第33話
「もしもし、急にごめんね」
「あ〜、大丈夫。今日は課題もないし俺塾とかいってないからさ」
秋田さんは「えへへ」といつも通り笑った。電話越しだからか少しだけ声が違うようにな気もする。
「あのね、ちょっと気になることがって」
「気になること?」
「あ〜うん。そうそう」
秋田さんは少し言いにくそうに口籠る。何かあったか……? まさか、秋田さんと黒谷さん実は仲が悪いとかそういうめんどくさいことは嫌だな。
「どうかしたの?」
「あのね、ほら班長譲ってもらったじゃん? ほんとに大丈夫だった?」
言われてみてから思い出すくらいにはどうでもいいことだったので忘れていたが、調理実習の班長を決める時に一旦俺になりそうなところを秋田さんが立候補したんだったっけ。
「あ〜、全然。黒谷さんの無茶振りだったし……俺は班長とか向いてないしさ〜」
軽く笑って見せると秋田さんは電話の向こう側で少し安心したように息を吐いた。けれど、何を気にすることがあったんだろうか。
「そっか。良かった。モカ、結構ずるい感じで立候補しちゃったし……それに鮎原くんの意見も聞かずに『苦手ならやろっか?』なんて酷いこと言っちゃったなぁ〜って思ってたんだよね」
「そうかな? 俺はそんなふうに感じなかったけど……」
「もしもモカだったら断りにくいし……それに班長って内申点もいいはずだから鮎原くんに嫌な思いさせちゃったかなぁって」
なるほど、秋田さん基準で考えると「班長」という利益を俺から奪った形になったことに罪悪感を感じていた……的なことらしい。
「ははは、あのメンバーで班長やりたいって思ってたの秋田さんくらいだよ、多分」
「えっ、そうなの?!」
「俺、あの時秋田さんが声かけてくれてマジで助かった〜って思ったもん」
「班長……だよ?」
「ほら、俺はそもそも内申点とかどうでも……いいし? 普段からサボりまくってるのにここだけやるってのもなぁ、あはは」
班長をやっている自分を想像したらなんだか面白くなってくる。俺がエプロンと三角巾をつけて家庭科室でハキハキ調理をしている……ありえねぇ。
「そっかぁ……けど、なんかごめんねぇ」
「秋田さんは優しいんだね、俺全然気にしてなかったよ」
「モカ、班長頑張るね」
「秋田さんしかできないと思うよ。岡本くんはよくわからないけど、俺と黒谷さんはあんまり得意じゃないっぽいし」
「そういえば、鮎原くんとニャコちゃんって中学校一緒?」
「ううん、マンションが同じで家が近いだけ……どうして?」
「結構仲良さそうだな〜って思って。ニャコちゃん、女の子のお友達は多いけど男の子で仲良く話してるのは鮎原くんだけじゃない?」
そう……なのか?!
クラスにいる時はあまり黒谷さんと話さないし、俺は寝てるかイヤホンしているかそもそもサボっていてクラスにいないかなので気が付かなかった……。
一方で、黒谷さんが派手に男子をフっているのは嫌でも目にしていたが、確かに仲良さげにしているのはみたことがないかもしれない。
「よく知らないけど……そうなのかな」
「うーん、モカが見たところニャコちゃんは他に仲の良い男の子いないと思うよ。でもそっかぁ〜、お家が近いんだね〜。じゃあ一緒に?」
「あ〜うん。ちょっと色々とあって親に頼まれて登下校は一緒にしてる」
「そっかぁ、変質者とか多いし……ニャコちゃん可愛くてめっちゃ目立つもんね! 鮎原くんかっこいい」
「あはは、そうかな」
「うん。いいな〜、モカは基本バレー部の子たちと一緒に登下校してるからそういうの憧れちゃう。引退後かなぁ」
「まぁ黒谷さんに彼氏ができたら俺はお役御免になる感じかな」
「鮎原くんは立候補しないの?」
「え?」
「ニャコちゃんの彼氏」
「カレシ……」
「当たって砕けろだよ! って、まだ出会って数ヶ月だもんねぇ。ごめん、モカ、いつもこうやって突っ走っちゃうんだよねぇ」
図星をつかれてドッキリしていたところ、秋田さんが笑ってくれたので俺はおかしな反応をせずに済んだ。
「秋田さんって面白いね。保健室ではかなり真面目って印象だったけど、冗談とかもいうんだな〜って」
「えへへ、鮎原くん……だからかな?」
「え?」
「あっ、もう妹たちが寝る時間だっ。鮎原くん、付き合わせちゃってごめんねっ。じゃまた明日、学校で!」
「あぁ、またね」
プチッと不自然に切れた着信。秋田さん、なんだか慌てた様子だったが大丈夫だろうか。それにしても、秋田さんは真面目な人だなぁ。きっと、メッセージで謝るなら電話で、的な誠実さでかけてきてくれたんだろう。
そこまで仲良くない異性に電話をかけるなんて勇気がいるだろうに。
『(秋田)急にごめんねっ。それじゃまた明日〜』
秋田さんから可愛い大型犬のおやすみスタンプが届く。小型犬っぽい秋田さんだが意外と大きなもふもふが好きなのかもしれない。
俺はどちらかというと猫派だが、でかい犬はちょっとだけ憧れる。ドラマやアニメででかい犬に抱きつくシーンに憧れる程度だけど。
うとうとし始めたのでそっと電気を消して、スマホのアラームをセットする。人と関わるたび、学校に行きたくなっている。正直自分の変わりようには驚いたものだが恋は人を変えるというものだし俺も変わったんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます