第50話
黒谷さんが来ないまま、授業終了のチャイムがなりそのまま家庭科室での昼食タイムが始まった。
「はい、岡本くんとそっくんの分」
秋田さんがせっせとお茶碗にお米を盛り、俺はスープをそれぞれの皿に注いだ。
「なぁ、やっぱ黒谷さん探しにいった方がよくないか? 鮎原くん」
「そうだねぇ……」
2人は心配そうに俺を見つめた。俺はスマホを出して確認するがやっぱり既読はついていなかった。
彼女はさしてこの調理実習を楽しみにしていたわけではなかったと思う。けど、俺を無理やり誘っておいてサボるってのはやっぱり何か理由があるんじゃないか。
「ちょっと俺、探してくるわ」
「おっと、じゃあこれ持ってきな」
岡本くんがこちらによこしたのは透明なタッパーに詰まった米と青椒肉絲、それから箸だった。
「えっ、これって」
「いや〜、あまったら持って帰ろうと思って準備してたんだけどさ、こんなところで役に立つとは。まぁ使ってくれよ」
「あ、ありがとう」
タッパーと箸を持って、廊下に出たものの黒谷さんはどこにいるんだろうか。とりあえず、スマホで通話をかけてみるも彼女は出なかった。
移動教室の時、たいていのサボりスポットは教室だ。まず、俺は教室へと戻ってみる。
ドアの方は施錠されているが、廊下側の地窓は空いているので開いて入ってみる。しかし、そこに黒谷さんの姿はなかった。
思い出せば、黒谷さんとの出会いはこの教室だったな。俺が先に寝ていたら、彼女が俺を眺めていて……今では見慣れてしまったが彼女の美しさと魅力にドキドキしっぱなしだった。それから不思議な縁で彼女と話すようになって。色々あって登下校するようになって……。
「ここもいないか。じゃあ茶道室……」
教室を抜け出すと俺は茶道室の方へと向かった。彼女の人脈で鍵を手に入れてよく一緒にサボった場所だ。ピンとした畳の香りと暖かい日向がとても心地が良い。俺もよく彼女と昼寝をした記憶がある。
茶道室のドアは当然のごとく閉まっていたが、こっちも地窓の方は鍵が開いていた。こっそり中に入って地窓を閉めると、ポカポカと暖かい茶道室の中に見慣れた女の子が横になっていた。
黒谷さんは座布団を枕にしてすやすやと眠っていた。俺たちの心配なんか全く気にかけず、穏やかな寝顔に俺はぐったりして隣に座り込んだ。
やっぱり、今朝早起きしたからかそれとも俺を待って昨晩遅くまで起きていたのか、眠気に勝てなかったんだな。
「はぁ、心配したんだぜ……俺もみんなも」
大きくため息をついてごろんと寝転がる。ぽかぽかで俺まで眠ってしまいそうになる。腹が減ってるはずなのに、黒谷さんを見つけた安心でそれもすっかり感じなくなってしまった。
しばらく寝転がって黒谷さんを見ていると、彼女はパッと瞼を開いた。突然、視線がぶつかって照れる俺を見て、彼女はシパシパと瞬きをする。
「おはよ」
「お、おはよう……、空くん」
「人のこと、強引に誘っておいてサボっちゃってさ。黒谷さん」
黒谷さんは半身を起こして目を擦るとちょっと拗ねたように口を尖らせた。
「別に、私は賭けに負けてないし、昨日空くんが夜待たせたら眠くなっちゃったんだもん」
「それはごめん……けどさ俺、すごい楽しみだったんだ。黒谷さんと調理実習するの。だからさ、その……」
次の言葉は出てこない。友達だってできたのが最近なのに、女の子に告白するなんて……。
「楽しみだったの? 空くんが?」
俺の緊張感とは違って黒谷さんは驚いたように目を見開いた。それもそのはず、ついこの前まで俺は学校なんか早く辞めてやろうと言っていたし、こう言ったイベントごとなんてくだらないと豪語していたからだ。
「うん、実はすごく楽しみだった」
「そっか……そうだよね。だって仲良いメンバーばっかりだもんね」
と彼女はすぐに不貞腐れた顔になる。
「それもそうだけどさ、俺は黒谷さんと一緒に授業が受けたかったんだ。黒谷さんは嫌だったかもだけど……俺ずっと憎まれ口叩いてたけど本当は楽しみだったんだ」
「えっ、私と?」
「そう、黒谷さんと。ガキっぽいかもしれないけど……ははは」
「そっか……空くん。楽しみにしてくれてたんだ、私と」
ボソッと言うと、彼女は小さく息を吐いて「ごめん」と俺に謝った。
「昨日、電話に出なかったことはごめん」
「そのあとのことが嫌だった」
「へ? その後? 朝早くにメッセしたこと?」
彼女がぶんぶんと首を横に振った。俺と2人でいる時はちょっと子供っぽいリアクションが増える。
「違う、モカっちのこと」
「秋田さん?」
「うん」
黒谷さんは口を尖らせ、俺から目を逸らす。下を向いたまま、畳を人差し指で擦った。秋田さんのこと、なんだろう。
「ごめん、秋田さんがどうかしたの?」
「空くんの馬鹿……」
「いや、ごめん。本当に、なんのことだか」
「昨日、モカっちと夜電話してたから、私との電話できなかったってこと。私に隠したでしょ」
「あ〜……言われてみれば」
「なんか、モカっちとすごく仲良さそうだし、あだ名で呼ばれてるし。それを隠されたの嫌だった」
小さな声で恥ずかしそうにそういった彼女の言葉に俺はちょっとだけ衝撃を受ける。これって、これって……
「もしかして、嫉妬……?」
「あっ、言われてみればそうかも、そうかも? 空くんはどう思う?」
「俺は黒谷さんじゃないからわかんないよ、けどさっきのちょっと嬉しかったかも……?」
「付き合ってるならそう言ってくれればいいのにさ」
「え? 誰と誰か?」
「空くんとモカっち」
まさかそんな勘違いをされていたとは……。
「いいや、秋田さんとは付き合ってないよ。仲良くしてもらっているのは事実だけど……だって俺、好きな子が他にいるし」
黒谷さんが好きだとは言えず、変な濁し方になったけれどこれが俺の精一杯だ。彼女に伝わったとしてもそうじゃなかったとしても誤解を解ければいいんだが。
「好きな子いるんだ。どんな子?」
「それは……」
黒谷さんは何やら勘づいたのか俺の方にぐっと近寄ってくる。
「へぇ〜、そうなんだ、空くんが好きな子……ねぇ」
「と、とにかく昨日はごめん。だから一緒に食べようぜ。青椒肉絲。って俺はスープ係だから作ってないけど……」
俺はタッパーを2人の間に置くと、蓋を開いた。
「おっ、美味しそうじゃん。戻ってスープも食べたいけれどちょっと一口食べちゃおうかな」
黒谷さんはやっといつもの笑顔に戻ってチンジャオロースを一口食べた。
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