第二話:出立




 騎士団への入団条件は、単純である。ただ、一対一の勝負を勝ち抜けて行けば良いだけだ。




「アテネ、アテネ………おい、準備を」




「分かったって!」




 試験前に、先生の山から帰ったウルは、今度は会場に行く準備をしている。


 自分の荷物用意は全て終わったのだが、なにせアテネの用意が未だに整わない。




「お前は昔から計画を立てないよな……」




「なんで試験の当日になっても、まだ荷造りが終わってないんだ?」




 ウルは困った様な目をして、アテネを見つめる。




「まぁ、次期執政官の余裕……、てヤツ?」




「しょうも無い夢を語ってないで手を動かせ」




「な、何を!」




「私の神託は炎系統の中でも最上位のぉ…!!」




「ああ、そうだったな"神託だけ"は一丁前に強いもんなぁ」




 ウルは少し楽しそうに、アテネを煽る。




「こっ…このぉ………!」




 アテネはオモシロイくらいに顔を真っ赤にして、近くにあった練習用の剣を取り出した。


 そのままの勢いで、ウルの頭天目掛けて振り下ろした。




 が、次の瞬間、ボンッと何かがアテネの真横で弾けた。その拍子に、彼女は尻もちを着く。




「アテネ……ウル君に乱暴をするのは良い加減よしなさい」




「母さん…だ、だってコイツがぁ〜」




 アリアが、厳しい表情で立っていた。




「ウル君、いつもごめんなさいね」




「いえ、大丈夫ですよ」




「全く試験前なのに……アテネ、貴女は少し我慢と言うモノを覚えなさい」




 横を見ると、アテネは不貞腐れた顔をして座っている。




「これから丸一日程掛けて試験会場まで行くと思うけど、アテネの面倒を見てやって頂戴」




「はい」




 アリアはウルの言葉を聞くと、安心した様だ。彼女は一旦自室に引っ込むと、何やらゴソゴソと取り出して戻って来る。




「二人共、これを持っていなさい」




 それは勾玉の様な形をしており、お守り見たく紐が付けられていた。




「これは、当家から出た歴代の騎士達が試験の前に必ず付けていた家宝です」




「良いんですか……?バルカ家でもない私に」




「勿論ですよ、ウル君は幼い頃からこの家で過ごして来たでしょう?」




 アリアは優しく微笑んで喋る




「アリアさん…」




 ウルは、改めてこの育ての母を尊敬した。思えば、七歳くらいで記憶もない自分を、ここまで育て上げてくれた事になんの返しもして来なかった。




「なぁ母さん、これ……神託が刻んであるよな?」




 アテネがお守りを手の上で転がしながら喋る。


 対してウルも(おぉ、ホントだな)と感心し、刻まれた文字を読んでみる。が、なんの効果があるのかは不明だった。




「そうですよ、アテネ」




「何の効果か教えてくれよ」




 アテネはねだる様に母に質問するが、アリアは何も喋らない。




「効果を教えない事により、更に効果を高めているのですよ」




「……ちぇっ、つまんな」




 アテネは先程まで荷造りをしていた半開きのバック目掛けて御守を放り込んだ。


 ポトンと音を立ててソレは吸い込まれて行った。








 そろそろ出発の時間である。


 朝日が燦々と照り出して来た。




「ウル君、アテネ、道中気を付けて」




「はい」




「おうっ!」




「カミルスからも、『安全に帰って来て下さい』と言伝を受けて居ます」




 カミルスは今日は諸事があり見送りに来られなかった。




「一所懸命、頑張って下さいね」




 優しい声音で伸ばしながら、玄関からアリアはずっと手を振り続ける。


 その姿を背景にして、二人は意気揚々と足を踏み出して行った。




 新芽の匂いが前方を埋め尽くしている。






________________________________________________












 五頭もの牛に引かれた鉄車が線路に沿いながら左右に揺れている。


 それの正体は入団試験の会場であるイリリア地方に向う為の乗り物で、孤島であるイングド半島とを海上で繋いでいる。




「なぁウル!見てみろよ、水馬が走ってるぞ!!」




「……」




「おぉ!あっちにデッケぇ鳥が!!」




 相変わらず元気な様子でアテネはウルに話しかけていた。


 入団試験当日だと言うのに一切緊張を見せていない。




「おい……アテネ、もう四、五時間程すれば試験が始まるんだ………少しは落ち着」




「やべぇ!間違って切符燃やしちまったぁ!」




 ずっとこの調子である。


 流石にウルも呆れを通り越して、畏敬の念さえ覚えてきた。




 鉄車の中には他の受験者達もひしめいており、少し五月蝿そうにこちらの部屋を睨んで来ている。




(今日は厄日になるかも知れないなぁ……)


