第34話
「おっ、ニャコ。後藤の授業受けるの?」
なんて言葉が耳に入って思い出したがそう言えば次は国語総合の小テストだった。いつも通り予習なんてものはしていないがまぁなんとかなるだろう。
ちらりと前の席の秋田さんを確認してみると彼女らしくせっせと漢字ドリルからノートに漢字を何度も書きうつしている。
良い成績が欲しい彼女にとっては当然の努力なんだろう。
小テストの時だけちゃっかり参加してあとは気まぐれにサボっている俺とは大違いだ。
チャイムがなって少ししてから国語総合の教師・後藤が入室してくると彼は小さくため息をついてから出席を取り始めた。週の終わりだし、教師も疲れるんだろう。とはいえ、俺はコンビニでの話を黒谷さんから聞いて以来、彼のことを心から尊敬したり信用することはできなかった。
「さて、それではこの前の続きから」
退屈な授業は非常に眠い。小テストさえなければこの前、黒谷さんに教えてもらった公園にでも行ってゴロゴロとうたた寝ができるのに。
とは言っても、留年しないためにはある程度授業に出て単位を取らないといけないので我慢だ。多分、黒谷さんも同じ気持ちでここに座っているのだろう。
窓際の席は午後の日光が暖かく差し込んで、適度な湿度と室温で眠気が襲ってくる。教師の後藤は年配の男性だからか声色が優しくそれもまた眠気を誘う。少し見渡してみると数人の生徒が机に突っ伏して眠っていた。
俺も頬杖をついてそっと瞼を閉じる。
しばらくして、大きな拍手の音で俺は目を覚ますと、後藤が板書の手を止めてお説教モードに入っていた。
「入学して数ヶ月、最近弛んでいるんじゃありませんか?」
眠っていた生徒は俺を含めて数人、隣の人に起こされたりして目を覚ます。黒谷さんも秋田さんがつついて起こしていた。
「何度も言っていますが、高校生はもう社会に出ることができる年齢です。君たちは社会人としてその態度はいかがなものかな」
と後藤がいくら問いただしてもクラスの誰も返答しなかった。こういう教師のお説教モードは正直、関わるだけ損にしかならない。仮に真面目な子が教師に賛同すれば怒られている側の敵意を向けられる可能性があるし、中途半端な生徒が声を上げれば槍玉に上げられる。
こういう時は教師と目を合わせずに黙ってやり過ごすのが吉だ。一番良いのは教師が怒って教室を出ていくパターン。あれはもう学級委員が呼びに行き、数分時間を置くだけで反省した体になるというパターンが出来上がっているので楽だ。
ただ、後藤の場合はネチネチここで説教垂れるタイプだろう。
「最近、授業をサボる輩もいますねぇ」
ドキンと心臓が跳ね上がる。
必死で目を合わせないように目線を下に向けつつ、俺は慌てているのがバレないように教科書を読んでいるふりをして平静をよそおう。
つい前回の授業をサボったばかりの俺としては絶対に気配を悟られたくない……。
教壇の上の後藤が黙ると教室にはシンと気まずい雰囲気が流れる。
「そこの」
後藤が誰かを指した。
「そこの君だよ、黒谷さん」
後藤は黒谷さんを指差すと、まるで鬼の首でもとったかのような嫌な表情で顎を上げた。
「え? 私?」
「そう、君だよ。前回の授業どこにいたんだい?」
黒谷さんは珍しく黙る。遅刻して怒られても「ごめんね〜」と軽くかわすのに、今日は黙って俯いてしまった。
「黙っていても何もわからないよ、前回の授業は小テストがないからサボっても平気なんていう甘い考えかな? 日々の積み重ねができない人は社会に出てもやっていけませんからねぇ」
「それは……」
黒谷さんが何か言いかけたところで、後藤がトンと教卓を叩いて遮る。教卓の前あたりに座っていた女子がビクンと体を震わせた。
「女の子は結婚して仕舞えば社会に出なくてもいいなんていう甘い考えなんですかね? 今の時代、女性だとしても働くことがほとんどです。可愛いから、弱いから優遇されるなんこと社会ではありえないんですよ。先生の周りにいる教職員の女性たちはみなさん真面目ですよ」
前回の授業でサボったのは黒谷さんだけでなく俺もだ。けれど、彼はなぜその事実を無視して黒谷さんだけを吊し上げているんだろう?
彼女がギャルだから? 遅刻魔だから?
と沈黙が続く教室の中で考えた結果、俺はある事実を思い出した。
この男、わざわざ弱そうな方のコンビニ店員を捕まえて泣かせるような根性のクソ野郎なのだ。
後藤は返答を遮られて、すっかり口籠った黒谷さんをニンマリと見つめる。教師と生徒というのは留年や退学のある高校においては絶対的な上下関係がある。
もちろん、親やPTAなんかを挟めばモンスターペアレントが無双することもあるが、それは何か問題が発覚した後のことである。
その上、そこそこの偏差値の高校にまで上がるとモンスターペアレントは「真面目な生徒の親」である確率の方が高い。いわゆる教育ママ的なやつだ。多分、黒谷さんのギャルな容姿からか、それとも彼女が母子家庭だと知ったのか、後藤は総合的に彼女を「攻撃しても良い弱い相手」だと認識したに違いない。
「授業にいても居眠り、サボる、君は一体高校にきて何がしたいのかな? 先生としては君のような不真面目な生徒は授業に出てくれなくて結構なんだがね」
黒谷さんがぐっと俯いた。
と同時に俺の中で昨日の出来事がふと頭の中をよぎる。
——じゃあ、私が学校でピンチの時は助けてもらおうかな〜
ワンチャン、俺は留年になるかもしれないけど……。けど、最初は高校を辞めようと思ってたんだ。今更ビビってどうする。
ニタニタと笑う後藤はまるで黒谷さんが涙を流すのを待っているかのようだった。多分、1人の言い返してこない弱い人間を吊し上げて、生徒たちの授業態度を改めようという古いやり方なんだろう。
俺はスッと手を挙げた。
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