第44話
秋田さんは努力家なだけあって優秀である。
「えっと、ここはイントネーションがこっちだね」
「あ、あぁ……」
「そんでそんで、ここのSは読まないやつだね」
「お、おぉ」
英語の授業中、ペアを組んでのスピーキング練習で俺は秋田さんに指導を受けていた。彼女がどうして優秀でもない俺を選んだかはわからないが、俺としてはペアが早めに見つかって嬉しかった。
「じゃあ、もっかい」
「はい」
かなり流用な英語を話す彼女に負けないように俺も必死で英文を読む。普段、英語の曲とかも聞かないし真面目に授業を受けている訳ではないのでやっぱり難しい。
こういうペアを組む系は今まで余った人とやるか、いじめ等でハブられている子が声をかけてきて一緒にやるパターンか、仕方なく先生とやるかだった。こんなふうに授業前に予約されるのは正直初めてだし嬉しかった。
だからこそ、成績を上げたい彼女のために頑張るのだが……。今まであんまり本気で勉強してこなかった自分にこんなにも後悔することになるとは。
「それじゃ、出席番号順に呼びますよ」
俺と秋田さんはだいぶ前なので早目に先生に呼ばれることになった。呼ばれたペアは廊下に出てスピーキングテストをする。
ちなみに、丸暗記か教科書を見るかが選ぶことができて丸暗記の場合は評価が良くなるとのことだった。
廊下に出て、先生と対面した俺たちは緊張感を保ちつつ「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「じゃあ、君たちは……秋田さんと鮎原くんだね。テキストはどうする?」
「モカ……じゃなかった。私はテキストなしで」
「俺はテキストありで……」
「じゃ、はじめようか」
スピーキングテストを終え、俺たちは教室に戻った。秋田さんがニッコリしているのは彼女が最高評価のS+をゲットしたからだ。ちなみに俺はAである。多分、本当ならもっと悪いけれど秋田さんがうますぎるせいで俺も上手く見えたんだと思う。
「2人ともお疲れ様、スピーキングテストが終わった組は自由時間だからね。といっても他の子に迷惑にならないように」
***
「鮎原くん、ありがとう」
「俺こそ……こんな高得点もらったの初めてだよ、ははは」
「そうなの?」
「英語は苦手な方。秋田さんのおかげで頑張れたよ。発音とか教えてくれてありがとう」
「えへへ〜、どいたまして〜」
秋田さんはやっぱり面倒見がいいのかも知れない。確か、下に5人弟妹がいるっていってたし、年も少し離れているようだし。先日、その弟妹達が父親が違うことを聞いて少し複雑な気持ちになったが、秋田さんを見ていると血なんて関係なく家族を愛しているのかも知れないと思った。
「そうだ、秋田さんは英語得意なの? 発音とかすごかったなって」
「えっとね、モカ英語が一番好きなんだぁ」
「そうなんだ……海外のアーティストが好きとか?」
「うん、小さい頃はね。海外に行って英語をたくさん学んで通訳さんになるのが夢だったんだぁ」
「だった……?」
秋田さんは笑顔のままだが少しだけ眉を下げて悲しそうな表情を見せた。
「うん、でも通訳さんとか翻訳者さんとかになるにはね。やっぱり帰国子女とか長期の留学経験者さんが有利なんだって。モカは金銭的に留学は厳しいから」
確か、海外に留学するには膨大な費用がかかると聞いたことがある。俺はまったく興味がないし、海外留学どころか海外旅行だって行きたいと思ったことがない。
「そっか……」
「でもでも、うちの高校。指定校推薦で英文科があるの。だからそこに行ってたくさん勉強するんだ。バレーも頑張って……もし英語に関われる仕事ができたらいいなあ〜って」
秋田さんは目を輝かせていたが、俺は少し複雑な気持ちだった。
一人っ子である俺は幸せなことにこの類の我慢をしたことがない。もし、俺が大学に行きたいとか塾に行きたいとか留学したいとかいったらきっと、両親は考えてくれるだろう。
けれど、彼女は常に我慢をしているみたいだ。面倒見がいいんじゃなくて彼女がただ我慢強いだけだとしたら……?
「鮎原くん? どうかした?」
「あぁ、いやいや。すごいなって思ってさ。俺英語は苦手だから」
「そうなの〜? 勉強おサボりしてるだけでしょ〜、モカ知ってるんだからねっ」
へへん! と腕を組む秋田さんは小型犬のような可愛らしいつぶらな瞳で俺を見つめる。俺は後頭部を掻きながら「バレたか」とちょっと恥ずかしくなった。
「すんません」
「あんまりサボっちゃやだよ〜? モカ、ペアいなくなると困っちゃうし」
「はい、善処します」
「あっ、そうだ。もしよかったらこのアーティストの曲聴いてみてよ」
「曲?」
「そう、海外のバンドなんだけどねぇ。ジンジャーキャットっていうの」
「変な名前、じ、ジンジャー? って生姜だっけ……?」
秋田さんは含み笑いをするとスマホを取り出して、何やら検索しこちらへ画面を向ける。そこには、オレンジ色縞模様の猫……いわゆる茶トラ猫の可愛い写真が映し出されていた。
「茶トラ……?」
「そ。アメリカだとね、このオレンジっぽい明るい色の茶トラちゃんはジンジャーキャットって言うんだって。このバンドのボーカルが飼ってた猫ちゃんからとったんだって〜」
「そう言われると、突然可愛い感じがするかも」
「聴いてみてね〜、歌詞みながら聴いたら英語の勉強になるし?!」
好きなバンドの話だからかテンションの上がっている秋田さんが、小型犬にしか見えなくなってきた。
「一番おすすめの曲は?」
スマホで音楽のサブスクアプリを開いて「Ginger cat」と調べているみると結構な数のシングルとアルバムが配信されていた。ジャケットはどれもこれも猫のイラストばかりでどんな人たちなんだろうと逆に興味が湧いた。
「これ、『My Cat』ってやつ」
秋田さんが指差したのは、老いてボサボサの毛並みになった茶トラ猫のイラストが真ん中に描かれているジャケットが印象的なシングルだった。
「聴いてみるよ」
「ぜひぜひ〜」
そういうと、秋田さんは自習を始めたようだった。俺は、イヤホンを探して早速お薦めされた曲を聴いてみる。アコースティックギターとゆったりしたバラード。さっぱり何をいっているのかはわからなかった。
けれど、サビの部分の「 I will always remember you(私は君をずっと忘れない)」というフレーズは俺でも理解ができた。
もしかすると、飼っていた愛猫との別れの歌なのかもしれない。俺は英語がわからないからこの歌詞のほとんどは理解できないけれど、悲しげで愛の溢れた曲のような気がした。
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