第8話
美化委員が思いのほか楽すぎたことは俺にとって嬉しいはずなのに、なぜか心はモヤモヤしていた。なぜか、なんて理由は分かりきっているのだが。
黒谷さんと同じ委員会なら毎日・毎週にでも活動があったっていいとすら思う。
今日も退屈な学校での1日を終えて、帰りの電車に乗り最寄駅に降りる。最寄駅は栄えているわけではないので駅前にあるのは大型のスーパーとそれから小さなコンビニくらいだ。
コンビニに入ると夕食までのおやつに菓子パンを買い、無料のアルバイト情報誌を手に取った。毎週土曜日に刊行されているこのアルバイト情報誌をなんとなく眺めてもう2週間。早い子だともう中学卒業後すぐに3月末からアルバイトをしているから俺も本気を出せばすぐに見つけられるはずだ。
とはいえ、高校生(未成年)では応募できるアルバイトは限られる。たとえば、夜の22時以降は働くことができないし、そもそも募集求人の中でも【高校生可】と買いてあるものが対象になる。
そういうものは基本最低賃金だし、接客業なので俺には向いていないように思えて中々応募まで至らなかった。
「隣駅のパン屋・時給1000円、最寄りのスーパーレジ打ち時給1050円……学校帰りに働いたとして4時間、1日4千円か」
仮に人間関係などがうまくいって高校退学後も働く場合上手くいくだろうか? 1日8時間、接客というのは正直想像ができない。どちらかというと裏方で人と接しないような仕事の方が向いている気がする。
俺は自分がエプロンをつけてニコニコ接客をする姿を想像してちょっとニヤついた。学校でも上手く行かなかった俺が不特定多数の人間に笑顔を振りまくなんて難しいに決まっている。
「こっちで探すか」
スマホを取り出してチーズ味の菓子パンを口に放り込み、【高校生アルバイト 接客以外】で検索する。
すると、ファミレスの洗い場やスーパーの品出し専門アルバイト、スーパーの惣菜パッキングなど様々な裏方アルバイトが表示された。時給は少し低いが、接客よりは長く続けられそうじゃないか。
『新着メッセージ 1件』
メッセージなんて親からしか来ないので不思議に思って開いてみると、今日連絡先を交換したばかりの黒谷さんからだった。
『(黒谷)やっほ〜、みてみて。うちのニャンコ』
添付された画像にはベッドの上でへそ天している黒猫の写真だ。可愛らしい赤い首輪にちょっと大きめの鈴、びよーんと伸びた腹は太陽光に照らされてちょっと焦茶色にも見える。
『(黒谷)かわいいっしょ。空君は今なにしてる?』
『(鮎原)バイト探し』
対面で話すよりもだいぶ気持ちが楽なのは彼女の圧倒的美が視界に入ってこないからだろう。けれど、少し想像すれば俺にメッセージを送ってきたのはガクイチの黒谷さんで、彼女がわざわざ俺にメッセージをくれているという事実に思わずニヤけてしまう。
その一方で、格好つけたい一心で素っ気ない返事。送った後に襲ってくる後悔。
『(黒谷)バイト? まだ見つかってないの?』
『(黒谷)私はコンビニバイトしてるよ〜。もうプロ』
『(鮎原)大変?』
『(黒谷)うーん、大変かな〜。まず長時間立ちっぱなしってのが辛いかも?』
『(鮎原)俺は接客以外で探すかな』
『(黒谷)それはアリだよ。まじで変な客くるし』
それは黒谷さんが可愛いからじゃないか。と打ちかけてやめる。どんなふうに返すのが良いのだろう。
『(鮎原)そっか、頑張れよ』
猫の名前を聞くとか、バイトの話を深掘りして愚痴を聞いてあげるとかあっただろうにぶっきらぼうに返事をすることしかできなかった……。
『(黒谷)明日の国語総合だるくない?』
『(鮎原)国語? なんで?』
『(黒谷)あの先生、苦手なんだよね。なんかすぐに社会に出たら〜とかいうし』
確かに、国語総合の後藤は「社会に出てた時に通用しませんよ」が口癖の教師だ。とはえ、穏やかだし怒鳴ったり黒板を叩いたりもしない。
『(鮎原)そうか? 黙って座ってれば害ないよ』
『(黒谷)私見ちゃったんだよね』
『(鮎原)何を?』
『(黒谷)それは今度一緒にサボる時に教えてあげる』
黒谷さんがあの悪戯っぽい笑顔をするのが容易に想像できた。これは「サボりのお誘い」で間違いない……よな?
また俺と2人きりで……?
どうせ学校を辞めるんだし授業のひとつやふたつサボったって問題ないだろう。
『(鮎原)俺をサボりに巻き込む気か?』
『(黒谷)じゃあ聞きたくない? 後藤の秘密』
『(鮎原)聞きたい』
『(黒谷)じゃあ、明日一緒にサボろ』
『(鮎原)わかったよ』
『(黒谷)じゃあ明日、待ち合わせ場所メッセするね』
『(鮎原)了解』
スマホの画面を下にして机の上に置く。
連絡先を交換するだけでも奇跡だったのにまさかお誘いがくるとは……。俺が学校を辞めようとしていてよかった。大事な授業をサボろうと言われてもなんのマイナス要素も感じないのだから。
初めて「学校に行きたい」と思った。
だが、その理由が授業をサボるためだなんていう本末転倒な理由だなんて、学校を忌み嫌っていた過去の俺には到底想像できないだろうな。
——俺は今……とても学校に行きたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます