第14話
「空、帰るわよ」
母親にガキのように呼ばれて俺と黒谷さんは玄関へと向かった。俺の母さんは黒谷さんを見るなり目を輝かせる。
「まぁ、ニコちゃん。はじめまして、鮎原空の母の
「はじめまして、黒谷ニコです」
黒谷さんはギャルだし、先生にタメ口を使うが今日は違うらしい。なんだか礼儀正しい彼女を見ているとこそばゆさを感じた。
「うちの息子と仲良くしてくれてるみたいで……なーんにもできない子だけど根は優しいから何でも使ってやってね」
「ちょっ、母さん……」
うちの母さんは「肝っ玉」と呼ばれる部類の母親だと思う。面倒見がよくてご近所からの評判もいいらしい。中学生になってからはあまり話すこともないため家では最低限の会話しかしないが……。
「しばらく、空君に一緒に帰ってもらおうかなって話してたんです。ほら、物騒ですし」
黒谷さんが俺の母さんにそういうと、母さんはなぜだか嬉しそうに
「うちの息子でよければ!」
と快諾した。黒谷さんは「やったぁ」と手を上げたが俺としてはちょっと複雑だ。その不審者とやらに声をかけられた時、俺に一体何ができるんだろう? 男なのでそこそこ力があるかもしれないが、喧嘩なんかしたことはないし運動もあまり得意ではない。
「ま、まぁ頑張ります」
「ありがとう、空君。それに
「いいのよ。何か困ったことがあったら私でもこの子にでも相談してくださいね。ニコちゃんも息子ならいつでも貸すから困ったことがあればおばさんに相談するのよ」
黒谷母娘と別れて、俺は母さんと一緒に自宅へと戻った。母さんと並んで歩くのは結構久々だが少し小さくなったように感じる。
「空、あんた初めてのお友達が女の子とはねぇ。母さんびっくりしちゃったわよ」
「いや、別に友達じゃ……」
「じゃあ彼女?」
「それも違うよ」
「まぁどっちでもいいけど、しっかり守ってあげなさいよ。母さんも応援するからね」
「はいはい」
俺が同級生の家に上がるのが初めてだったからか、母さんはやっぱり嬉しそうだ。本当なら小学校や中学校、俺が普通の子たちと同じように過ごしていたら母さんはもっと幸せだったのかもなんて想像して胸が苦しくなった。
「母さんね、アンタが高校に行くって言った時びっくりしたのよ。学校嫌いで嫌なことからは逃げてばっかりだった子が義務教育じゃないのに勇気の出したのねって。けど、よかったわね。可愛いお友達ができて。自分なりに頑張ってみなさい」
「うん」
母さんには全部お見通しのようで俺は口をつぐんだ。
——俺は逃げてばかり、確かにそうかもしれないな。
***
『(黒谷)やっほ〜、起きてる?』
黒谷さんからのメッセージが届いて、俺は数学Aの宿題中だった手を止めた。入学当初はあんなにも学校を辞めたかったのに今や宿題をしている俺がいる。
『(鮎原)宿題中』
『(黒谷)偉いね〜。そうそう、私が働いてるの駅前のコンビニ。エイトだよ。覚えておいてね』
俺が毎朝昼飯を買い、帰り道におやつを買うコンビニである。まさか、彼女のバイト先があそこだなんて思ってもみなかった。
よく考えてみればこのマンションに住んでいるのだとすれば自然ではあるが。
『(鮎原)じゃあ、国語の後藤がブチキレてたのも?』
『(黒谷)そうそうウケるよね』
『(鮎原)鉢合わせたくねぇな』
『(黒谷)だねぇ。空君さ、学校楽しい?』
『(鮎原)いいや、英語のペア決めの時はヒヤヒヤしたしクラスも騒がしくなってきたし、バイト見つかったら辞めようかなと思って』
『(黒谷)えぇ〜なんで』
『(鮎原)今日、早退したやつに言われたくねぇ笑』
『(鮎原)黒谷さんだって学校や授業がダルいからサボるんだろ?』
『(黒谷)でも好きな時もあるよ?』
それが俺と黒谷さんの大きな違いなんだと気がついた。俺は嫌いだと思っている場所にいてどうしても嫌な時だけサボる。
黒谷さんは、学校に特段嫌な思いはないが自分がサボりたいと思ったらサボる。
俺は多分母さんの言うように逃げてばかりで、黒谷さんは心のままに動いている。その差は同じサボりでも大きな差だと思う。
『(鮎原)はいはい、陽キャはいいですね〜』
『(黒谷)陽キャ嫌い?』
非常に答えにくい質問に俺の指が止まる。陽キャ……というか派手でうるさい子たちは精神年齢が低い人が多くてあまり得意ではない。中学校でも窓ガラスを割ったり、変な動画を撮ってSNSにアップしてみたりと本当にアホらしかった。
けれど、黒谷さんはギャルなのでどちらかと言えば「陽キャ」に分類されるだろう。
『(鮎原)うーんバカな奴らは嫌いかな』
『(黒谷)そっか、じゃあ私はセーフだ。よかった〜、嫌われてなくって』
『(鮎原)宿題に戻るわ』
『(黒谷)了解、じゃあまた明日ね』
可愛いらしい黒猫のスタンプにスタンプで返事をして俺はスマホを置いた。黒谷さんと俺は母さんの言うように友達になったのかもしれない。俺にとってみれば何もかもが新鮮で新しい。
メッセージでは随分と格好つけてしまうが、俺はどうやら彼女のことが異性として気になっているらしい。まだ少し、手が震えいてる。
黒谷さんは学年で一番可愛いからとかギャルだからとかそういうことではなくて、なんというか「大人」な彼女にとても惹かれている。
今まで、同級生に対して感じていた「ガキだな」という感情を彼女に対しては感じないのだ。
理由はわからないけれど、彼女も俺をよく思ってくれているようだしこのまま友達関係を続けていければいいなと思う。
それと同時に俺の心の中では今までにはなかった気持ちがふつふつと浮かんでいた。
——もしかして、誰よりもガキでアホなのは俺の方だったんじゃないか
「やめだ、もう寝よう」
宿題を終えて、俺はスマホを手にごろんと寝転がる。今日は黒谷さんと一緒に昼寝もしたはずなのに、うっすらと眠気が襲ってきた。
半身を起こしてなんとか部屋の電気を消して、布団に潜り込んでさっきまでの考えをかき消すようにぎゅっと目を閉じる。
もう少し、もう少しだけ学校に通ってみよう。
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