第7話


 美化委員に俺と黒谷さんが決定してからおよそ30分。全ての委員会にクラス全員が決まるまでドラフトは4巡目くらいまでかかった。当初の予定ではさっさと美化委員に決定して、スマホでいじっていようと思っていたのだが……それどころではなかった。


——まさか、黒谷さんと一緒になるなんて。


この前、全体集会をサボった時に彼女と2人で話してから俺たちは特段会話をすることはなかった。黒谷さんはいつも通り、授業中に眠っていたりかと思えば元気に先生と話していたり……。彼女の行動は観察すればするほど気まぐれで予測不可能だ。気がつけば彼女を見ている自分を不思議に思いつつも、彼女はクラスのほとんどの男子の視線を集めているので気が付かれていないと信じたい。


「では、LHRの終了時まで各委員会で顔合わせと確認をしてください。まずは2人のうち代表者を決めて、教卓にこの資料をとりにきなさい」


 牧田の合図に合わせて生徒たちが立ち上がり、俺は黒谷さんの席に行くべきかそれともどうすべきか辺りを見回す。



「あの、図書委員だよね? よろしくね」

「文化祭実行委員ここに集まって〜」

「は、はじめまして」


 俺の前の席の秋田さんがパッと立ち上がると振り返り、プレイリードックのように相方を探す。小柄だからかちょっと背伸びをして不安そうに眉を下げ、何度も教室を見渡す。

 数秒後、彼女はもう1人の保健委員を見つけたのか笑顔になると小走りで教室の反対側へと向かった。すると、同じように秋田さんを見ていた黒谷さんが空いた秋田さんの席、つまり俺の前の席に腰を下ろした。


「空君、奇遇だねぇ〜」


 黒谷さんは意地悪げにニンマリ笑うと小さな声で


「抜け駆けは許さないよ」


 と言った。まるでおとぎ話に出てくる悪い猫みたいに得意げな笑顔は美しいけど、どこか棘があって魅惑的だ。


「なんだよ、抜け駆けって」

「サボり魔の空君が立候補するなんて珍しいじゃんって思ったけど、裏を返せばもしかして一番サボれる委員会なんでしょ?」

「そんなことは」

「図星の顔だ、空君。先生にプリントもらいに行く係よろしく」


 悪魔のウインクに拐かされて、俺は席を立った。

 ついさっきまでもしかしたら黒谷さんが「男子と組むなら鮎原空がいい」と思ってくれているんじゃないかと心のどこかで期待をしていた自分を殴り倒したい。

 俺はいつからこんな自惚野郎になったんだ。ちょっとでも期待をしていた自分が恥ずかしい。


「美化委員の代表は鮎原君ね。はい、これは美化委員用の生徒会配布のプリントよ」

「ありがとうございます」


 牧田に軽く会釈をして俺はプリントを手に自分の席へと戻った。教卓の前から戻る時、他の男子たちの羨望の眼差しを感じつつゆるっと俺が代表にされたことに気がついて悶々とする。


「なになに、見せて」

「美化委員の主な仕事の割り振り……みたいだな」


 黒谷さんが俺の机の上に置かれたプリントを覗き込む。ちょっと前屈みになったせいで襟を広げて派手にボタンが開けられた胸元からチラリと下着の紐が見える。レースの黒が見えるか見えないかで俺はそっと目を逸らした。


「縦割りで毎週水曜日に放課後掃除のチェック、文化祭・体育祭のごみ収集方法の周知と片付けか」

「縦割り? ってことは全部の学年の美化委員が持ち回りってこと?」

「そうだね、裏が当番表になってる」

 プリントを裏返すと几帳面に整えられた当番表が印字されている。1年生〜3年生まで特進クラスを含めて全部で21クラス分。

「毎週水曜日ってことは……? 5ヶ月に1回くらい? ねぇ、空君私の計算合ってる?

「1ヶ月が4週間として21を4で割ると5だからそうじゃないか?」

 彼女は何度か指で数えてから俺を見てニヤリと笑う。

「やっぱり、サボり魔の嗅覚は侮れませんねぇ〜」

 ガクイチギャルとのひそひそ話にドキドキしつつ、美化委員の仕事が予想以上にやることなさそうで内心ガッツポーズをする。

(美化委員はこうでなくちゃ)

「別に、サボりたいとかじゃなくて早く委員会決まった方がいいと思っただけだよ」

 見え見えの嘘に黒谷さんは「そっ」と返事をするとスマホを取り出して軽く何度かタップすると俺の机の上においた。

 表示されているものをみて俺はさっきまでの自惚を一気に思い出す。

「はい、これ読み取ってね。私の連絡先」

「え?」

「いや?」

「嫌ではないけど、わかったよ」

 俺はスマホを取り出してQRコードを読み取り彼女の連絡先を登録する。アイコン画像は陽キャあるあるの顔写真かと思いきや、黒猫の可愛らしい後ろ姿だった。

「猫、好きなの?」

「この子はね〜、お家で飼ってる子。可愛いでしょ」

 スマホを机に置いたまま、彼女は写真アプリを開くと数々の猫の写真を見せてくれた。

 猫は可愛くて好きだが、黒谷さんの胸元と普段クールな彼女が見せないようなデレっとした笑顔と声のトーン、その上連絡先を入手してしまったという事実に俺の脳みそはもうほとんど機能しなくなっていた。

 スマホの写真フォルダの猫を俺に見せつけつつ、デレデレと笑う彼女があまりにも愛らしくて俺は写真に対するリアクションができない。


「何?」

 彼女は、リアクションもしない俺に疑問を感じたのか、そのままの体制で俺を見上げると、ちょっとムッとした表情で耳に髪をかける。胸元よりも耳に髪をかける仕草の方がなんだか色っぽくて俺はどうにか照れ隠しをしようと

「勝手に俺を委員の代表者にしたろ」

 と憎まれ口を叩いた。頬あたりがカッカッと熱く黒谷さんがニヤリと笑ったところを見ると俺の照れ隠しは無駄だったようだ。

 しばらく俺の反応を見てから黒谷さんは


「ご褒美あげたでしょ?」


 と得意げに言った。

 


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