2 2人はサボり仲間
第6話
高校になると先生によって授業の進め方が全然違うことに俺は驚いていた。例えば、英語のクラスは出席番号順で2つ別れる少人数制になっている。そのため、前半クラス後半クラスで先生が違う。
俺たち前半クラスの倉岡先生は若い男性教師でいわゆる「あたり枠」である。彼は非常に爽やかで生徒たち目線をよくわかっている様で、開口一番まず「宿題は出さない」と言った。それだけではない、授業の進め方や評価方法についての説明も非常に合理的だったし、他の授業の先生と比べてもわかりやすかった。
先生もあたりだが、前半クラスは教室移動でない点もいい。後半クラスは空き教室まで移動しなければならず、その時点で生徒たちから不平不満が漏れていた。
一方で後半クラスの方は先生も「はずれ枠」だったらしい。オリエンテーションを終えて空き教室から帰ってきた後半クラスの生徒たちが大声で騒いでいたのだ。
「まじありえない! 飲み物を机の上に置くなとか意味わかんないんですけど」
「教科書買わせといて、持ち込み禁止・授業ごとに全部ノートに写してこいとか意味不明すぎる」
「聞いた? あいつ、英語の発音終わってたよね。あんなんに習って大丈夫なのかな」
「しかも、ちょっと話しただけで怒鳴るし」
とまぁ、耳に入ってくるだけでもひどい有様なのはなんとなく想像ができた。中学の時も同じ様な教師がいたことを思い出す。多分、そういう人は「先生」なんて呼ばれて自分が偉いんだと勘違いしてしまっているんだろう。
スタンフォード監獄実験でも看守の役割を与えられた人間は私生活では考えられない様な加虐性や考えが浮かんでしまうことがわかったように、彼ら教師も「生徒を指導する」「生徒よりも先生の方が正しい」と長年の間にどんどん考えが歪んでいくのかもしれない。
歪んだ結果、生徒のためにならないであろう課題やルール過度な叱咤が生まれる。多分、教師本人ももう本来の目的なんて忘れてしまっているんだろうな。
チャイムがなると同時に担任の牧田が教壇に上がる。HRの時間だからか、生徒たちはリラックスしたまま雑談を続けていた。
牧田はビシッと「号令を」と声をかけ、日直が号令をする。だらだらとした起立と礼が終わり着席してからも教室はざわざわしたままだった。けれど、牧田は怒るでも黙るでもなく黙々と黒板に板書を始めた。
【生徒会附属 学級委員】
その文字に生徒たちはザワザワと噂した。牧田はそのまま板書を続ける。
【文化祭実行委員】
【体育祭実行委員】
【学年行事実行委員】
どうやらこの時間は「委員会」を決めるようだ。部活は自由参加だが、この委員会は強制参加である。というのも、委員会はクラスや学年の中だけでは完結せず時には別の学年とも連携して学校のさまざまな運用を行っている。中学の時も文化祭・体育祭に関わる花形の委員会は大人気で普段から雑用が多いものは不人気だった。
「委員会の人数と推奨性別は書いた通りよ。立候補性で決めていきます。人数が被った場合は一旦黒板に名前を書いて待機してください。全ての第1希望を集めてから人数が多い委員会はじゃんけんで代表2名を決めます。そのやり方で全てが埋まるまで続けます」
(あぁ、面倒臭いなぁ。全員参加なら希望なんて取らずにやらせればいいじゃないか)
でも、ドラフト方式の決め方はすごくありがたい。なぜなら俺は誰も手を上げない上にサボれる委員会を知っているのだ。存在感が薄いけれど、字面を読むと面倒臭そうに見えるアレだ。
「ではまず生徒会付属学級委員、この人たちには、今後のLHRの司会だけでなく、生徒会役員候補として生徒会のお仕事のお手伝いもしてもらいます。少し負担が大きいけれど、立候補する人は?」
牧田の声に合わせて男女数人の手が上がった。メンツを見るに、どの子も真面目そうな生徒で明らかに「内申点」を稼ぎたいのが見え見えだ。この委員は生徒会附属、2年生時から入会できる生徒会に大きなコネができる。それは、今後の受験を視野にしている子たちにしてみれば魅力的に映るだろう。
牧田は生徒の名前しながら名前を黒板に書き記していく。ふと、俺の目に入ったのは退屈そうに頬杖をついている黒谷さんだった。
今日は少し気温が高いからか、指定外のピンク色のベスト姿。以前のパーカースタイルに比べるとギャル感が強く、黒い髪とベストの薄いピンクがよく似合っている。
(って俺、何考えているんだろ)
黒谷さんは何委員会にするんだろうか? やはり人数が多い文化祭実行委員とかだろうか。いや、彼女の場合「めんどくさい」「やりたくない」が正解だろう。部活をやりたくない人間が委員会をやりたいはずなどないのだから。
やりたくないが許されない場合、気まぐれな彼女は何を選ぶんだろう?
人気の委員会に人が集まり、後半の委員会では手が上がらなくなってきた。牧田は立候補がないか丁寧に確認してから次へと進めていく。黒谷さんは文化祭実行委員も体育祭実行委員の時も手を上げなかった。斜め後ろからじゃ彼女の表情は見えないが眠っている……とかだろうか。それとも他になりたい委員会でもあるんだろうか。
「では保健委員」
「はいっ」
元気よく声を上げたのは俺の前に座る女の子だった。名前は確か秋田さん。小柄でふわふわの天然パーマ、俺にプリントを回してくれる時もにこっと笑いかけてくれる愛想の良い子だ。
「秋田さん、男子は?」
男子の方は決まらず。牧田は秋田さんの名前に丸印をつけた。つまり、彼女は第1志望の委員会に入ることができたわけである。嬉しそうに小さくガッツポーズをした秋田さんは上げていた方の手をスッと下げた。
「では次、美化委員会」
俺は誰もいないことを確認してから手を上げた。その瞬間、牧田と初めて目が合う。見た目は怖い先生を彷彿とさせる印象の彼女だが、改めてよく見ると視線はとても優しかった。
「鮎原くんね。女子は?」
美化委員会のイメージといえば「ゴミ拾い」「文化祭のごみ収集係」だろう。確かに、美化委員の主な仕事は学内を清潔に保つことなので間違いではない。確かに、ゴミ拾いや文化祭のごみ収集は面倒臭い仕事だ。
けれど、面倒臭いのと仕事の責任や仕事の多さは比例しない。ただ、これに気が付く人間はいないから美化委員の女子はおそらくドラフト5巡目くらいで決まるんだろうか。
かわいそうに、その子は俺が学校を辞めたあと1人で仕事を被ることになるだろう。
「じゃあ、次……あら、黒谷さん。どうしたの?」
「どうしたのって、私。美化委員に立候補してるの……だって女の子の立候補生いないんでしょ?」
「えぇ、では美化委員は鮎原くんと黒谷さんね。では次」
クラス中がザワザワする。それもそうだ、黒谷さんはガクイチと呼ばれる男子にとって憧れ的な存在なのだ。それは俺も同じである。あの日、一緒に教室で全体集会をサボった日から俺は何かあれば黒谷さんのことを考えてしまっていた。
そんな彼女と同じ委員会……?
着々と他の委員会が決まっていく中、俺は疑問とそれから期待に胸を膨らませた。
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