3 ご近所さん
第12話
英語の少人数クラスはその後何事もなく終了した。
中学では授業を中抜けすると情報が回って怒られたりしたもんだが、高校ではある意味自由なのかも知れない。自由な分、責任も伴うので留年する理由とかになりかねないが。
とはいえ、俺が国語の授業を休んだことは担任には知られているだろうし帰りのHRは少し緊張する。
まぁ体調が悪かったといえば問題ないだろう。全員の前で発言をさせられるのは苦だが、俺はあの国語の授業をサボってよかったと思っているのでそのくらいのことは甘んじて受けようではないか。
チャイムと同時に担任の牧田がやってくると、彼女は黒谷さんの空席を見てため息をついた。
「はい、日直。号令」
日直の人が号令をかけ、俺たちは再び席に着く。牧田はなにやらファイルの中からプリントを取り出して配布をする。彼女の顔は少し強張っていて、俺はサボりのことを怒られるんじゃないかと内心ヒヤヒヤだった。
しかし、俺は今朝のことをふと思い出した。
——みなさん、今日の帰りのHRではご家庭に持ち帰ってもらうプリントがあるので必ず出席してください。
そういえば、今日の朝のHRで牧田がそう言っていた。念押しするくらいだから結構重要な書類なのかも知れない。そこでもう一つ気になるのは空席になっている斜め前の席だ。席の主は黒谷さんで彼女はHRに出席していない。
黒谷さんはまだあの茶室で寝ているのだろうか。
それとも教室に寄らずにロッカーに言って荷物を持ってそのまま帰ってしまったのだろうか。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
秋田さんから渡されたプリントを後ろの岡本くんに渡してから内容を確認する。
プリントは保護者に向けた注意喚起だった。
【本校の制服を着た生徒を狙った襲撃・ナンパが頻出】
この字面を見るにうちの学校になにか恨みがある男の仕業だろう。女の子はナンパして困らせて気に食わない男子高校生はボコる。きっとそういうことをする人間はヤンキーか高校にもいけなかったような奴らだろう。こんな犯罪を平気でしてしまうのだから頭のネジが飛んでいるとしか思えない。
「みなさん、部活やアルバイトで遅くなる場合は保護者の方にお迎えをお願いするか私服での帰宅を検討してね。部活で最終下校時刻になる生徒は本日の部活動中に顧問から説明があると思います」
生徒たちがガヤガヤとうるさくなる。それもそのはず、帰宅部以外の生徒にとっては結構な事態だし、何よりも俺たちはまだ高校生になったばかりなのだ。制服で狙われるなんていうのは正直死ぬほど怖い。
「はい、では今日の帰りのHRはここまでにします。鮎原くん、放課後職員室に来てちょうだい」
あまりにもスムーズな流れで言われたものだから俺は聞き流しそうになったが、数秒後事態を理解して心臓が嫌な方向に跳ね上がった。
「は、はい」
「では、号令」
俺は今日の国語の授業のことを詰められるんだと感じ手が震えた。いつもサボる時は必ず医務室によって履歴を作るのに今回ばかりはそれをしなかったのだ。理由は明快で「忘れていた」からである。
黒谷さんとの添い寝にうつつを抜かし、夢見ごごちで教室に帰ってきてしまったのだ。俺としたことが、完全にやらかしてしまったのである。
(まぁでも腹が痛くてトイレにこもっていましたっていえばなんとかなるだろう)
気が気じゃないまま号令をすませ、俺はバッグに荷物を詰めた。牧田の方はさっさと教室を出ていってしまうし、他の生徒たちに噂されているような気がして居心地が悪い。
本当は職員室なんて行きたくないのに俺は足速に向かった。
「1年の鮎原です。牧田先生はいらっしゃいますか?」
職員室の入り口でクラスと名前をいう。すると一番近くにいた見知らぬ先生が「どうぞ」と牧田先生のほうを指差して入室許可をくれた。
これからサボりのことで怒られるんだろうと考えると足が重い。入学して数週間で放課後に呼び出しだなんて俺も脇が甘かった。
中学の職員室と同じく教師のデスクというのはほとんど汚い。絶対に使うことのないであろう茶色くなったプリントが山積みになっていたり、毛玉だらけのセーターが椅子にかかっていたり……。
こんな状態でよくもまぁ生徒に「机の上に必要のないものは出すな」なんていえたものだ。
牧田のデスクに近づくと彼女は優しい笑顔を浮かべた。サボりのことを怒られると思った俺は少し驚きつつも会釈をする。
「鮎原です」
「鮎原くん、放課後にごめんなさいね。けど、ご指名だったので仕方ないのよ」
サボりのことを怒られるのかと思いきや、
「ご指名……ってなんのことですか先生」
「あら、本人から聞いてない?」
俺が首を横に振ると牧田は大きなため息をついた。けれど、本当に落胆しているというよりはわがままな子供に困っているような感じだった。
「黒谷さんからクラスの連絡用メッセージに『早退するのでプリントは鮎原くんに渡してください、同じマンションなので』って」
——は?
黒谷さんが俺と同じマンションに住んでいる?
そういえば、入学して数日の全体集会をサボった時に「引っ越しが決まった」と彼女が言っていたことを思い出した。
もしかして、うちのマンションに引っ越してきたということじゃないだろうか。それは大いにありえることだ。うちのマンションは結構空きがあったし、大きな敷地だから引っ越しがあっても気がつかないことが多い。
母親なんかは挨拶しているだろうから知っているかも知れないが、わざわざ高校生の息子とご近所さんの話なんてのはしないわけで……。
「ということで、プリントをお願いしてもいいかしら。一応、緊急のことだしメッセージにPDFも添付したけれど。マンションが同じだっていうのなら直接でも」
「あ〜、はい。渡しておきます」
「ありがとう。助かるわ。鮎原くんは部活動は入ってなかったんだっけ?」
牧田は安心したようにコーヒーを飲んだ。彼女のデスクは割と片付いていてすっきりしている。写真縦にはまだ小学生くらいの女の子と牧田と旦那さんと思わしき男性が写っていた。
「俺はアルバイトを探してるので入っていないですね」
「そう、勉強に支障が出ないようにね。不審者のこともあるし早く帰りなさい」
呼び出したのはあなたですよ、とツッコミたいという気持ちを抑えつつ俺は彼女に頭を下げて職員室をあとにした。サボりのことは怒られなかったなとか牧田が見た目よりも優しいんだなとかそういう感想は一旦しまっておいて、俺は廊下に出るとすぐにスマホを取り出した。
『(鮎原)同じマンションってどういうこと?』
『(黒谷)バレたか〜! 先週の土曜日に引っ越しあったの知らない?』
『(鮎原)そういえば、母親が玄関で挨拶してたかも』
『(黒谷)それ私のママ〜! ってことでプリントよろしく』
俺とガクイチの猫系ギャル黒谷さんはサボり仲間というだけではなく「ご近所さん」だったようだ。
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