第19話


黒谷さんが自分を頻繁に見ていることに驚きつつ、いつも通り授業を受ける。うちの高校はそこまで頭が良いわけでも悪いわけでもないので授業につまづくこともなければ、暇になることもない。

 だからこそ、サボっても支障がないのだ。


 俺は自分なりのサボりスポットを見つけることに成功していた。それは西棟の最上階、その中でも一番使われないA階段の屋上への入り口前だ。階段を上がりきると屋上へつながる扉があるのだが、閉鎖されていてここに訪れる人は皆無だ。

 南京錠と鎖がかけられた扉には埃が積もっていたし、扉前の踊り場もあまり掃除がされていないようだった。


 数学Aの授業をサボり、ここに座ってスマホを見ていた俺は黒谷さんとやりとりをしていた。


『(黒谷)サボり?』

『(鮎原)まぁね』

『(黒谷)どこにいるの?』

『(鮎原)最近見つけた場所、けど話すと声が響くから』


 階段は話し声が反響するので、1人でサボるのには良いが2人でサボるのには向かないスポットだ。誰かが階段を上がってくればすぐにわかるので下の階のトイレに逃げ込めるしなかなか重宝できそうだけど。


『(黒谷)そっか〜、今度私のサボりスポット教えたげるから共有してよ』

『(鮎原)ここあんま綺麗じゃないぞ』

『(黒谷)もしかしてウチら美化委員の出番?』

『(鮎原)仕事増やすなよ〜』


 黒谷さんもどこかでサボっているようだ。数Aの先生は結構厳しくて授業中にスマホを触れない。彼女はいつもの茶室だろうか。


『(黒谷)次の授業は?』

『(鮎原)次は音楽だし出る』

『(黒谷)おっけ〜、私も出よ』


 俺は「了解」のスタンプで会話を終了させて、ネットサーフィンに戻る。

 黒谷さんのアルバイト事件以来、俺もまだアルバイトを探せずにいた。高校生OKの求人は圧倒的に接客が多いからである。俺は彼女とは違って変な奴に付き纏われたりすることとかはないだろうが、接客業の厳しさを知ると何とも勇気が出ないというか。

 やはり、接客業以外であれば学校をやめてからにするべきだろうか? 免許を取ってから新聞配達とか時給もいいし時間帯も朝早いので多くの人と関わることはなさそうだし。


「けど、しばらくは黒谷さんの送り迎えがあるしアルバイトはやめとくか」


 求人画面を閉じて、くだらないSNSを見てまわる。同じ年くらいの人たちは授業の愚痴や友人との写真をあげている。ネットに顔をあげて、しかも高校が特定できるようなBIOにするなんて信じられない。

 けれど、黒谷さんと一緒にいるにつれて俺の中では少しずつ、気持ちが揺らいでいる。

 今まで自分が馬鹿にしていた同級生たちがしていたことは実は楽しくて仕方がなくて子供だから許されるという特権の中でしかできない貴重な体験だったんじゃないかと。

 もしかして、俺はすごく勿体無い学生生活を送っているのではないか?


「けど、わかっていて馬鹿になるのってすごく恥ずかしい……よなぁ」



***



 昼食後、俺は昇降口の近くにある自動販売機にやってきていた。中学校とは違って高校には購買と販売機がある。買い食いやお菓子の持ち込みを禁止されていた中学校と比べると俺たちが少しだけ大人であることが認められているような気になる。

 それもそうだ、高校は義務教育ではないので規則やルールはあるもの学校側にも生徒側にも「辞める」という選択肢があるからある程度の自由が許されている。


 甘めの缶コーヒーを買って、階段を上がる。公立だから無理かもしれないが、エレベーターもつけてほしいな、なんて思っていた時だった。


「いてっ!」

 大きな声と大きな音、さらには散らばったノート。俺の足元に転がった筆箱。見覚えのある小柄でジャージを着た女の子は半身を起こすと足首をさすって顔を歪めた。


「秋田さん、大丈夫?」

 俺は足元の筆箱やらノートやらを拾い集めつつ、秋田さんの様子を伺う。倒れた感じからして手をついていたので頭は打っていなさそうだ。

 ただ、足を酷く捻ったのか打ったのか動けるような状態ではなかった。拾い上げたノートの向きを揃えてみると、色とりどりのノートの全てに「バレーノート」と書かれており、彼女が部活関連で何やら急いでいたことが推測できる。

「立てそう?」

「無理かも……」

 彼女は片膝は立てるものの右足の方がいたんで立ち上がることはできなかった。

「先生呼んでくるよ」

「でも……もう時間が」

 西棟にある職員室まで俺が走るより、今いる東棟の1階にある医務室に彼女を運んだ方が遥かに早いだろう。周りを見渡してみても、秋田さんの仲間と思われるバレー部っぽい子たちはいないし、この踊り場が挟む階は上級生ばかりで助けを求めづらい。

「これ、持てる?」

「うん」

 俺は拾い集めたノートと筆箱を秋田さんに持たせてから、恥ずかしさをグッと堪えながら彼女に背を向けてしゃがみ込んだ。

「いける?」

「頑張って……みる」

 秋田さんが俺の背中にノートをえいっと押し当て、自分の体との間に挟み込むと俺の首に腕を回す。

「持ち上げるよ」

「うん」

 手を後ろに回し、ゆっくりと近づいてきた彼女の膝あたりを手探りで見つけしっかりと掴んでから立ち上がる。

「いっ……」

「ごめん」

「大丈夫、ありがとう」

 おぶった時、足首が痛んだのか秋田さんがぎゅっと俺を掴んだ。この時「怪我人は動かさない」という応急処置の基本の基本を思い出して、内臓がひんやりとひっくり返りそうになる。

 けど、下ろすわけにもいかないのでこのまま医務室へと彼女を運んだ。




 

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