全てはハシモトのせい
ハシモト
迷信って信じる?
「黒猫が前を横切るとか、霊柩車が通ったら親指を隠せとかあるじゃない。それって信じる?」
「真美、もしかして今頃オカルトにでもはまったの? それって、家の一番下の弟ぐらいのネタよ」
そう言うと、同じ高校に通う幼馴染の京子は、何かかわいそうなものを見る目つきで私の方をじっと見た。話自体には興味がなかったらしく、トイレの鏡へ視線を向けると、茶色に染めた髪をピンでとめる作業へ戻る。
「なんかね、最近やばいんだよね」
「それっていつものことじゃない。あんたってさ、ベランダから落っこちたりとか、昔から大けがしそうな目に何度もあっているけど、悪運というの? 毎回たいしたケガはしていないでしょう?」
「それって、運がいいことになるのかな?」
「結果オーライだから、いい事になるんじゃないの? そんな小難しいこと、私に聞かないでよ」
真美は京子が言い出したんじゃないのと一瞬思ったが、あまり物事を深く考えないギャル思考の京子と話をしていると、たいがいの事は大したことがないように思えてくる。
「それで、なんでそんなことを言い出したの?」
やっとピンの位置を決めたらしい京子が声を掛けてきた。
「昨日もちょっとやらかしてね。大したことはないんだけど、自転車で転んだのよね」
「また?」
京子が鏡に顔を向けながら、横目でこちらをちらりと見る。その顔つきは、かわいそうなものを見る目つき✕2倍だ。
「缶コーヒーに乗り上げて、見事に一回転」
道に缶コーヒーを捨てたやつに本当に腹が立つ。しかもいつの時代のものか分からない、おやじ顔のスチール缶なうえに、途中が波打っている丈夫なやつだ!
坂道を気持ちよく下っていく途中で、前輪がそれに乗り上げた。普通のアルミ缶だったら、運が悪くてもパンクするぐらいだったと思う。
だけどそいつは僅かにつぶれただけで、私の体は自転車もろとも空へ向かって一回転すると、背中から道路へ滑り落ちた。これがスタントウーマンだったら、間違いなく一発オーケーをもらえただろう。
その証拠に、後ろからきた車が道の真ん中で停車して、しばらくこちらの様子をうかがっていた。もし私が立ち上がらなかったら、きっと救急車が呼ばれたに違いない。
「でも結構ピンピンしているじゃない」
「背中から落ちたんだけど、カバンを背負っていたから体の方は何とか……。でもそっちはズタボロ」
「ご愁傷様。それで中学校時代みたいな、そんなださださのカバンでガッコへ来たわけ?」
京子が私の遠足にでも行くみたいな紺色のバックパックへ視線を向ける。その通りで、お気に入りのマスコットたちも全て、完全に使用不能になったカバンと一緒に、出勤する父親によって
「その前なんだけどさ……」
「もしかして、黒猫が前を横切った?」
ピンを止め終わり、カバンからラメ入りのリップを取り出した京子が私に聞いてきた。京子は見かけと違って、意外と人の話をちゃんと聞いている。
「ハシモトって、いるじゃない?」
「それ誰?」
「同じクラスにいる、ハシモトって男子」
「そんなやつ、うちのクラスにいたっけ?」
京子が首をひねって見せる。どうやら本当に思い出せないらしい。
「いるよ、窓際の前から三番目。めちゃくちゃめだたないやつ」
「ああ、確かにじみ~なやつがいたかもね。真美って、もしかしてあんなのが好み?」
京子が今度はやばいものを見る目でこちらを眺める。
「まさか!? でも最近よく見かけるのよね」
それだけじゃない。だいたい目にするのは私が何かやらかした時だ。つまり、やつは私にとっての黒猫と言う事になる。昨日の帰り道もやつの自転車を見かけた上に、私がサーカス張りの回転を決めた姿を、後ろを走っていたあいつからばっちりと見られた。
「もしかして、あいつ真美のストーカーなの?」
リップを謎のゆるキャラがいっぱいついたカバンへしまった京子が、私の顔をじっと眺める。その表情はさっきまでのアホ面と違って真剣だ。
「真美、私があいつにきちんと言ってやろうか?」
京子はギャルだが、実は背も高くてスタイルもいい。顔だちもとっても整っている。モデルに応募したら、書類審査で落ちることはないと思えるぐらいだ。
それでいて4人兄弟の長女なせいか、姉御肌で面倒見もいい。だから何のとりえもない平凡を絵に描いた私と違い、昔からモテた。特に女子からはモテモテだ。
それが面倒でギャルを演じているところもあったが、どうやら水が合ったらしく、今では正真正銘のギャルになっている。
「そうとも思えないんだよね。それに家の方向は同じみたいだし……」
「真美、やばいと思ったらすぐに相談してよ。何かあってからじゃ遅いよ」
「うん。ところで京子、なんで今日はいつもより気合が入っているわけ?」
京子は鏡を見ながら、未だに前髪の調整をしている。登校したらトイレの鏡の前で化粧する京子と話をするのはいつものことだが、今朝は間違いなく気合が入っていた。
「転校生が来るのよ!」
「うちの高校に転校生!?」
京子の言葉に私は驚いた。うちの高校は元女子高が共学になったところで、偏差値も高くない上に、強い部活なんてのもまったくない。ともかくじみ~~な学校だ。
「どこから?」
「東京から! 向こうは本場でしょう。それに負けないように気合をいれないとね!」
京子はそう告げると、正直なところ、何も化粧をしない方が何倍もましだと思う顔で、私にニヤリと笑って見せた。
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