7 近くなっていく距離
第36話
「肉まんじゃんけん! じゃんけんぽん!」
といつも通り俺が負けたところで黒谷さんが駅の売店のおばちゃんに声をかけた。
「おばちゃん、ジャンボ肉まんふたつ〜、ICカードで払いま〜す」
じゃんけんに負けたのは俺なのに、黒谷さんは交通系のICカードで支払いを済ませると袋を受け取ってにっこりと笑った。
「払うのに」
「いーの、いーの。さっきは後藤の授業で助けてもらっちゃったし」
「あぁ……」
あの時は夢中で、なんとか教師に歯向かって見たが冷静になって考えると……かなり恥ずかしい。どんなことがあっても教室で目立つまいとしていた俺が、多分一番目立っていたのだ。
その上、あの授業のあとに後ろの席の岡本くんだけでなく黒谷さんのギャル友達にも声をかけられた。
からかうような感じじゃなかったのは幸いだが、俺は今まで同級生とコミュニケーションをとってこなかったから彼らとどう接すればいいのか、わからない。無論、気割られたくはないが……好かれたとしてもどうしたら良いのか……。
「はい、ジャンボ肉まん」
「ごちです」
駅の改札を出た後、黒谷さんから熱々のジャンボ肉まんを受け取って頬張る。コンビニの肉まんより少し分厚い生地、中の餡はたっぷりでとろとろおまけに口の中が剥がれそうなほど熱い。
肉まんの熱さにはふはふしながらこっそりと彼女の方を見ると小さい口で一生懸命肉まんにかぶりついている。その可愛さに衝撃を受けつつも、改めて自分の隣にいる人が「学年で一番かわいいギャル」であることを理解した。
「うま〜」
「うまいな」
「やっぱさ、肉まんは大きくないとね。そうだ、空君。ごめんね? 私がサボりに付き合わせたからあんなことになっちゃったんだし……」
「けど、俺も黒谷さんもどうせサボるのやめないだろ」
彼女に気を遣わせたくなくて、格好つけたくてそんなふうに言ってみたが彼女の反応は俺の予想とは少し違うものだった。
「うーん、しばらくはやめとこうかな」
「そっか」
そりゃ、あんなふうに吊るし上げられたら怖いか……。
「それにさ、空君が庇ってくれた時にね。嬉しかった反面、空君が学校辞めさせられちゃうかも〜って怖くなったんだよね」
「俺?」
「うん」
いつもなら俺のことをからかったりするくせに、彼女は柄にもなく申し訳なさそうに俯いた。日頃から学校を辞めたいという俺を止めてはいたが、本当にそう思ってくれているらしい。
「まぁ、俺はいつ辞めたっていいけど……?」
「もう! 空君のバカ〜」
俺はドキドキを隠すように肉まんにかぶりつく。
「ま、あんくらいじゃ辞めさせらんないだろ。そもそも、単位はたりてるんだし。俺は別にテスト苦手じゃないしな」
「ならいいけどさ……。空君が学校辞めたら楽しくなくなっちゃうじゃん?」
「まぁ、学校辞めてもマンションは同じだし……別に会えなくはないぞ?」
「ダメなの、こうやって一緒に登下校するのが楽しいじゃん。これから夏休みは一緒にバイトしたり、夏祭り行ったりさ〜ね?」
「それって……」
「ん?」
さも当然のように彼女は言ってのけたが……
「それってさ、カップルじゃん」
「えっ、あっ……」
お互い真っ赤になり、足を止める。マンションのエントランスはもうすぐで、使うエレベーターが違う俺たちは基本的にここで解散する。
「じゃあ、また明日」
「あ、そうだね。また明日!」
どこかぎこちない挨拶をして俺たちはエントランスから別々のエレベーターに向かった。
***
「そんなことがあったの……母さんびっくりしちゃったわ」
「ごめん。悪いのは俺だからさ」
紅茶はもう冷めてしまった。
母さんと向かい合って食卓に座っている俺はボソッと謝った。というのも、俺と黒谷さんが帰ってくるまでの間に後藤から連絡があり今日の授業でのことで注意があったらしい。
幼稚園の頃から擬似優等生だった俺は三者面談でも特に注意されたことなどなかったし、成績もいつも上位、サボりは必ずバレないようにしていたし目立つ行動はしてこなかった。そんな息子が「授業で教師に逆らった、しかもサボり魔」だなんて電話がくれば動揺するだろう。
「けど、あの先生。お母さん嫌いだわ」
「えっ」
「いいや、サボったりしてる空には怒ってるわよ? けどね、あの後藤って先生。なんていうか……『付き合う友人や女生徒は考えさせた方がいい。不良で母子家庭の生徒と連んで真面目な息子さんが巻き込まれてるだけ』なんていうのよ?」
「あの野郎……」
後藤のやつ、やっぱり黒谷さんが母子家庭で言い返してこないだろうと予想して吊し上げていやがったんだ。その上、あの場で悪いのは確実に屁理屈捏ねてた俺なのに……。
「名前は言わなかったけど、きっとニコちゃんのことよね? 母さん、言い返しちゃった」
母さんはお茶目に笑うと、チョコチップクッキーを食べながら「血は争えないわねぇ」と言う。
俺は立場上ヘラエラすることはできなかったが、母さんが言い返してくれて気持ちがスッとした。
「なんて言い返したんだ?」
「そりゃ、サボった息子が100悪いとしても友人を選ぶのは息子の自由だし何よりも母子家庭だからどうとかいう教師の言うことは信用ならないですよ。ってね、母さん、流行りのモンペになっちゃったかも」
可愛らしく説明をしているが、怒っている時の母さんは死ぬほど怖い。感情的になるのではなく淡々と正論を並べて父さんを説教しているのを見たことがあるが……きっとそうやって後藤を詰めたんだろう。
「とはいえ、ごめんなさい」
「まぁ、空は変なくらい問題のない子だったから、母さん年頃の男の子らしいことしてくれて嬉しい気持ちもあるのよ? 暴力とか犯罪とかじゃないし……けど、先生に怒られるようなことは今後しないこと」
「はい」
「けど……やり方は悪かったにせよ母さんは女の子をしっかり守れる息子になってちょっぴり嬉しいわ」
怒っているのに、母さんはどこか嬉しそうで「恋ねぇ」なんてぶつぶつと呟きながらキッチンへと向かっていった。
「恋……かぁ」
クッキーを何枚か手に取って俺は部屋へと向かった。
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