第49話
4限の調理実習をするために家庭科教室に移動した俺たちだったが、黒谷さんの姿はなかった。
「うっそ、ニャコちゃんどこにいるんだろう」
「連絡してみるよ」
俺はスマホを取り出すと黒谷さんとのトーク画面を開いて試しに猫のスタンプを押してみる。しかし、既読はつかない。
『(鮎原)黒谷さん、どこ? 調理実習一緒に参加する約束だったろ』
やっぱり、既読にはならない。まさか、こんな時に気まぐれが発動して嫌になってしまったのだろうか。黒谷さんのことだからありえるっちゃあり得るけど。
「どう?」
「既読つかない……や」
「まじか〜、俺黒谷さんと料理できるの楽しみにしてたんだけどなぁ〜」
岡本くんが手際よく野菜を洗いつつ口惜しそうにいった。俺も同じく、黒谷さんと一緒に受けたかった。
「ニャコちゃん、朝から寝てたから具合悪かったとか……? 心配だね」
と秋田さんも心配そうにスマホに触っている。しばらくして彼女が調理実習のグループチャットにメッセージを送ったが、そちらも無反応だった。
「とりあえず、3人で頑張って作ってお昼になったらニャコちゃんくるかもだし」
「だね、秋田さんのいう通り具合が悪いのかもだから頑張って作るか。ってことで鮎原くん、スープはよろしくぅ」
バシンと背中を叩かれて気がついた。
——俺と黒谷さんがスープ係だ。
「あら、黒谷さんがいないわね。何か聞いてる?」
授業開始後、出席をとった牧田が俺たちの班にやってくると釘を刺してきた。咄嗟に秋田さんが「体調が悪いのかも」とはぐらかし、俺も「そうかも」と援護射撃。
「そう、わかったわ」
牧田が他の班を見にいくと、岡本くんが野菜を華麗に切りつつ準備を進める。俺は卵を人数分割ってかき混ぜていた。
ワカメスープの作り方をスマホで必死にググりながら、準備をする。
「そっくん、できそう?」
秋田さんが俺の工程をチェックしつつ声をかけてくれた。彼女はご飯を炊く係を終え、青椒肉絲の肉のカットとした準備に入っていた。
「うん、多分大丈夫」
「そっか、じゃあ青椒肉絲作る前にスープ作っちゃおうか」
「わかった。えっと、分量は……」
「はい、鮎原くん。これ計量カップと計量スプーン」
岡本くんは、中華店の息子らしく非常に手際が良い。青椒肉絲は野菜や肉を細切りにするのだが、切る担当を彼にしてよかった。芸術点100点の野菜と肉。炒める担当の秋田さんが作ればクラスで一番美味しい青椒肉絲ができるに違いない。
「えっと、4人分だから……」
計量カップにペットボトルからミネラルウォーターを測って鍋に入れる。そのままコンロに火をつけて、次は顆粒だしを計量する。
「中華だしを大さじ3……」
大きな方のスプーンで3倍の顆粒だしを入れて、その後にわかめをいれて沸騰したら卵をゆっくりと入れる。
「おっ、いい感じじゃん。あとは卵に触らなければふわふわになるよ〜。そっくん、お疲れ様」
火を止めて、スープが入った鍋をテーブルの上の鍋敷きの上に避難させる。すでに役割を終えた岡本くんの隣に座ってやっと一息つけた。
「なぁ、鮎原くんよぉ」
「おぉ、どうしたの?」
「黒谷さん、呼んできた方がよいんじゃないの?」
「いや、って言っても多分気分的にやりたくないんだな〜って人を無理やり連れてくるのもさ、あるし」
「いやいや、鮎原くんってばすげ〜鈍感じゃん。あーもうめっちゃ鈍感じゃん」
おどけた様子ではあるが、彼の目はじっと俺を見据えている。
「えぇっ……」
「そりゃー、俺だって陰キャだしさ。彼女なんてできたことないよ。ないけどさ、こう客観的になるとわかるっていうかさ」
秋田さんが手際よく野菜や肉を炒めている。テーブルの上では炊飯器が美味しい香りを漂わせる湯気をあげて、もうすぐ調理実習の終了を知らせていた。
「既読、つかないし。どこかで寝てるのかも」
「黒谷さんは鮎原くんにこう一緒にやろうって言って欲しかったんじゃないか? ほら、なんていうかさ」
「できた〜!」
岡本くんが何か言いかけた時、秋田さんがお皿にドバッと美味しそうなチンジャロースを盛り付け終わった。
「おぉ!」
「おぉ!」
結構いい感じにできていて、俺たちはさっきまで話していたことをすっかり忘れて昼食の準備を始める。フライパンを俺が洗いつつ、岡本くんがスープを温め直す。そのうち、炊飯器がピーと鳴ってほかほかの白ごはんが炊き上がった。
「ニャコちゃん、既読つかないね」
秋田さんが心配そうにスマホを見つめる。俺も個人チャットを確認してみるも既読はつかないままだった。
黒谷さんのことだからいつもの気まぐれでサボっているだけの可能性が高いだろう。俺はすごく楽しみだったけど、彼女にとってはそうでもなかったのかも。その上、後藤のことがあって間接的に「自分のせいかも」なんて思っていたら気分が乗らないのは仕方がない。
「俺、茶碗とってくる」
俺は家庭科準備室に入り人数分の茶碗とスープ皿、取り分けようの皿をトレイに載せた。4人分、もしかしたら昼ごはんだけちゃっかり食いにくるかもしれない。
「黒谷さんと一緒にやりたかったな」
ボソッとつぶやいて、それから俺は家庭科室へと戻った。
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