第11話
「私はまだサボるわ」
「そうかよ」
俺は茶室に残りたい気持ちをぐっと押さえて5限終わりに教室へと向かった。さすがに2時間連続で消息不明というと帰りのHRで晒し上げを喰らうことも考えられたし、6限は「アタリ枠」の英語だったので出た方が良いと踏んだのだ。
とはいえ、ガクイチの黒谷さんとの添い寝はまるで夢のような時間だった。けれど、不思議とエッチな気分にはならなかった。もちろん、襲ってやろうとかそういう気はそもそもなかったのだが、あの状況でエロさよりも癒しを感じていたような気がする。
「あっ、鮎原くん」
しれっと休み時間に教室に入ったのに、席についた途端前の席にいた秋田さんが声をかけてくる。
「あ、秋田さんどうしたの?」
「具合……悪かったの?」
「えっ?」
「だってほら、さっきの授業いなかったでしょ?」
彼女の表情を見るにサボっていた俺を攻めているというよりは心配しているようだった。でも、どうして具合が悪いと思ったんだろうか。
「あ〜、まぁね」
「具合が悪かったらいつでも言ってね? 私保健委員だし! それに力持ちだから男の子でもおんぶできるし!」
力こぶを作るように腕を曲げてさわやかに微笑んだ秋田さんに愛想笑いで返事をする。あまり話したことのない男子にも楽しく会話できるコミュ力最強系の子か。
どのクラスにも1人はいて、多分クラス替えの際に教師たちが欲しがる人材だ。
「ははは、ありがとう」
「ニャコちゃんは保健室にいた?」
「うーん、わからないかも」
「そっかぁ……。ありがとう」
わかりやすくしょんぼりした秋田さんの頭にかわいい犬の耳が見えたような気がした。犬系……いや、子犬? こぐま? なんかそういうかわいい系だな。
そんな秋田さんの背中を見つつ、俺は英語の授業の準備を始めた。
***
「じゃ、号令は省略して授業を始めようか」
英語の倉岡はパッと目視で生徒を数えるとテキストを開くように指示を出した。英語は割と得意……というか言語なのでどの分野よりも勉強しやすいのは当然なんだよな。
実際に英語を話している人は世界中にたくさんいるわけなんだから出来ないというのは正直なところ甘えにすぎない。
「じゃあ次のページに進みます。わからない単語が出てきた場合はみんなスマホで検索していいからね」
この言葉に生徒たちはワッと盛り上がる。というのも、授業中にスマホを合法で触れるのだ。
スマホを授業中に禁止する教師は多い。それはスマホをOKにすると授業以外のことで使うからとか、スマホで検索するより辞書をめくった方がいいとかくだらない理由だ。
そもそも授業中にスマホで遊ぼうとするやつはスマホがなくても遊ぶし、重たい辞書を持ち歩くような真面目な生徒にはスマホで効率的に調べ物をさせた方が良いに決まっている。
「はいはい、静かにね。それじゃあ、近くの席の人と二人組になって会話分を読んでみよう。読み終わったら自己申告をしにきてね」
——出た!
