どけ、いな、しかし、気るなにめだ、恋初の俺
邑楽 じゅん
第一夜 サンタクロースのプレゼント
「なんだってんだよ。どこもかしこもメリクリメリクリってよぉ……俺はそれどころじゃねぇっつぅのに」
俺は怒り心頭でスマホの画面に当てた右親指をスライドさせて、ブラウザバックをした。商店街から流れるクリスマスソングだけじゃない、視覚からの情報だけでも今の俺は腹が立ってしょうがないってのに。
クリスマスにサンタがプレゼントなんて所詮、夢物語よ。
そんな子供だまし、文字通り小学生低学年しか騙せないっつーの。
むしろこんな奇跡みたいなチャンスがあるなら俺にもくれよ。
マジでホントに死にたいわ。
朝に死にたい。夜にも死にたい。
もちろん死ねないけどさ。
その理由を知ってるだろ?
当然ながら俺がヘタレだってのもあるけど。
やぁ、ブルーな気持ちになってしょうがないよ。
俺は帰宅してずいぶん経つのに、飯も食わず風呂にも入らずウダウダとベッドの上で過ごしていた。
明日、学校に行くのもイヤだなぁ。
そりゃ登校拒否したくなるよ。こんなの完全に事案だってのに。
というのも遡る事、半日。
今日の昼休みが始まってすぐの出来事だ――。
「うそっ! あたしの体操着が無くなってる!」
その声を皮切りにクラス中が騒然となり、全生徒がある一人の女子を見た。
声の主は
ギャルでも陰キャでもオタクでもない、ごく普通に清楚で清純な女子。
ん、まぁ俺が言うとバイアス掛かってるから至極冷静に言い直すと、とにかく平均点よりはかなり上で素敵な綺麗な女子ってことだ。
俺は那須さんに想いを寄せている。
うん、帰宅後に一人で改めてこう振り返るとキモいけど、まぁ好きってことだよ。
年頃の高校生なんだから惚れた腫れたくらいは許して欲しい。
とりあえず話を戻す。
その日の六限に体育がある予定だった俺達のクラスは、当然ながら生徒のみんなは体操着を持参していた。
男女とも白い半袖のシャツに紺のハーフパンツ。
冬の寒い時期はその上に冬用のウィンドブレーカーかトレーナー。
狭い校庭でハードルや高跳びといった陸上競技をするはずだった。
その日の日直は俺。
三時限目には化学室に移動するので教室の施錠をした。
それきり移動教室は無かったので、他の一・二・四限は普通に教室で授業だ。
那須さんが異変に気付いたのは、昼休みに弁当を食おうと机に引っ掛けたカバンに手を入れた時だったらしい。
洗濯して持参した体操着がカバンからすっぽり消えている、と。
すぐに犯人探しは始まった。
当然ながらまず、いの一番に疑われたのは俺だ。
だって日直でクラスの鍵も自由に扱える身だったし、朝には体操着があって昼休みには消えてるんだから、唯一俺達が移動した三限目の化学に消えたであろう事は間違いない。
でも俺が那須さんにそんな悪さする訳ないじゃん!
だって触れるのも禁忌という程に神聖な那須さんの体操着に触れるなんて、とんでもなく羨ましい……いや、大罪人だっつーの。
俺もほしい……違う、そんな訳ある訳ないじゃんって訳だよ。
ただし潔白を証明できないのも事実。
クラスの男子の証言から、俺が那須さんにちょいと恋心を抱いているという情報も流出してしまい、これまで何の接点もない俺達は一気に被害者と容疑者の間柄になってしまったんだ。
もちろん担任も学年主任も、状況証拠だけで俺が完全にクロだとも言い切れない。
学校側も大ごとには出来ないとの理由から、とりあえず俺は日直としての管理不行き届きで口頭注意されただけだった。
いや、俺べつに何にもしてないのによ!
明らかにクラスの奴も、あぁあいつか、みたいな目で見てくるじゃねぇか!
それに那須さんも――。
それぞれに聴取されていた俺達だが、別々に教員室から出てきた瞬間にバッタリと廊下で鉢合わせしてしまった。
俺は頭を掻きながら咄嗟に謝った。
「あ、那須さん……なんかゴメン」
でも那須さんは無言で一歩うしろに引く。
そのあと俺の顔も見ずに那須さんはすぐに立ち去ってしまった。
完全に俺が疑われているやつなのな。
しかもね、後輩やら先輩やら、今しがた廊下ですれ違った奴がもう俺のことを指差したり陰口言ってクスクスコソコソしてるような気がするのさ。
もうこれ詰んだわ。終わったな、俺の高校ライフ。
周囲には敵しかいない。
さて、明日から自室に引きこもるとして、卒業式までどうやって新聞沙汰にならないように心穏やかに過ごすべきか。それが問題だ。
俺は背中を丸めながら逃げ帰るように、もとい、マジで学校から逃げ帰った。
そして自宅で心を休めようとしているのが今の状況だ。
考えれば考える程に学校や先生にもショックだが、何よりショックなのは那須さんから軽蔑の視線を浴びせられた時だ。あの彼女の顔を忘れることもできない。
そして、那須さんの体操着を盗んだ真犯人。許せん。
俺に疑いを向けさせただけでなく、神聖な那須さんの私物を盗むだなんて、本気でぶっ潰してやろうじゃないか。
――と思っても、さて明日からどうやって生きて行こうかとも悩む。
俺はスマホをベッドの上に放り投げると、両手足を伸ばしながらあくびをした。
「世間並みにメリクリしたいんだから俺の所にもサンタが来て欲しいわ。だって冤罪だもん。赤の他人の罪を被ってるんだから良い子を通り越して聖人じゃんか。こんな滅私奉公してる奴をスルーするとかサンタも白状だよな」
そんな風にぼやいている俺の右手に、何かが当たった。
プレゼントを入れるクリスマス仕様のブーツを模したおもちゃだ。
リビングにもコンセントに挿してキラキラ光るクリスマスツリーの間接照明が置いてあった。きっといい歳して両親が置いたもんだろう。
俺はもうとっくにサンタクロースも信じていないっていうのに。
「だったらサンタの一人や二人、俺んとこ来てくれよ。こんだけ困ってるっつーのにさ。憐れな子供を見過ごすのかよ」
未だぼやきながらも風呂に入って夕飯を食う。
でもまだ仕事している両親を待ってメリクリする気力も無い。
寝ぐせになるのも気にせず、ドライヤーも当てていない生乾きの髪のままベッドでゴロゴロしているうちに胸元に置いたスマホの存在すら忘れて瞼を閉じていた。
しばらくすると物音がした。
親が帰ってきたのかな、とうっすら目を開くと薄暗い室内に誰かが居る。
真っ暗な室内でもわかるくらいに眩しいその配色。
長いロン毛の白髪、蓄えた長いあごひげ。
そして赤と白のあの服装。
その服装のおじいさんは、やや枯れた重く低いが優しい声でつぶやいた。
「……やぁ、メリークリスマス! 起きてしまったね、失敬」
それを聞いて俺も上半身を飛び起こした。
「うぇっ!? あの、その衣装はもしかしてその、いったい……」
「私はサンタクロースさ」
「サンタっ!?」
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