第二夜 巻き戻れ、俺の人生!
「マジで本物のサンタっすか? うそだぁ、そんなのって……」
「ようやくキミにプレゼントをする機会が来たんだよ。大人になる直前まで待たせて申し訳なかったね」
部屋の照明を点けていないとはいえ、視界がぼやけて何も見えない。
とりあえず今はコンタクトじゃなくて眼鏡を探そう。
本当に目の前に居るおじいさんはサンタなのか?
サンタコスのおっさんじゃないだろうな。
よもやこうやって簡単に侵入できたこいつが那須さんの体操着を盗んだ犯人だったとか――。
「さて、キミへのプレゼントは……」
「ちょっと待ってください。あなたはマジで本物っすか?」
「あぁ、本物さ」
「っていうことはマジで本物の?」
その時の俺は瞳を輝かせた少年そのものだったろう。
こんな胸アツで血沸き肉躍る展開が人生でそうそうある訳ない。
「それじゃあ、そのぉ……お名前とかあるんすか?」
なんともベタで情けない質問をしてしまったが、サンタは笑顔で答えてくれた。
「いちおうね。本当はローレンスって言うのは内緒だよ?」
「マジか……メリークリスマス、ミスターローレンス……」
するとミスターローレンスはすっと立ち上がった。
「さて、それじゃあキミのプレゼントの願いも叶ったことだし……」
「なるほど。会えただけでもありがたいっす」
すかさず俺はミスターローレンスのズボンにしがみつく。
「いやいやいや! 名前聞いただけじゃないっすか! こっちはずっと待ってたのにそんなの安すぎるでしょ! もっとお願い聞いてくださいよ!」
「こらこら、やめなさい」
あわや、そのまま脱がさんとする勢いだったのか、ミスターローレンスも慌てて腰に手を当てる。あぶねぇ、サンタの白い煙突が俺の眼前に迫る危機だった。
「はい、やめました」
俺はすぐにミスターローレンスの身体を離すと、ベッドの頭頂部付近に置いてあった眼鏡をかけた。
「今まで待ってたプレゼント、あとそちらのお願いを聞いたので一個こっちには貸しがあります。だからふたつ併せて俺に特大のプレゼントください!」
俺もいったい何を咄嗟に言い出したのだろうか。
それでも掛け布団の中から飛び出してベッドの上で土下座した。
ミスターローレンス困った様子で長いあごひげを手でしごいていた。
「キミが望むのはなんだい?」
「俺はとにかくクラスの那須さんと仲直りしたいんです!」
「ケンカするほど、その子とはそんなに仲が良かったのかい?」
「あ~……そこそこ。いえ、それなりに。あ、それほどでも」
「そうか。だとしたら、私は奇跡を起こせるキリストじゃないんだ。キミとその子の仲を取り持つことはできないよ。ゴメンね」
「違うんすよ! 俺は冤罪でこんな目に遭ってるんすから!」
とにかく俺は土下座しながら今日の昼間にあった事の仔細を告げた。
でもしばらく黙っていたミスターローレンスは、ぶ厚い手袋越しに俺の肩をポンと叩いた。
「キミの罪を拭うことはできない。私はサンタクロースだからね。欲しいと願う夢を叶える事はできるが、奇跡を起こせる人間じゃないんだ」
「じゃあ起きちゃった事は諦めろって言うんすか? そんなの何のプレゼントじゃなくないっすか?」
「違うな。もう一度、言おう。キミの願う夢を叶える事は出来るんだ」
「そしたら、那須さんに軽蔑されたのがチャラにできるとか?」
「それもキミの願い次第だね」
「だったら意味ないじゃん! だったらぜんぶ巻き戻してくださいよ!」
しばらく悩んだ様子のミスターローレンス。
室内には無言の時間が流れる。
その間も俺は土下座スタイルで待ち続けた。
そのうちにミスターローレンスは、俺の泣き落としでまた肩に手を置いてくれた。よしよし、サンタも両親もオトナはチョロいもんだぜ。
