第32話
風呂をさっと済ませてベッドに入り込んでも俺の心臓はまだドキドキしたままだった。黒谷さんのことを俺が気になっているのは認めるが、まさか彼女も……?
『(黒谷)もう寝た?』
彼女のことを考えていたら張本人からメッセージの通知が入る。まだ午後9時。寝るはずもない。いや、俺はこの時間うたた寝していることもあるので彼女からすればそんなこともないのか。
『(鮎原)まだだよ』
『(黒谷)みてみて、ソラくん』
送られてきたのは黒猫のソラくんの真っ黒な顔……しかもドアップだ。黄色くてまんまるな目はどこか不服そうにカメラを睨んでいる。
『(鮎原)可愛いけど嫌がってない?』
『(黒谷)ソラくんカメラ苦手みたい。けど、にゅーるで許してもらった』
にゅーるというのは猫用のウェットフードで大体の猫なら大好きなおやつだ。
『(鮎原)そっか、今度撫でさせてもらおうかな』
『(黒谷)うん。ソラくんも喜ぶ(?)はず』
『(鮎原)そうだ、ちゃんと言えてなかったんだけどさ。調理実習の班決めの提案、助かった。ありがとう』
『(黒谷)私たちも5人グループだし、そんなつもりはなかったけど……なんかくじ引きにしたら空君と一緒になる気がしてたんだよね』
『(鮎原)スピリチュアルだな……』
『(黒谷)ギャルの勘ってやつ?』
彼女の言っていることは支離滅裂だが、それでもいいのだ。結果として俺はサボろうとしていた調理実習に行こうと思えたし、なんなら一番組みたい人と一緒でむしろすごく楽しみだ。
『(鮎原)でもありがと』
『(黒谷)じゃあ、私が学校でピンチの時は助けてもらおうかな〜』
『(鮎原)黒谷さん、学校でピンチになりっこないだろ。黒谷さんを守りたい男子は履いて捨てるほどいるぞ』
『(黒谷)ま、そん時はよろしく〜』
ポン、と送られてきたのはソファーの上にちょこんと座って顔を洗っている黒猫のソラくん。しなやかな四肢となめらかな曲線、つややかな黒い毛並み。可愛くて綺麗で優雅だ。
『(鮎原)ソラくんご機嫌だな』
『(黒谷)可愛いっしょ、今日は一緒に寝てくれるかな〜』
『(鮎原)だといいな』
『(黒谷)じゃあ、また明日〜。おやすみ』
俺は「おやすみ」とクマが手を挙げているスタンプで返事をする。彼女の既読がついたのを確認してからそっとスマホを胸に抱いた。
ピンチの時は助けてほしい、なんて男の俺としては言われてときめく言葉No1だと思う。我ながら全く頼りない男だが、黒谷さんのために最大限やれるだけやる自信はある。
「けど、同級生とメッセージするのってこんなに楽しかったんだ」
少し前までの俺だったら絶対に連絡先なんて教えなかったし、仮に連絡が来たとしても会話をぶった斬るように結論だけ話して無視をしていただろう。
同級生と話すなんてバカらしかったし、こういう中身のない会話をするのは無駄な時間だと思っていたからだ。
けど今はどうだろう?
黒谷さんは別として、他の人とも話してみたいと思う自分がいる。今日だって、なぜか黒谷さんの前でバキバキに緊張して俺の腕をぐいぐいしていた岡本くんとか、ニコニコしつつもしっかり班をまとめていた秋田さんとか。
岡本くんは完全に下心だろうけど、一人一人に心があって考えがあって……。班で連作先を交換したけれどいつか、黒谷さんのように2人とも仲良くなれたらいいのにな。
と期待に胸を膨らませる一方で、俺の心にはどんよりした後悔が浮かび上がる。今まで自分が拒絶してきたことが、実は心を開いてしまえばこんなにも楽しかったなんて……。中学の時、俺に話しかけてくれたアイツも……俺がもっと早く大人になっていれば良き友人になれたのかもしれない。
「俺って、ガキだったんだなぁ」
とはいっても、後悔しても過去は戻らないのでこれから頑張ればいいだろう。
秋田さんが作ってくれたグループメッセージを開くと、俺以外の3人が「よろしく」のスタンプを押していた。
俺も、熊のよろしくスタンプを送る。するとすぐに既読が3つついて、3人が読んでくれたことがわかった。
ほっこりしていると、別の通知が入ってメッセージアプリのトップ画面に戻ってみる。
『モカからメッセージが届いています』
モカって言えば、秋田さんか。
班のグループメッセージじゃなくて俺に個別に送られてきているらしい。秋田さんのアイコンは家族写真になっていてなんともリア充っぽい。
『(秋田)鮎原くん、鮎原くん、ちょっとお話しできる?』
俺がグループの方にスタンプしてから数分、俺が起きているとわかったからか彼女は端的なメッセージを送ってきていた。
『(鮎原)いいよ、どうしたの?』
『(秋田)ちょっと待ってね、ベランダに出る』
ベランダ?! まさか……と思っていたら、画面に彼女からの着信通知が表示される。
恐る恐る出てみると、当たり前だが電話の向こうの声は秋田さんだった。
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