第22話
「最悪だな」
「そう?」
帰りの電車待ちの間、俺と黒谷さんは今日のLHRの話をしていた。4月に入ったばかりの頃は初々しい高校生や大学生っぽい人で溢れていたはずのなのに5月を過ぎるとそう言う人たちは少なくなった気がする。
あれだけホームに溢れていた人はどこに行ったんだろう? アルバイトを始めたり、高校や大学、仕事なんかをやめたりしてこの時間に帰ることがなくなったんだろうか。
「ぼっちにとってさ、『好きな人同士でのグループ』って結構しんどいんだぜ?」
「そう? じゃー、私たちとする?」
俺がポツンとあのギャル軍団の中に入るのを想像すると笑えてくる。
「いやだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「サボる、調理実習も行かない」
「じゃあ、単位やばくない?」
「やばいけど、まぁ夏休みごろにはやめようと思ってたしちょうどいいかも」
「ふーん、逃げるんだ」
電車のドアが開いて、降りる人を待ってから乗り込んだ。程よく人がいて座れる感じではなかったので開いていないドアの方に寄りかかった。
「逃げるっていうか、うーん」
「学校楽しくない?」
「楽しくはないな、朝起きるのもだるいし」
「それはそう、めっちゃだるいねぇ」
最近、一緒に登校するようになったが黒谷さんはいつもぎりぎりである。猫系女子だからかはわからないが、彼女はめちゃくちゃ朝が弱い。
「だろ。まぁ、高校生も1学期くらいすごしたらもういいかなって」
「じゃあ、やめたらどうするの?」
「しばらくはフリーターかな」
「フリーターかぁ〜、確かに同世代と比べてお金稼げるのはいいよねぇ〜」
じっと見上げられ、俺は悪態をつこうとしていたのにできなかった。最近は黒谷さんに緊張することはなくなったけれど、こうやって間近でみるとやっぱり綺麗だ。
「学校にいてもさ、サボってる時以外は楽しいって思わないんだよな」
「そうなの?」
実際、そうである。楽しいと感じるのは黒谷さんと一緒にサボっている時くらいだ。
そのほかは授業でペアを作れと言われるんじゃないかとか、面倒臭い行事に巻き込まれるんじゃないかとかそういうことで頭がいっぱいだ。とはいえ、今更友達を作って面倒な人間関係に巻き込まれるのもごめんだ。
「あぁ、なんていうかさ。集団生活が向いていないんだと思う」
「それは私もかなぁ? けど、数人仲良い子がいて空君みたいに助けてくれる子もいて学校はそこそこ楽しいよ」
「それは、黒谷さんだからだろ」
「そうかなぁ? じゃあさ、私と賭けしようよ」
「賭け?」
「そう。駅を出てからうちらのマンションまでですれ違う人がいるでしょう? 男の子と女の子どっちが多いかで賭けしよ」
「俺がサボるかどうかそんな感じで決めるのかよ?」
「うん、ダメ?」
「俺の気持ちはどこへ行ったんだよ」
「え〜だって、私は空君と一緒に調理実習したいし……少なくとも私と同じクラスの間は学校辞めてほしくないんだけど」
——一緒に調理実習したい
なんて言われて喜ばない男はいないだろう。
無論、俺もその1人である。ただ、他の男子高校生と違って俺はスレているので素直には受け取れない。
だからこそ、彼女が提案した「賭け」というアクセントが非常にありがたいのだ。
「まぁ、賭けなら仕方がないよな」
「よし、じゃあ男女どっちにする?」
俺はいつもの帰り道のことを思い出してみる。この時間に最寄りの駅ですれ違うのは主に小中学生だ。というのも駅からみてうちのマンションよりも奥に小学校と中学校がある。そのため、駅近に住んでいる小中学生は俺たちとすれ違うように下校するのだ。
とはいえ、男子と女子どっちが多いかなんて想像が全くつかないな。
「まだ決まんない?」
「うーん、もうちょっと待って」
「公園まで競争だ!」
「えーい!」
「危ないっ」
ついこの前、すれ違う小学生たちとぶつかりそうになって黒谷さんと距離が近づいたことを重大した。元気に走る男子小学生たちだった。4人くらいはいただろうか。
その近くには公園があってママさんたちがたくさんいた。子供たちを公園で遊ばせつつ井戸端会議を楽しんでいたようだ。とはいえ、今日はそのどちらかが居て、どちらがいないとか想像もできない。
「なによ、ニヤニヤして。私はね〜男子にしようかな」
「なんで?」
「ほら、だってこの前男子小学生にぶつかりそうになったでしょ? それにうちの近くっておじいさん多いイメージあるし」
「うーん、じゃあ男子にする?」
「どうすっかな。買い物帰りの主婦さんも多いだろうし、かと言って今日は特売日じゃなかったり?」
黒谷さんは困ったように眉を下げる。答えなんてないが、俺にすればどちらにしても嬉しい選択肢なので負けることはない。
「じゃあ、私は女の子が多いに賭けるね」
「俺は男な」
電車を降りて改札まで向かうエスカレーターに乗る。黒谷さんを先に乗せて俺が後ろに乗ったので、彼女はくるっと振り返った。
「絶対負ける気がしないわ」
「そうかよ、どうだかな」
「もしも私が負けたら、私の彼氏になってもいいよ?」
悪戯に笑う彼女に本当なら「願い下げだ」というのが流れなんだろうが、正直付き合えたら……なんて邪推してしまった。
頬を熱くして目を泳がせている俺をみて彼女は満足げに微笑んだ。
「知らないからな、本当にそうなっても」
「私は〜、そうなったっていいんだよ?」
「調子が狂うぜ……まったく」
改札を出ると黒谷さんは楽しそうに先を歩いた。
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