第30話


「では、残りの時間は班で集まって自己紹介などをする時間にしましょうか」

 全ての班の発表が終わった後、くじ引きで決まった班の交流を深めることになった。

「や、やべぇ。俺黒谷さんと話すのはじめてだよぉ」

 と俺にこっそり情けないことをいう岡本くん。そんなことを言いつつもとても楽しそうな彼を見ているとなんだかほっこりする。

「まぁまぁ……」



「ニャコちゃん、こっちこっち〜」

 秋田さんが黒谷さんに声をかけると、黒谷さんは椅子を引きずって俺たちの席の方へとやってきた。と同時に、俺の隣に岡本くんも椅子を持って移動してくると通路にどんと椅子を置いて緊張した面持ちで座り込んだ。

「えっと、秋田モカです! 保健委員でバレー部です。えへへ〜」

「鮎原空です。えっと……帰宅部です」

「岡本ハジメです。俺は美術部です。緊張してます!」

「黒谷ニコ、帰宅部……よろしくね」


 ぎこちない自己紹介のあと流れる少しの沈黙。

「とりあえず、班長決めよっか、やりたいひと〜?」

 秋田さんが元気に取り仕切るも立候補者はいない。

「空君がやればいいじゃん?」

 と黒谷さんからのキラーパスに俺はドキッとして「えっ」と声が出る。

「いや、俺?」

「うん、だって全員とお友達じゃん」

 言われて気がついたが、確かにこの中で全員と話したことがあるのは俺だけ……のようだ。

「いや、でも……」

 と同性の岡本くんに助けを求めて視線を送るも彼は「確かに」と黒谷さんの意見に賛成のようだ。悪気はないのだろうがこちらとしては大迷惑である。

「鮎原くんがやってくれたら嬉しいけど、そういうの苦手〜っていう感じなら私やろっか?」

 秋田さんの救いの手に俺は慈愛を感じながら「お願いします」と返事をする。秋田さんは内申点を稼ぎたい人だしこれはウィンウィンであろう。秋田さんは俺の返事を聞いて嬉しそうに微笑んでくれた。

「そうそう、今回の調理実習のお題は『青椒肉絲』と『たまごスープ』だって。つくったことある人いる?」

 秋田さんの問いに他の3人は顔を見合わせる。

「俺は料理自体したことないかも……」

「私もない〜」

 黒谷さんはおそらくだが中学時代も調理実習をサボったんだろう。俺もである。

「あ、俺は簡単な料理なら! 弟と妹がまだ小さいからたまーに料理担当するんだ」

 恥ずかしそうに後頭部を掻いた岡本くんだったが俺たち料理できない組としてはとてもありがたいメンバーである。

「モカっちは?」

 黒谷さんが質問すると秋田さんは恥ずかしそうに

「お菓子づくりなら」

 と答えた。家庭的なメンバー2人とサボり魔2人、くじ引きとはいえ絶妙なバランスである。

「鮎原くんって謎多き男子! って感じだったけど話しやすいんだなぁ。俺、安心したよ〜」

「人見知りなだけで……普通だよ」

 岡本くんは黒谷さんと話したいはずなのに恥ずかしいのかやけに俺に絡んでくる。というのも、黒谷さんは学校で仲の良い人以外に笑顔を向けないのでちょっと怖い。 一方で女の子には少し甘いようで秋田さんのことは「モカっち」と親しげに呼んでいた。

「そうそう、モカもね。この前保健室まで運んでもらった時に鮎原くんとお話ししたけどすごく優しいんだよ! でも、普段は静かでツーンとしてるから猫ちゃんみたいだよねぇ」

「わっ、秋田さんもそう思う? 俺も実は鮎原くんって猫っぽいなって言おうとしてたんだ」

 なんだか楽しそうな2人、一方で俺と黒谷さんはそれを静かに聞いている感じだ。とはいえ、バランスの取れた班だと思うし2人は変に輪を乱すこともなく居心地も……割といい。


『(鮎原)黒谷さんがくじ引きにしてくれたおかげで救われたかも、ありがとう』

『(黒谷)よかった』


 班で盛り上がるなか、こっそりメッセージのやり取りをして俺はスマホをしまった。



***


 帰り道、黒谷さんと俺は駅中の売店で買った肉まんを食べながらのんびり歩いていた。俺は調理実習の班決めというストレス要素を乗り越えて心の中がスッキリしていたし、しかも班のメンバーもとても良かったので安心している。

 何よりも、男子メンバーと仲良く慣れそうなのが救いだった。岡本くんはくじ引きになる前も誘ってくれていたし……ここで仲良くしておけば今後一年なんとかなるかもしれない。


「ねぇ、空君さ」

「あぁ、うん?」

「モカっちと仲いいの?」


 秋田さんとは、ついこの前に彼女の怪我に遭遇して以来たまに話すくらいの仲である。いつもニコニコヘラヘラしている頑張り屋さんな彼女の内面を少し知っているので時折ドキドキしてしまったり……。子供っぽく見える容姿もあるが、あぁいうギャップに俺はとことん弱いらしい。


「うーん、仲がいいかって言われると微妙だけど話したことはあるよ」

「保健室でって言ってたけどどういう感じだったの?」

「あ〜、昼休みたまたま秋田さんが怪我してるところに遭遇して、保健室まで運んだんだ」

「運んだ?」

「あぁ、うん。足をひねちゃったとかでおぶった」

 黒谷さんはムスッとして返事をせずに肉まんにかぶりついた。いつもなら俺のことを茶化してくるか、興味がなくなって別の話題にするのに珍しい反応だ。

「モカっちって、小さくて可愛いもんね」

「確かに、隠れファンな男子は多いかもなぁ」

「私とは真逆って感じする、可愛いから好きだけど」

「そう言われると……秋田さんって犬っぽいかもな。黒谷さんが猫だとしたらさ」

 黒谷さんが驚いた顔で俺を見つめると

「空君、猫と犬は逆じゃないよ……?」

 いつもの笑顔に戻った彼女にちょっとバカにされながら俺はすっきりした気持ちで肉まんにかぶりついた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る