二物を与えています。


「そうだ。山本さんに、伊藤さん」


「固くるしいな。私たちのことは京子と真美でいいよ」


 京子が真鍮製の心臓で彼に答えた。


「では京子さんに真美さん。昼休みに校舎内を案内してもらえないかな? 担任の先生がお休みで、どこに何があるのか、全く分かっていないんだ」


「じゃ、京子と一緒に――」


 私は心で万歳三唱をしながら京子の方を振り向いた。だけど京子は柊くんへ両手を合わせている。ちょっと待って、まさか……。


「ごめん、私は野暮用があってだめなの。真美が案内するね!」


 そう答えた京子が、合わせた手を私の前でわざとらしく振って見せた。だがその目は決して申し訳ないなんて思っていない。間違いなく面白いものを見つけた時の目だ。


「じゃ、真美さんよろしく!」


 その言葉に、クラス中から「お~~!」という謎の声が上がった。それを聞いた私が、思わずあとずさりしそうになった時だ。


 ガラン!


 教室の扉が乱暴に開く音がした。


「あなたたち、今は授業中です。全員席について自習しなさい!」


 隣のクラスで授業をしていた理科の前沢女史が、ヒステリックな声を上げる。この教室があまりにうるさいのに我慢できなくなったらしい。だが部屋の奥にいる転校生へ目を留めると、何故か急に顔を赤らめた。


 イケメン、おそるべし!

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