第45話


「空くん、随分とモカっちと仲良しじゃん」

 最寄駅の改札を降りて、住宅街へと入った頃、黒谷さんが不満げに言った。確かに、英語の授業の前から終わるまで視線を感じたような気もしたけど……。

「そうかな?」

「そうだよ。だって空くんはあんまり同級生と話さない印象があったから不思議な感じ」

 駅の中で買ったクリームパンを食べながらこっちを可愛らしく睨む彼女。俺はどうしたら良いかわからず適当に誤魔化した。

「まぁ、秋田さんはなんと言うかこう俺が何もしてなくても声かけてくれる的な感じ」

「モカっちの方が懐いてる感じ?」

 懐いてると言われると犬感が増すがそう言われるとそうだ。秋田さんとのコミュニケーションはどちらかといえば秋田さんから、ということがほとんどだ。

「懐いてるっていうか、なんだろ」

「男女でペアとか結構レアだよ?」

「そうなの……?」

「うん、付き合ってるって思われてるかも?」

「そういう関係じゃないんだけどなぁ……」

「ふーん、でもモカっちは違うかも?」

「なんだよ、それ」

「女の勘ってやつ? で? 空くんはどうなの?」

 どうなの? と聞かれると……。秋田さんはかなりの努力家で勉強も運動もできるし、何よりポメラニアンみたいな見た目もすごく可愛いと思う。けど、まだどこか秋田さんはうちに秘めたものがありそうで興味もある。

「うーん、秋田さんのことはまだよくわからないことも多いかな」

「え〜、じゃあ私は?」

「黒谷さんは……」

 黒谷さんは一見クールでミステリアスなギャルに見えるが実はそうではない。家の中では割と子供っぽかったり、サボっている時はだらっとしてたり割と等身大な高校生と言った感じだ。その上、母親思いで寂しがりやで……。

「黒谷さんのことはなんかよくわかってるかも」

「うっそ〜、ほんとにぃ?」

 くるっとこちらに振り返って、懐疑的な視線を向ける彼女。その仕草もとても可愛いが、疑われているのは心外である。

「まぁ、黒谷さんの家での感じとか学校での黒谷さんとはギャップがある感じとかは知ってるつもりだぜ。あとは、ギャルに見えて実はちゃんとしてるところとか、お母さん思いなところとか、高いところが苦手とか……」

「わわっ、もういいからっ」

 慌てる黒谷さんが可愛くてちょっと意地悪したくなるが俺は素直に発言を止める。顔を真っ赤にして俺の肩をぽこぽこ殴る可愛さと言ったらもう……。

「すまんすまん。けど、まだ1学期も終わってないのにいろんなこと知ってるよなと思ってさ」

「それは……確かに。私も知ってるし」

「え? まじ?」

「うん」

 黒谷さんはニッと悪い笑顔になるとクリームパンを半分にして俺に寄越した。

「なんだよ、知ってるって」

「秘密〜。そのうち教えてあげるよ」

「はいはい、そうですか」

 クリームパンを齧ると冷たくて甘いカスタードクリームが口の中でじゅわっとトロけた。食いかけのクリームパン、間接キスだって意識すると恥ずかしくなってくるので意識しないように努める。

 黒谷さん、こう言うところは恥ずかしがらないんだよな。と彼女を見ると……トマトみたいに真っ赤になって俯いている彼女がいた。


***


「もしもし、鮎原くん?」

「あぁ、秋田さん。どうしたの?」

「なんか、大変なことになってるみたい。クラスのグルチャみた?」

 見てない。というか、入ったはいいもののノリについていけなくてミュートしたままだった。

「ん、今見るよ」

「うん、後藤先生のこと」

 秋田さんと通話を繋いだまま、クラスのグループチャットに入ってみる。未読300件の恐ろしい通知をさっと消して、一旦最新のチャットまで飛んでみる。


『(原田)後藤のやつやばくね?』

『(嶺岡)あの動画流出はやばいって、ってか流したアカウントって隣のクラスの?』

『(美希)あ〜ニャコの親衛隊の人じゃない?』


 一旦、チャットを閉じて秋田さんに声をかける。

「秋田さん、何があったの?」

「あぁ、なんかね。後藤先生がコンビニで店員さんを怒鳴りつけて説教してる動画がSNSに流れたの。そんで、そこに後藤先生の名前と高校の名前が乗っけられて今大問題になっててさ」

「え? もしかしてトレンドに入ってるとか?」

「うん。トンデモ教師、老害とか。それで、過去に後藤先生にパワハラされたとかいう先輩たちの告発も相まって大炎上してるの」

 急いでSNSを見てみると、ネットニュースまでもが取り上げる大騒ぎになっていた。

【コンビニで怒鳴る教師、女性軽視発言も】というタイトルで書かれたネット記事には後藤がコンビニの女性店員に浴びせた罵詈雑言が書かれている。「女は〜」を枕詞に差別的なことから時代錯誤なこと、それから単純な暴言までさまざまだった。

 教師とは思えない酷い言葉はネットの人たちは強く刺激したようだった。

「秋田さん、これやばいかもね」

「うん、ほら最近先生の体罰とかそういうのを告発するの多いでしょ? その中でもこれはちょっと……」

「あ、黒谷さんから通話だ」

「ちょっと、待ってモカもう少しお話ししたいかも」

「わかった、どうしたの?」

 俺は黒谷さんはちょっとまってくれとチャットをする。彼女からは不貞腐れた猫のスタンプが返ってきたのだった、

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