第5話
「黒谷さん、サボって平気だったの?」
俺の質問に彼女は「ふっ」と吹き出す様に笑うと
「何それ。空君だって同じじゃん。それに私だよ?」
「そっか、確かにそうだね」
「ちょっとどういうことよ? 遅刻はまだ2回しかしてないでしょ?」
「ははは、そうだね。ごめん」
と返事はしたものの、至近距離の笑顔は致死量の美しさで俺は息が止まりそうだった。俺は、幼い頃から同級生をガキだと思って見下していたせいか、クラスの女子にこんな感情を抱いたことはなかった。むしろ、恋愛話に花を咲かせている人たちを心の中で馬鹿にしていたし、同級生にドキドキすることなんて一生ないのだと思っていた。
だが、それはどうやら間違いだったようだ。
俺はどうやら恋愛的な意味で正常な判断ができなくなってしまっているらしい。心臓はドキドキとこれ以上ないくらいに音を鳴らし、口はカラカラになって視線はどこを見て良いかわからないので常に彼女の首あたりを見つめることしかできない。
「どうして心配してくれたの?」
「えっ」
「だって、さっき『サボって平気だったの?』って言ってくれたでしょ?」
「それは……ほら黒谷さんのお友達はみんな参加してるだろ?」
「あ〜、確かに友達はみんな参加してるけどあの子たちは部活やりたいんだって。私はやりたくないから無理に行かなくていいっしょ?」
「まぁそれもそうだね」
「友達だけど自分が興味ないことまで付き合わないと〜みたいなの昔から苦手なんだよね」
やはり、彼女は少し大人びたところがあるようだった。
「そっか」
「友達のことは好きだけど、子供っぽくベタベタするのは苦手かも?」
(子供っぽくベタベタか)
小中学校で女子というのは本来群れたがる生き物だ。俺は昔から女子たちが一緒にトイレに行ったり、移動教室は必ず同じグループで行動するのが不思議でならなかった。トイレに行きたくもないのにトイレに行き、移動すらも相手に合わせて休み時間を使えない。そこまでして友人と一緒にいる理由が全くわからなかった。
けれど、黒谷ニコそういう「無理をして他人に合わせる」行動はしないようだ。俺がいうのも難かもしれないが少し変わった子なのかもしれない。
「空君は大丈夫なの? サボっちゃって」
「俺は、うん。大丈夫かな」
「どうして?」
「どうしてって言われても……部活は入らないし」
彼女は頬杖をついている手を変えてニンマリと俺を見つめる。顔の造形が美しいことはもちろんだが、まるで俺と彼女が友達同士の様に話している事実に驚くばかりだった。
自慢にもならないが、俺はフツメン以下のコミュ障だし多分性格は飛び抜けて歪んでいると思う。その上、背が高いわけでも実家が金持ちなわけでもスポーツができるわけでもない。
(俺とガクイチがこんな、友達みたいな距離……)
「空君って真面目に見えるけど意外にサボり魔でしょ?」
悪戯に口角を上げるとためすような視線で俺をじっと見つめる彼女。俺は少しだけ彼女の美しさに慣れてきて、揶揄われていることに若干反抗したい気持ちが湧いてくる。
「俺も根本は黒谷さんと一緒だよ。必要ないから出ないだけさ」
「じゃあ友達が行ってたら、空君は参加してた?」
「いや……というかそもそも友達とかいないし」
「いないの? 友達」
不思議そうに首を傾げる彼女を見て可愛いと思う反面、俺は次の返答に困っている。友達がいないと伝えれば変な人間だと思われるのではないかとかそういう自己保身的な考えが俺の頭の中に浮かぶ。
今までまともに同級生たちと関わってこなかった弊害か、俺には正直に言うことしかできなかった。
「いないね、友達」
「どうして?」
「俺が……コミュ障だからかな」
「何それ?」
「コミュ障はコミュ障だよ」
彼女は眉を顰め、俺を可愛らしく睨みながら胸ポケットに入れていたスマホを取り出して画面をスワイプする。しばらくして彼女はスマホの画面を見ながら
「コミュ障とはコミュニケーションを取ることが苦手な人を指す
自分から話題を出したが面と向かって読み上げられると心にグッと刺さるものがある。彼女が先ほど読み上げたソレはまさに俺そのものである。
「あはは……」
笑って誤魔化す俺をみる彼女は、馬鹿にするでも笑うでもなくきょとんした表情のままだ。まるで、俺が言っていることがわからないと言わんばかりに何度も首を捻る。
「空君はコミュ障じゃないよ。だってさっきから私とコミュニケーション取れてるじゃない? 友達がいないのは気が合う人に出会ってないだけだよ。多分」
「そうかな、そうだといいな」
「うん、多分本当のコミュ障っていじめをしたりいない子の悪口を言ったりする様ないわゆる普通を皮を被った人たちのことだったり……して」
「陰キャとかじゃなく?」
「私は、いじめとか悪口とかそういうのがコミュニケーションが上手だとは思わないかな。なら1人でのんびりしてる方が楽しいっしょ」
「そう言われるとそうかも。コミュ障って言葉は陰キャを馬鹿にするために使われがちだけど、使ってる側の方がよっぽどって感じなのかもな」
「じゃ、私が空君の初めてのお友達じゃんね? サボり友達……サボ友」
ハイタッチを求められて俺はなすがままに彼女の手のひらに軽く触れた。俺は体が大きい方ではないけど、手の大きさに差があってなんだかドキッとした。そんな俺とは違って彼女は「うぇ〜い」と軽いノリでいうと、パッと立ち上がる。
「じゃ、私購買行って日向ぼっこしてくるね」
「購買って見回りに見つかるかもしれないぞ」
「いいの、その時はその時でしょ。空君、また一緒にサボろーね」
ぴょんと軽く跳ねると彼女は教室を出ていった。俺はほとんど放心状態で彼女が出ていった教室のドアをぼーっと数分眺めて、それからやっと我に帰った。
——俺、初めての友達はガクイチのギャルみたいです
時刻は13時45分。
もう少しで全体集会が終わる時間である。俺は思い出した様に立ち上がると黒谷さんが開けてしまったドアをしっかりと内側から施錠し、地窓から這い出てサボりの証拠を隠滅する。そして、そそくさと医務室へと向かった。
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