ぼっち殺しの「二人組」パターン。ただ、優しいのは近くの席の人という縛りがあるので離れた席への移動は許されない。つまり、俺は後ろの席のいつも挨拶をしてくれる彼と組めばいいのだ。
えっと、名前は……。
「おい、岡本〜やろうぜ」
そうそう、岡本くんだ。岡本くんは隣にいた見知らぬクラスメイトに誘われて嬉しそうに頷いた。
——まずい……。
このままだと余るぞ。
俺が困惑していたら、ポンポンと机を叩かれた。振り返って机に置かれた小さな手から徐々に視線を上に上げていくと俺を見つめてニッコニコ笑う秋田さんがいた。
「鮎原くん、モカと組んでくれる?」
モカ、というのは彼女の名前らしい。名前まで犬のようだ。いや、失礼か。かわいい名前だな。
「う、うん」
「よかったぁ〜、ニャコちゃんお休みだからどうしようって思ってさぁ。そうだ、鮎原くんどっちやる?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、モカがメアリー役やるね!」
秋田さんは興奮すると自分のことを名前で呼ぶ性格らしい。普段、授業中などに発言をする時は「私」だが時たまこうして彼女は彼女自身を名前で呼ぶ。けれど、あざとくないというか嫌味っぽくないのであまり気にならなかった。
秋田さんに合わせて俺も相手役の文章を読みつつこの時間が早く終わらないかなと思う。俺さっきまで黒谷さんと添い寝をして、次は女の子に声をかけられてペアを組んでいる……なんて人生ではなかったことの連続で正直少し疲れてしまっている。
「あやや……これなんて読むんだっけ」
俺の思いとは裏腹に秋田さんは読めない単語にぶつかってあわあわとスマホを取り出した。可愛いらしいピンク色のカバーにはかわいいトイプードルの写真が挟んである。
猫系ギャルの黒谷さんは猫を飼っていて、秋田さんは犬を飼っているのか。動物は飼い主に似るなんていうけど、もしかしたら逆なのかもな。
「秋田さん、犬飼ってるの?」
「へっ、あっうん。かわいいでしょ。ココアっていうの」
スマホのカバーに挟んである犬の写真を見てニヤける彼女は本当に写真の中のトイプードルにそっくりだ。
「なんか、秋田さんと似てるね」
「そうかな? でも嬉しい。ありがとう。あっ、そうだ単語」
「どれ?」
「これ……」
秋田さんは教科書を広げて一つの単語を指差した。確かに少し長いが特殊な読み方はしないものだった。俺が読み方を教えると彼女は小さくルビを振って
「ありがとう、たすかったぁ」
と言い教科書を持ち直した。
「じゃあ、終わらせますか」
「だねっ、私から読むねっ!」
秋田さんのペースに合わせつつ、なんとかミッションをクリアして俺たちは倉岡にOKをもらった。
「鮎原くん、ありがとう」
「いえ、こちらこそ」
正直、秋田さんが声をかけてくれなかったらペアが出来なくて余るところだったので助けられたのは俺の方だ。
黒谷さんにしても秋田さんにしても「異性でも気にしない」人と縁がある気がする。中学時代は男女がびっしり真っ二つに分かれていて、一緒に行動するのは付き合っている男女くらいのもんだった。
だからか、黒谷さんのように付き合ってもいない男子をサボりに誘うのも、秋田さんのようにペア決めで男子を誘うのも俺としてはかなり驚く出来事だった。
「鮎原くんって英語得意なんだねぇ」
「そんなことないよ、たまたまさっきの単語を知ってただけ」
「ねぇ、またペア決めあったらさ誘ってもいい? ほら、席近いしモカでよければ」
「俺はいつでも」
「やった、迷惑かけないように勉強も頑張るね!」
秋田さんは俺と次の約束をして満足したのか自分の席まで小走りで走っていった。
彼女は席に着くと、英語のテキストを開いて何やら書き込んでいた。怠惰な俺とは違って頑張り屋さんで真面目な子のようだ。そんな子と今後もペアなんてなんだか申し訳ないな、なんて思うが1人になるのは嫌なのでここは甘えておこう。
怠惰な俺は秋田さんのように勉強はせず、スマホに触る。
【メッセージ1件 黒谷ニコ】
(黒谷さんからか、どうしたんだろう)
『(黒谷)今日だるいから帰るわ〜。また明日ね』
『(鮎原)単位、気をつけないと留年するぞ』
すぐに既読がぽんと付いて、舌を出した猫のスタンプが届く。
俺が返信をしようとすると倉岡がパンパンと手を叩いた。
「はい、全員会話の練習が終わったので次のページに行くよ」
生徒たちはザワザワしながらも雑談を徐々にやめて黒板と向き合う。俺もスマホをポケットにしまって授業が再開されるのを待機した。
「では、次のページの——」
この授業は「アタリ枠」のようだ。
***あとがき***
お読みいただきありがとうございます!
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