第2話 閻魔庁の変、2020夏


「大変です!審問の順番待ちの亡者たちが入口前でデモを起こしています!」


と息せききって執務室に駆け込んで来た秘書の鬼神によって若い閻魔大王の居眠りは破られた。


閻魔大王、それは亡者の生前の行いによって地獄か、極楽か、転生か。と魂の行く先を決める裁判官の長。


「デモぉ?そんなん無視すればいいじゃん」と眠い目をこすって大王はのろのろと制服である道教の行者服に身を包み、冠を被って二階バルコニーから外を見下ろした光景は…


最初の審判待ちの白襦袢の亡者、約一万人のほとんどが「強権裁判やめろ」「人間生お役御免の許可を!」とプラカードを掲げ、


「我々はぁ、現世で十分貧苦の地獄を生き抜いたぁ、大した罪もない亡者だぁ。だのに何故我々にぃ、さらに地獄での苦行だの再び人間に転生だのぉ、裁判官の一方的な審判で決めるのかあ⁉︎


我々は冥界強権政治に異議を申し立てぇ、人間への転生を断固拒否するものである!」


と生前暴れん坊代議士、と呼ばれた野党の国会議員、沖田正治(享年82)がメガホンでこちらに向かって訴え、それに続いてそーだそーだぁ!と野次を飛ばす。


「鬼神、恵那えなよ、デモの参加者の生前の経歴を洗い出しすぐ報告せよ」


と大王がかたわらの秘書に命令し「は」と手持ちのタブレットでデモを主導する亡者たちの顔を撮影して検索して15秒後。優秀な鬼女はうっわあ…と面倒くさそうな声を上げた。


「主導メンバーの全てが昭和20年から25年生まれの団塊の世代で学生運動に参加していた全共闘世代です…集団での闘いかたに慣れている厄介な連中ですよ」


「あーそっか〜。彼らも天寿で冥界に来る時代になったんだね〜」


とへらへら笑った大王はそこで笑顔を消し、


「彼ら、各地獄の亡者たちに聴こえるようにわざと音声を流しているね。このままじゃ呵責に耐える亡者たちが暴動を起こしかねない…」


肉体言語(1000の言論より1の暴力)を使わない彼らのやり方は実に狡猾だ。


と思った大王は

「直ちに鬼働隊きどうたいを出動させ、10メートル手前で盾を構えさせるように」


と指示を出し、虎の毛皮を纏った屈強な鬼たちが幅2メートル、重さ300キロの鋼鉄の盾でずしん!と地響きを起こしながらデモの群衆の前に頑健な壁を作った。



「我々を制圧して実力行使に出る気か?この鬼め!」


鬼畜ー!畜生ー!と亡者たちからのシュプレヒコールを浴びながら、


いや、自分ら元から鬼なんですが。


と夏の日差しの下、盾と鋼鉄の棍棒を構えて「決してこちらからは手を出すな」との大王からの厳命を守りながら鬼働隊は2時間近く耐えていた。


そんな時である。


自ら盾を放り出した二本角の美しい鬼女きじょが虎革のスポーツビキニショーツとブーツという現世で昔流行ったアニメのヒロインと同じ出で立ちで現れ、長さ2メートルと鋼鉄の棍棒を肩に担ぎながら鬼働隊とデモ隊の間に立った。


「我が名は閻魔庁直轄、鬼働隊長の鬼羅利きらり

大王さま直々の命により亡者たちの主張の申し入れ、古来よりの習わしである各代表の一対一による決闘を行い、こちらが勝ったらデモを解散し、負けたら貴君らの交渉に応じるものとする。それで良いか?」


そう言って鬼羅利は縦ロールの長髪をふわさっとなびかせ身長2メートルの鍛え抜かれた肢体の、虎革から覗く筋肉を見せびらかした。


「その決闘、お受け致す!我が名は相日ピースの千秋穣!」

とひとりの亡者が鬼羅利の前に進み出る。頭に野球用の青いヘルメットを被り、右手に年季の入ったグラブ、左手にボールを持った彼は、まさしく伝説のサウスポー、千秋穣ちあきじょう。(享年72)


