6 助け合いの精神
第29話
黒谷さんと約束をしてしまったから、俺はLHRに参加していた。議題は「調理実習の班決め」である。
「それでは、調理実習の班を『好きな人同士』で決めましょうか」
牧田がそういうとクラスがざわざわとうるさくなる。クラスの半分くらいは名前を呼び合ったり、目配せをしたりして合図をしている。入学して数ヶ月、新しい友人やグループができているし人によっては嬉しい出来事なんだろう。
一方で、俺のようなぼっちやガリ勉の人たち、5人グループなんかは不安そうに顔を見合わせる。
多分、牧田は俺たちをわざと困らせて先週のLHRで学級委員に協力しなかった反省をさせようとしているんだろう。
それがどれだけ必要なことかは知らないが正直迷惑だ。
「うちら5人じゃん」
「どうする?」
黒谷さんのグループも5人組。調理実習は4人ずつの班になるので1人がどこか別のチームに行くことになるだろう。
「あの〜鮎原くん」
俺は後ろの席の岡本くんに肩を叩かれて振り返ると彼は申し訳なそうな視線を俺に向けていた。
「俺ら3人でさ、よかったら一緒に組まない?」
「せんせー、ちょっといい?」
俺が岡本くんに返事をしようとした時、黒谷さんがひょこっと手を上げた。
「あら、黒谷さん。どうかしましたか?」
「先生、確かクラスでのコミュニケーションが深刻だ〜とか言ってましたよね?」
「えぇ、ですからあなたたちに現状をわかってもらおうと、班決めはあなたたちにお任せしているのよ」
「せんせ、何にも悪くない誰かが悲しむ前に、提案しまーす! 今回の班決めはくじ引きにしない? そしたらランダムで交流が進むし授業だからみんな頑張るでしょ?」
「誰かが悲しむとあなたは言ったけれどそれはどうして?」
「先生、クラスの中には友人と遊ぶよりも勉強したい子とか、5人グループとかそういう関わり方をする人もいるの。でも4人の班を自由につくれってなったら誰かが我慢をしたり、気まずい思いをしたりするでしょ?」
普段はクールな黒谷さんの饒舌さにクラスはシンとする。一方で、俺は彼女がどうしてこんなに頑張っているのかを知っているので複雑な気持ちだった。
彼女は「俺が嫌な気持ちをしないため」にこうして提案をしてくれているのだ。半ば強引な賭けで俺を参加させたからか、それとも……。
「まぁ、よいでしょう。反対意見は?」
牧田が問いかけるがクラスから返答はない。うまく4人組を作れた人たちも黒谷さんの意見に反論する気はないようだった。
「ないようね、では学級委員。至急、くじの作成をお願いできるかしら」
***
『(黒谷)ねっ、安心してって言ったでしょ?』
黒谷さんからのメッセージに俺は喜びを表すスタンプで返答する。ぶっちゃけ、俺は後ろの席の岡本くんが誘ってくれていたし特に困りそうでもなかった。
とはいえ、彼女がきっと俺のことを思ってみんなの前で発言してくれたという気持ちだけでも嬉しい。
しばらくすると、学級委員の2人が折り曲げたくじを牧田が持ってきた資料入れのトレイに入れて前から順番に回った。男子と女子の人数調整のために、男子は男子の学級員が持っている方のトレーからくじを引く。
俺は出席番号が先の方なので早めにくじを手に取った。小さく4つ折りにされた紙を広げてみると「3」という文字が書かれていた。
「男子2名、女子2名に分かれています。全員くじを引き終わったら、順番に読み上げるので手を上げてください」
学級委員が教壇に上がると女子の方がメモを取り、男子の方が音頭を取る。
「鮎原くん、鮎原くん」
ツンツンと肩をつつかれて振り返るとなんだか嬉しそうな顔の岡本くん。彼はおとなしいが友人の多いタイプらしく、あまり関わりのない俺にも優しく接してくれている。
「ん?」
「何番だった? 俺、3」
「あ、俺も……」
「まじかっ、一緒じゃんか。鮎原くんよろしくっ! 俺さ、めっちゃ陽キャとかスポーツ部のやつとだったらどうしようってヒヤヒヤしてたんだぁ」
考えることはみんな一緒らしい。俺も、同じように男子のペアがゴリゴリの陽キャとかスポーツ部だったら怖いなと思っていたところだ。
「俺も、岡本くんで安心したよ」
「まじ? 嬉し〜! あとは女子だよなぁ……黒谷さん、黒谷さん」
ブツブツと呟きながら黒谷さんをみる岡本くん。普段、俺は彼女とよく話をするから慣れてしまっているが、クラスの……いや学年中の男子にとって黒谷さんというのはそういう存在なのだ。
「黒谷さん?」
「鮎原くんは仲良いかもしれないけど、俺らみたいな日陰の存在にとってはまじでもおう女神! まじの女神って感じなんだって」
「ははは、なんか面白いな」
「俺、鮎原くんが笑ったところ初めて見たかも」
と岡本くんに言われて、俺はまだ純粋だった幼稚園の時ぶりに男子の同級生相手にこんなくだらない話をしていると気がついた。
ちょっと前までの俺だったらくだらないとかバカげてるとか言って会話を続けようともしなかっただろう。
「そ、そうかな」
「あ、次俺たちの番だ」
学級委員の人が「3班手を上げて」と教壇の上で手をあげた。俺は岡本くんとの会話をやめて黒板に向き直るとそっと控えめに手をあげる。
そして、女子の中で誰が手を上げているのか教室を見回してちょっとびっくりする。
「秋田さん、鮎原くん、岡本くんに……黒谷さんか」
まるでやらせのように俺の知り合いばかりだった。あまりの奇跡にびっくりして固まっている俺の背中を岡本くんが嬉しそうにぽかぽか叩いた。
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