第46話


「モカね、こんなに家族のこととか話せた男の子は鮎原くんが初めてなんだぁ」

「そうなの?」

 秋田さんはコミュ力も高いしそんなふうには見えなかったので意外だ。

「うん、なんか鮎原くんってこう不思議な魅力があるなぁ〜って。なんていうかこう安心できるっていうか」

「そうかな? 俺はそうは思わないけど……」

「えへへ、なんか鮎原くんってやっぱり猫ちゃん系だよね。一緒にいるだけでなんか落ち着くって感じ。そういう? ツンとしてるのにまだお話聞いてくれるところとか」

「なんだよ、それ」

 思わず俺が笑うと秋田さんはケラケラとすずでも転がすように笑った。いつもの「えへへ」という愛想笑いとは違ってなんだか俺はドキドキした。

「そうだ、モカ。鮎原くんともう少し仲良くなりたいな〜って思うんだけどさ」

「うん」

「何て呼んだらいい?

「えっ? どういうこと?」

「だから、鮎原くんって苗字で呼ぶのはよそよそしいな〜って思ってさ」

「あぁ、別に好きに呼んでくれていいんだけど……」

 ずっと友人を作ってこなかった俺には「あだ名」と言うものが存在しない。強いて言えば最近黒谷さんが「空くん」と親しみを込めて呼んでくれるくらいだ。

「え〜じゃあ。空君とか? 普通すぎる?」

「そのくらいがいいんじゃないか……? 俺あだ名とかないんだよね」

「そうなの?」

「うん、キャラ的に付けにくいのかも……ははは」

「じゃあ、モカがあだ名つけてあげるよ」

「えぇ、秋田さん。あんまり変なのはやめてくれよ。恥ずかしいからさ」

「えへへ、モカにお任せあれ。うーんとね、そっくんとかどう?」

「お、おぉ」

「いいでしょ? モカ、弟と妹が多いでしょ? だからあだ名つけ係なんだ〜。ほらその上バレー部ってコートネームがあるでしょ?」

「コートネーム?」

「バレーをやってるときにコートの上で呼び会う名前のことだよ。まぁあだ名みたいなものかなぁ。ほら、コートの中ではさん付けとか先輩とか言ってる時間ないから」

 俺はバレーをしたことがないからよくわからないが、真面目な秋田さんが言うんだから本当にそうなんだろう。

「へぇ……秋田さんはコートネームとかあるの?」

「モカはそのままモカだよ」

「全然あだ名じゃないじゃんか」

「あははは、確かに。そうかも」

 秋田さんがまたわかってくれて、俺たちはしばらくこの話題に盛り上がり続けた。コートネームは名前がかぶっていたり、長かったりする人がつけるものらしい。

「やっぱり、そっくんと話すの楽しいわ」

「そうかよ」

「わぁ、もうこんな時間。そろそろ寝ないとだね」

 時間を確認してみるともう0時近くになっていた。俺はクラスメイトとこんなに遅くまで電話するなんて初めてで、つい時間を忘れてしまった。

「そうだね、俺もそろそろ寝るよ」

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」


 秋田さんとの通話が終わると俺はそのままスマホをベッド脇に置いて眠りについた。



***


 翌朝、なぜか早く目覚めた俺はベッドの中でまったりとした時間を過ごしていた。起きなければいけない時間よりも早く起きると少し得した気分になる。

 スマホの通知はいくつかあって、そのほとんどがクラスのグループチャットだった。例の後藤先生の動画の件がもっぱら話題になっていて、これからどうなるかという議論にまでなっていた。


『(黒谷)空くん、寝ちゃった?』


「やべっ」

 昨日、秋田さんとの通話中に黒谷さんからメッセージが来ていたのを保留してたことをすっかりと忘れていた。


『(鮎原)ごめん、寝ちゃってた』


 もちろん、朝6時だ。既読はつかない。

 あとで一緒に登校する際に謝ろう。きっと黒谷さんも後藤の動画の件でなにかしら不安になっていたのかもしれないし……。悪いことしてしまったな。

 そのままの流れでSNSの検索窓に高校名を入れてみる。すると、昨晩と変わらず後藤の話題で持ちきりだった。中には有名なご意見番芸能人が引用していたりしてさらに論争を呼んでいた。

 その上、動画を投稿した生徒が特定されてそっちも顔を晒されたり、ひどい誹謗中傷がいくつか見受けられた。

「教師の人格を疑う人と、それを晒しちゃう生徒を叩く人か……」

 

『(黒谷)おはよ、いいよ。怒ってないし、けど帰り道肉まんおごりね』


 黒谷さんからのメッセージに安心しつつ俺は


『(鮎原)起きるの早いな。了解』


 とそっけない返事をする。本当は黒谷さんが許してくれて安心したのに、起き抜けでやりとりができて嬉しいのに素直になれない。

 体を起こして学校行く準備をしよう。今日は調理実習もあるし、頑張らないと。

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