彼の名乗りでデモ隊がざわめき、

「嘘だろ、野球界のヒーローだぜ…」

「残業帰りにテレビで千秋の試合を見るのが生き甲斐だったんだ」

「息子は彼に憧れてリトルリーグに入ったのよ!」

と今ここでサインを貰いたい衝動に駆られたが亡者全体の権利を勝ち取るために堪えて決闘を見守る事に決めた。


「成程、我が打者でそなたが投手の野球による勝負か。棍棒対硬球では勝負が釣り合わないのでそなたが投げる球を鋼鉄にするのを許す。我の棍棒を打ち砕いたら負けを認めよう…」


閻魔庁前芝生の広場に何故かつむじ風が舞う。


「頑張って千秋さん!」

「完封頼む!」


との昭和世代の野球ファンの声援を浴びた千秋と鬼の中の鬼、と讃えられる鬼羅利との野球対決が行われた。


最初の3球は鬼羅利による場外ホームランでデモ隊の遥か後方の地面にまで鋼鉄のボールがめり込み、亡者たちはあぁ…と嘆息した。


が、鬼羅利の腕が痺れ棍棒の棘が2、3個割れている!と気づいたのは5球目からだった。打球の飛距離は明らかにデモ隊直前の地面にまで縮み、13球あたりから棍棒にひびが入り、鬼羅利の息が上がる。


おかしい、鬼神である私が何故こんなに疲れる…?


17球目から投げる時、千秋がデモ隊長の隣にいるヘルメットと手拭いで顔を隠している女性から右手の握りこぶしを左手で包むサインを送られ、頷いたのを鬼羅利も勝負に白熱していた観衆も見逃していた。


一球一球ごとに私が棍棒に受ける衝撃は人間が出せる力ではない。まさか…球に何か?


と鬼羅利が思った21球めで巨大な棍棒が中心からへし折れ、デモ隊からわああー!と歓声が上がった。


こうして後に、


千秋の21球。


と呼ばれる伝説の勝負が終わり、亡者たちは閻魔大王との交渉の末「これなら耐えられる人外への転生」の権利を勝ち取った。



「…とまあ、千秋選手の活躍のお陰で地獄で負け知らずの鬼羅利さまに勝利し、本来ならばあと3回人間に転生する代わりに桐葉さまの眷属として100年の奉公を選択して今ここに仕えている訳です…」


と話し終えた万葉のしおらしく俯く顔に向かって桐葉は、


「あの鬼神の棍棒が亡者のサウスポー21球で簡単に砕ける訳が無い。


さては球の中にに火薬を仕込んでわざと同じところに爆発する球を当て続けるよう悪知恵を授けた者がいるね?『参謀』こと過去世美容室ひまわりグループ会長で日本美容界のドン、上野麗子さ・ん」


と桐葉さまは私の過去世での正体と本名まで明かしてから私の頭をぐりぐりと撫で、


「鬼を欺ける程の悪知恵を持ったあんただからお似合いの狐族に転生した訳だ。

私を欺かず100年ここで大人しくすることだ・ね〜。欺いたら速攻地獄行きだから」


とさらに圧をかけて押さえつけるの桐葉さまの威厳に満ちた声と森羅万象を見通す神通力を前に、


もうこの主についていくしか無い。


と心を決めて奉公に励んでおります。


え?ここでキャッチフレーズになる一言?


そうですわねえ、罪の清算が近い亡者を鬼、眷属、使者に転生させて精霊界の要員不足を解消する大王さまのお気持ちを汲んで…


人外、最っ高ー!


ですわ。うふふ。



ラベンダーの香りの泡風呂につかりながら雑誌「鬼神公論」を読んでいた閻魔庁鬼働隊長、鬼羅利は、


「るっせー!この奸智に長けた女狐めぎつねぇ、向こう100年は冥界こっちで会いたくねえー!」


と叫びながらバスルームの壁に濡れた雑誌を投げつけてから我に帰って手鏡に自分の顔を映し、


「可愛い鬼さん、今日も頑張れ」


と笑顔を作って己を励ました。



眷属狐女、万葉の聖域日記・終











































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眷属狐女、万葉の聖域日記 白浜 台与 @iyo-sirahama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