第15話


 翌日から俺たちは一緒に帰宅をすることになった。まだ春先の寒い季節だからか、私服のアウターを着ての登下校許可が降りたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 黒谷さんはロングのトレンチコートをすっぽりと羽織っているので女子高生には見えないし、俺も指定ではないジャケットを着ているので一見高校生には見えないはずだ。

「ママったら心配しちゃってスクバじゃなくてリュックにしろってさ」

 黒谷さんはシンプルな黒いリュックを俺に見せると不満そうに頬を膨らませる。確かに、女の子は制服姿にスクールバッグ、ローファーといったベタなJKの装いが良いだろう。たった3年間しか許されない制服ブランドを不本意にも封印せざるを終えないのだ、不安になる気持ちもわかる。

「不審者、早く逮捕されるといいな」

「ほんとだよ、迷惑しちゃう」

「黒谷さんってさ、クラスでは結構クールな感じなのに家だと結構子供っぽいところあるよな」

「私さ〜、たくさんの人がいるところ苦手だったりするんだよね。こうがやがやしててうるさいって言うか」

「黒谷さんもギャルたちと話してる時はだいぶうるさいけど」

「私はいいの」

 彼女の頭に猫耳が生えているような幻覚が見える。こういう自分勝手なのに変なところで好き嫌いが激しいのもステレオタイプな猫って感じだ。

「マジで猫みたいじゃん」

「そう? 空君には言われたくないな〜。空君こそ猫ちゃんじゃん」

「それは飼い猫と名前が一緒だからだろ?」

「ほんとわかってないよねぇ〜、まいいけど。そうだ、明日の後藤の授業出る?」

 電車の改札を通り、俺たちは最寄駅から住宅街へと入っていく。学校帰りの中学生や自転車に乗って公園に向かう小学生なんかを横目にずんずんと歩みを進める。

「さすがに2連チャンでサボるのは辞めとくわ。それに、週末は小テストって言ってたし」

「え〜だからダルいな〜って」

「小テストバックれてどっかの放課後に補習とか言われる方がだるいぞ」

「確かに〜」

 

<サボりの鉄則 同じ授業を連チャンでサボらないこと>


 俺が少しふざけて言ってみると、彼女はケラケラと笑いながら手を叩く。

「やっば、空君ウケんね」

「ガチだぞ」

「へぇ〜、そうなの?」

「あぁ、中学で死ぬほどサボってきたサボりマスターの俺が言うんだ。間違いない」

「サボりマスターってなんかやばっ」

「ってわけで、明日のお誘いはパスかな。俺は大人しく授業に出るよ。その代わり、体育はだるいからサボるけど」

 黄色い帽子の小学生たちが楽しそうに走ってきて、俺と黒谷さんにぶつかりそうになる。咄嗟に俺は彼女の腕を掴んで端によけて、小さな小学1年生たちとの衝突を避けた。


「公園まで競争だ!」

「えーい!」


 能天気な小学生たちが走っていくと、俺はそっと黒谷さんの腕を離した。

「ごめんっ」

「ううん、いいの。ありがと」

 嫌だったかなと不安になる俺とは違って黒谷さんは少し照れたような感じできゅっと唇を結んでいる。

 結構2人で過ごしている時間はあると思っていたけど初めてみる表情だ。彼女がどんな気持ちなのかはわからないけれど、心を鷲掴みにされたみたいにドキドキする。いつもはクールで飄々としていてちょっと意地悪だったり等身大のJKっぽかったりするのに、今はなんか……まるで……。

「い、いこっ!」

「あ、うん。小学生は元気だなぁ〜!」

 お互いに感じていた何かをパッと手放して再びマンションに向かって歩き出す。けれど、マンションに着くまで俺たちの会話は心なしか、ぎこちなくなったのだった。



***



「空、あんた今日ちゃんとニコちゃんと帰ってきたの?」

 母さんは料理をしつつ大声で帰ってきた俺に言った。美味しそうなナポリタンの匂いにくらくらしつつ、一旦無視して洗面所で手を洗った。

「あぁ、ちゃんと帰ってきたよ」

「そう、しばらくはそうしてあげなさいね」

「っていっても黒谷さんにだって事情があるだろ、彼女にお願いされたらにするよ」

 母さんは「それもそうねぇ」と言いつつ心配そうに眉を下げた。

「けど、黒谷さんのお母さん女で一つでニコちゃんを育てる看護師さんだからおうちにいないことも多いみたいよ。だからしっかり守ってあげなさいよ」

「へいへい」

 母さんの助言を流しつつ、俺は黒谷母が看護師だと知って少しびっくりしていた。看護師のお姉さんと言えばテキパキしてて怖いイメージがあったからだ。

 17で黒谷さんを産んでそれから勉強して看護師になっただろう。つまり、高校を辞めて高卒資格をとって看護学校へ行き子育てをしながら看護師をする。なんてパワフルですごい人なんだろう。

 冷蔵庫から甘い菓子パンとプリンを取り出して、引き出しに入っていたスプーンを手に取る。


「アンタ、おやつ食べすぎるんじゃないよ」

「はーい」


 俺は部屋に戻り席についた。と言っても大学を目指しているわけでもないので何もすることはない。

 ただお菓子を食いながらスマホで動画をみてぼーっとしたり、応募もしないアルバイトを探したり……。

 甘い菓子パンとプリンを交互に口に突っ込んでいたら、当然のごとく眠気が襲ってくる。

「あぁ、今寝たら夜寝れなくなるよなぁ……」

 ダメだダメだとわかっていても体は勝手にベッドに向かう。部屋着にも着替えないママ横になって足を投げ出した。

 今日はなぜか授業を全部こなしてその上、下校であんなことがあって……。


 先ほど、黒谷さんと急接近した時の思い出がフラッシュバックする。細い腕もあの驚いたような照れたような顔も、その後にちょっとぎこちなくなる感じとか全部が胸をぎゅっと締め付けるような感覚にさせてくる。


 好きとか嫌いとか、結婚もできない年齢で恋愛する奴は馬鹿だと思っていたしそういう同級生を心の中で蔑んでいたけれど、いざ自分が誰かを好きになってしまうとこのどうしようもない気持ちを他の誰かに相談したり、自慢したりしたい。



 そんなふうに思うようになっていた。

 

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