第48話


 やっとのことで電車をおりた俺たちは、暑かったからかそれとも照れからか真っ赤なまま学校に向かって歩いていた。

 遅刻確定だが、遅延証明省もあるしこの感じだと多くの人が遅刻になっているだろから問題ないだろう。

「あの、さっきはごめん」

「えっ、えっ、なんで空くんが謝るの? 何もしてないじゃん」

「そうだけど……なんかほらその」

「別に、謝ることしてないじゃん。私も空くんのおかげで怪我とかチカンとかなかったし」

 これ以上、体が密着していたことについて言及する方がセクハラになってしまうかもしれないし、この話題はもうやめておこう。

「そっか。けどめっちゃしんどかったな。満員電車」

「ほんと、まじでやばかったね。東京の中心部だとあぁいうの毎日らしいよ」

「まじ?」

「おおまじ。空くんは高校生やめて社会人になるっていうけど……社会人も辛そうだよねぇ」

 あの満員電車に毎日と考えるとそれだけで気が滅入りそうだ。でも確かに、東京の混雑する電車だと押し込み係の駅員がいるとかいないとか聞いたような気がする。

 その上、社会人であれば「嫌だからサボる」なんてことは許されないだろうし。

「HR中には到着しそうだな」

「え〜、せっかくならどっかレストランでも入ってお茶したかったなぁ」

「それじゃこの30分の遅延証明聞かなくなるだろ」

「え〜、ケチ」

「ほら、行こうぜ」

 大通りから学校への細い道に入る。校門が見えてくると遅刻している生徒たちが急いで走り出した。当然、俺も黒谷さんも走ることはない。普通に校門をくぐって昇降口に入り教室に向かった。


 教室に入るとまだ着いていない生徒も多いのか担任が俺たちを見て「早く席について」と言った。

 俺と黒谷さんはそそくさと席につく。

「そろそろ1限が始まっちゃうから、一旦いない人もいるけど連絡事項を伝えるわね。まず、今日の後藤先生の授業は自習に変更になりました。それから、このプリントを本日、必ず保護者の方に渡してください」

 ざわつく教室。それもそのはず、後藤といえば昨日例の動画がバズっていて今朝までクラスのグルチャで話題に上がっていたのだ。

「あ、そっくん。おはよ。はい、プリント」

「あぁ、秋田さん。おはようありがとう」

 秋田さんからプリントをもらって、目を通さずに1枚取ると後ろの岡本くんに回す。

「おはよ」

「お〜、鮎原くんおはよ。さんきゅ〜」

 プリントを彼に渡してから、俺はあたらめて目を通す。【当校の話題になっている動画・報道についての説明会】と書かれていた。プリントが行き渡る頃には教室はかなり騒がしくなっていた。

「みなさん、お静かに。後藤先生のことについては保護者の皆さんに説明後皆さんにもしっかりと説明させていただきます。さ、授業の準備をして」

 チャイムがなり、教室がざわついたまま担任は慌ただしく出ていった。ネットで大きく拡散されたことで保護者からだけでなくいろんな人から苦情が殺到しているらしい。ついでに、投稿したアカウントの持ち主である隣のクラスの生徒は謹慎になっているとかなんとか……。


「そっくん、昨日はごめん。遅くまで話しちゃって……。もしかしてそのせいで遅刻しちゃった?」

 秋田さんは担任が出ていくなり振り返ると、パチンと手を合わせて俺に頭を下げた。

「あ、違う違う。使ってる路線が人身事故でさ。電車遅延だから気にしないで」

「そ、そっか。よかったの……かな?」

「まぁ、誰かが怪我してるかもだし良くないかも。けど秋田さんのせいじゃないからさ、気にしないで」

「うん、ありがとう。そうだ、そっくん。今日の調理実習なんだけどちゃんと予習してきた?」

「いや、してない。ってか、料理はあんまり得意じゃないから俺は負担が少ない役割だと嬉しいかも。煮る係とか」

「煮る係? わかった。じゃあ、モカの方で予習しとくね」

「確か、青椒肉絲とスープだっけ。卵の……」

「そうそう、スープは卵を使えばどんなものでもいいんだって。だからモカ、乾燥わかめ持ってきておいたからワカメスープにしよ! ニャコちゃんと岡本くんはOKって言ってたけど、そっくんはどう?」

「俺ももちろんOK」

「じゃあ、きまりね。そしたら、青椒肉絲はモカと岡本くんで作ってワカメスープはそっくんとニャコちゃんにお願いしようかなぁ。いい?」

「いいけど、他の2人は?」

「ニャコちゃん、いい?」

 黒谷さんは突然話しかけられてびっくりしつつもクールに「モカっちに任せる」と返事をし、伏せて眠ってしまった。今朝は黒谷さんも早起きだったもんな。俺も、自習は睡眠時間に使おうかな。

「岡本くん、モカたちの話聞いてた?」

「聞いてたよ〜、おっけい。俺、実家中華料理屋だから任せて」

 心強すぎる……。思わず振り返って彼に声をかけた。

「それまじ?」

「うん、そっか。鮎原くんってこの近くの出身じゃないっけ?」

「違うけど……」

「学校から歩いて10分くらいのところにあるんだ。よく運動部の生徒たちに割引しちゃうから、割引中華とか呼ばれてるけど、すげーうまいし。今度鮎原くんも食いにきてよ。もちろん、奢るからさ、うちの親父が」

「あ、ありがとう」

 お世辞かもしれないけれど、誘ってもらえたことが嬉しくて思わず笑みが溢れた。学校ってこんなに楽しかったんだ。友達ができるってこんなにも幸せなことだったんだ。

 調理実習をサボろうとしていた俺を止めてくれた黒谷さんに感謝しないとな。黒谷さんの背中を見ながら俺は強く思った。

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