「わかった。巻き戻すだね。それでいいんだね?」
最初は深く意味を考えなかった俺だが、とにかく彼の発言にはすぐに食いついた。
「もちろんですよ! そうして欲しいに決まってるじゃないっすか!」
「オーケー。ではキミの全てを巻き戻すことにしよう、いいかい?」
「お願いします!」
俺はベッドの上に倒れると眼鏡をはずして両手を胸の上に組んだ。
すると瞼の向こう側がもふもふとした感触に包まれる。
たぶんミスターローレンスの手袋だ。
そうしているうちに俺は何とも言えない安らぎと共に眠気に誘われていった。
~~~
しばらくすると、誰かが俺の肩を叩く。
「んぁっ?」
目を覚ました俺は慌てて眼鏡を探すが、視力は保たれている。
俺の寝ていたベッドではなく、今座っている教室の机から見える向こうの黒板までばっちりだ。
顔を上げると担任の先生が俺の肩を揺する。
「なんだ、やはり体調が悪かったのか? 今日はもう日直の仕事は切り上げて早めに帰りなさい。それに疲れただろう」
驚いて壁の時計を見ると、六限が終わったあと。確かに帰りのホームルームだ。
余りのショックに俺は翌日の授業はずっと意識朦朧だったのか。
つまり半日近くうつらうつらしていたんだろう。
ん? でも俺の日直は昨日だけだったはず。
それに次の日って終業式で午前終わりじゃなかったっけ?
担任は教卓に戻ると、改めてクラスの俺達に神妙な顔つきで向き合った。
「知ってる者も多いと思うが、那須の私物が無くなった。日直は施錠をしっかり行うように。そして各自とも私物の管理は入念に行い、なにか不審な点があればすぐに学校に相談するように」
あら、これ知ってる。
やっぱ今日の帰りのホームルームで言われたことじゃん。
だってこれを言われた後に俺は複数のクラスメイトから……ほら、疑いの眼差しで見られた。
はぁん、なにこれ?
要するにミスターローレンスはゆうべの約束で、俺に時間を巻き戻して辛酸を舐め続けろってこと?
単なる地獄じゃん。
そんな畜生でクソ外道な仕様のゲームってある?
つまりそう簡単にプレゼントなんかやるかよ、このクソガキってことだな。
俺はこの地獄を永遠に味わえって意味か。
だったらもうクリスマスなんか信じるか。
俺はキリストの誕生日には構わず、お釈迦さまに
おっと。そんな余計な考え事をしていたらホームルームが終わる。
「この後、部活がある者も帰宅する者も気をつけるように。以上。起立」
今日の昼と同じように一日を終えた担任の一言で全員が立ち上がる。
そうそう。この日は日直の『起立!』の号令は割愛されたんだよな。
だって俺が容疑者で那須さんが被害者だから。
先生の言う通り、部活や帰宅などで三々五々散るクラスメイトだったが、俺はタイミングを見計らっていた。
というのも、まずはとにかく那須さんに謝罪したいから。
那須さんは部活には所属していないが風紀委員会の所属なので、今日は委員会も無くまっすぐ帰宅して塾に向かうはずだった。もちろん体操着を盗まれたので大人しく自宅に向かうかもしれない。
なのでこのタイミングを逃す手はない。
最初は同じクラスの女子に慰められたり、いくつかの会話をしている様子の那須さんだったが、そのうち独りで通用口の下駄箱まで向かう。
俺は日直だったのに、黒板の清掃や日誌の記入も忘れて那須さんの後を追った。
それを背後から観察して近寄る俺。今の時点では充分に容疑者だな。
まぁクロでもオフホワイトでも関係ない。ここまで来たらやり直すだけだ。
彼女が上履きを脱いで革靴に手を取った時に俺は一気に駆け寄った。
「ん那須さんっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます