4 前の席の秋田さん
第18話
今年は5月の連休が飛石連休だったせいで、あまりGWを実感しなかった。入学して初めての連休前は遊園地に行くとか遊びに行くとかでクラス中が盛り上がっていたっけ。
俺は友達もいないし予定もないためアルバイト探しに時間を費やして休日を過ごした。
入学から約1ヶ月。俺はまだ学校を辞めていない。それどころか、学校生活というのもの少しずつ変化が生まれていた。
「おはよ〜」
「おはよう」
マンションのエントランスの前での待ち合わせはもう毎日のルーティーンになっている。
黒谷さんはブレザーなし、指定外のセーターはキャメル色で一段とギャルっぽい。サラサラの黒髪に数束だけ青色のエクステがつけられていて何だか雰囲気が少し違う。
「今日の時間割だるいよ〜」
「確かに、体育は体力測定だっけ。めんどくせ」
「私あのシャトルラン? だっけ? ほんと苦手なんだよねぇ」
シャトルランとはだんだんと早くなる音に合わせて規定の距離を走り何往復できたかによって体力を測定する種目だ。
「あ〜、サボっちゃいたいけど体力測定はサボるとやばいから出なきゃだよねぇ」
黒谷さんがコンビニのアルバイトを辞めて以来、俺たちはこうして登校も一緒にすることになった。
正直、俺がいることで何の役に立てているかどうかというのはわからないが、なんというかちょっとした使命感で毎日朝起きられるようになった。
「俺も出るよ」
「へぇ〜空君サボるかと思った」
「なんでだよ」
「だって、体育嫌いじゃん」
駅の方に向かう俺たちと駅から離れた場所にある小学校に向かうすれ違う小学生。小学生は一番大きい子を先頭に一列に並んで歩いている。すれ違う時に俺たちがちょっと車道側に避けると一番前の大きな子が軽く会釈をした。
「わっ、礼儀正しい小学生〜」
「できた子だな……」
授業サボりまくりの俺たちはスれていない小学生をみて顔を見合わせた。
「空君って小学校の頃からそんな感じ?」
答えがわかっていて質問している時、彼女は眉をくいっと動かす。他の人なら憎たらしく見えるかもしれないが、彼女に限ってはそうは感じない。
猫が飼い主に悪戯をするのを見守っているような感覚に陥るので嫌な気持ちにはならないのだ。
だから俺は、彼女が笑ってくれるように少し脚色して返答する。
「そうだよ。周りのガキは馬鹿だなって思ってずっとぼっちしてたわ」
「今とおんなじ?」
「ま、今より酷かったかも」
「そうなの?」
「俺も子供だったし、なんていうかこう厨二病的な」
「ウケる。たまにいるよね、やけに大人びた子供」
「中身おっさんのやつな」
「そっかぁ、空君の中身はおじさんだったんだぁ」
ツンツンと俺の腕を突いてみたり、俺の背中にチャックがないかどうか確かめてみたりとやりたい放題の彼女に照れつつ、足をすすめた。
こんなふうに俺の前では人懐っこい黒谷さんだが、人によっては全然態度が変わるのだ。
教室に着くと、俺はいつも通り席についた。後ろの席の岡本君に挨拶をしてイヤホンをつける。
入学して1ヶ月も経つと、クラスでは色々とグループや立場が確立されてきていて俺も「グループには所属しないガリ勉の類の人」というような立場になった。完全にグループに分かれていた中学校とは違って、高校のクラスでは、男女問わず一定数の「ぼっち」が存在する。
主に「ガリ勉」と呼ばれる人たちで彼らは良い大学に行くために休憩時間も勉強をするのだ。
もちろん、今の所このクラスではいじめもないしそれぞれが好き勝手するような感じで少しだけ居心地がいい。
俺にとっては少しだけ過ごしやすい高校という場所だが、ある程度入学時の緊張が解けてくるとある行動をする人が頻出する。
それは「告白」である。
中学生よりも大人になった俺たちは恋をする時期なのである。
多くの人間が恋人を探すべく気になった子に告白をしたり、連絡先を聞いたりして関係を進めようとする。無論、俺たちの親は勉強をして良い大学に入ってほしいと思っているはずなのでこの恋愛というのは高校生にふさわしい行為か? と言われるとそうではない気もする。
「黒谷さん、俺と付き合ってください!」
朝のHRの前、教室で大声を出したのは隣のクラスの派手髪の男の子だった。廊下には隣のクラスの派手な連中が冷やかしに集まり、うちのクラスの連中も静かになった。
教卓の付近でギャル仲間と話していた黒谷さんはさっきまで笑顔だったのに「スン」と真顔になるとまるで氷のオーラでも纏ったみたいに冷たい視線を彼に向けた。
「えっと、お友達とかでも?」
黒谷さんは冷たい視線を彼に向けたまま、小さく口を開けた。
「——は?」
たった一文字の破壊力は彼の心を折るには十分だったようだ。自信満々で黒谷さんに手を差し出していた彼は「ご、ごめんなさい」と小さな声で謝って尻尾を巻いて教室から逃げ出していった。
「もう来るなよ〜!」
「お前にニャコは無理だぞ〜!」
「お友達から〜とか偉そうすぎん?」
ギャルたちは爆笑して手を叩くも、黒谷さんは不服そうにため息をつく。
黒谷さんは最近、こうしていろんな男子に告白をされているのだ。ガクイチと名高い彼女は学校に来れば男子の視線のほとんどを独り占めしていたし、休憩時間になればこうして告白にくる人たちに楽しい時間を邪魔されるのだ。
心の中で彼女に「御愁傷様」と皮肉を言って俺はスマホに視線を落とした。そろそろ本格的にアルバイトを探さねば。
「ねえ、鮎原君」
ツンツンと後ろから肩のあたりを突かれて振り返ると、不安そうに俺をみている岡本君がいた。
入学初日から俺に挨拶をしてくれる岡本君は優しそうで少し気の弱い生徒で、いつも損な役割を被ってしまうような子だ。
「なに?」
「あのさ、岡本君と黒谷さんって付き合ってるの?」
他の人に聞こえないように小さな声で話す彼に優しさを感じながらも俺は首を横に振った。
彼は喜ぶのかと思いきや驚いたように目を見開く。
「何で? そんなこと聞くの?」
「あぁ、だって登下校とかしてるし」
「それは家が近いからだよ、親同士が仲良くてさ今は治安が悪いからって頼まれただけ」
納得いく理由のはずだが、岡本君は首捻った。
「でもさ、黒谷さんって気がつくと鮎原君のこと見てたりするからさ〜。でもいいなぁ、あんな可愛い子と登下校とかさ、いいなぁ〜」
チャイムがなり、俺は岡本君に愛想笑いをして前を向いた。
——黒谷さんが俺を見てる……?
岡本君は嘘をつくような性格には思えないし、それが本当だとすればなぜ……? まさか、黒谷さんが俺のことを好きなんじゃないかなんて自惚れたがちょっとよく考えてみれば答えはすぐにわかった。
黒谷さんは俺を見て何かしらちょっかいをかけてやろうと思っているのだ。頭の中に彼女の悪戯っぽい顔が浮かぶ。
「すみません! 遅れました」
牧田が出席を取り始めた頃、遅れて教室に帰ってきたのはジャージ姿の秋田さんだった。
「あら、秋田さん。どうしたの」
「すみません、朝練が……」
「秋田さんはバレー部?」
「はい、すみません」
牧田は少し考えてから
「顧問の先生には1年生の移動距離も考えて朝練の時間を組むように伝えておきます。席について」
「はいっ!」
秋田さんはペコっと頭を下げると教室に入ってガタガタと席についた。体育館からこの教室まではどんなに走っても5分以上はかかる。うちの学校の中でも強豪であるバレー部は練習が厳しいことで有名だ。
特に、1年生は後片付けや先輩が帰るまで帰れないなど理不尽なルールがあるのかもしれない。人よりも体の小さい彼女は大変だろうに。
と自然と秋田さんを見ていたら、斜め前からの視線に気がついた。顔は動かさずに目だけを動かして確認すると、黒谷さんが頬杖をついて軽くこちらを見ていた。
目が合うと彼女はぱちっとわかるように瞬きをしてすぐに前を向いてしまった。
「起立〜!」
黒谷さんに意味深な瞬きをされて何とも言えないこそばゆい気持ちになった。黒谷さんは他の誰かが見てもわかるくらい、俺のことを見ているらしい。
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