 ウルは内心ヒヤヒヤだ




「まぁ…その……アテネ、落ち着け、他の受験者にも迷惑を掛けている」




 ウルが堪りかねて深刻な顔で注意するが、アテネは一切動じずに




「この程度で迷惑にゃならねぇだろ、ウルは気にし過ぎだぜ」




(コイツ……)




 ウルは思わずイラッとしたが、今朝アリアにこの娘の世話を頼まれた手前なので我慢した。




 だが、他の受験者達はそうは行かない。


 アテネの騒音に痺れを切らしたのだろう。四人組の男が部屋に近付いて来た。




「おい、テメェ」




 山賊の如き毛皮の服を着ている、一番図体の大きな茶髪の男が呼びかける。




「ああ、すまない、俺の方から注意しと」




「お前じゃねえよ、そっちの女」




 ウルが対応しようとしたが、男に押しのけられた。




「お前、さっきからウルセぇんだよ、雑魚のクセにしゃしゃり出んなよ」




 平素のアテネならば、『悪かった』と言って流すのだが、どうやら最後の一言が余計だった様である。




「あ゛?」




 と行って立ち上がってしまった。




「あのぉ、アテネさん?流石にここでケンカは………」




 ウルが今度はアテネの方を必死で宥めようとするが、既に彼女の目は血走っている。制御不能だろう。




「通路出ろや、デカブツ」




「ああ良いぜ、望む所だよクソ女」




 男は連れの三人を部屋に引っ込めさせると、アテネを連れて鉄車の中の一番広い大通路に連れて行った。




 ハラハラしながらウルもこっそり付いてゆく。






(まぁでも鉄車の中だ、流石に大技を打ち合ったりはする訳……)




 トコトコと、二人の後を追った直後だった。




 ウルの願いも虚しく、どうやら二人は本格的な戦闘を始めた様である。




 バキャ、という轟音が響き渡り、鉄車の中心部に軽いヒビが入った。




「なッッ!!」




 改めて通路の方に目を遣ると、アテネが"燦拳"を放った様で、相手の男がよろめいて居た。




「テメェ…その神託……まさか、"燦陽"の神託か」




「ああ……立てよデカブツ、勝負はまだ始まってねぇよ」




 "燦陽の神託"、カミルスの持つ"焔の神託"に比べれば単発火力は劣るものの、広範囲の殲滅性能が優れており、狭い場所や、敵に囲まれた時に非常に有利である。




 燦拳をモロに受けて男は一瞬たじろいだが、すぐに体制を立て直し、アテネの横顔目掛けて殴り掛かって行った。凄まじい胆力だろう。


 異常に速い、恐らく神託が関係している。




 対するアテネは自身の顔の側面に熱を凝縮した壁を張り、拳の威力を弱めようとする。


 が、男の拳は、なんとアテネの壁を貫通し、そのまま速度を緩めずに彼女の脳天にめり込んだ。




 ゴリ…と音を発しながら、体が吹き飛ぶ。


 そして、そのまま鉄車の最後尾まで転がって行った。




 パラパラとチリが彼女の体に舞い積もっている。




「アテネ…!」






 ウルは心配して駆け寄ろうとした……


 が、どうやらその必要は無かったららしい。




 ガラガラと鉄くずを落としながら、ウルの眼前でアテネはバッッと起き上がった。




「ハァぁ゛ハァ……このぉ、脳筋野郎が………」




 どうやら再び男に向って高密度の燦拳を撃つつもりの様だ。


 反対に、男の方も何やら大技を溜めている。


 多分コレ以上は鉄車が保たない。流石にウルは二人の間に割って入った。






「おい、二人共!中止だ中止、これ以上は鉄車がごふッッ!」




「燦拳」




「刃迅」




 と、言い終える前に二人の大技が閃光を放ちながら、ウルの身体に直撃する。




 ロングソードで男の"刃迅"の方はなんとか相殺した?が、アテネの燦拳の方はノーガードで胸部に入ってしまった。








「あ、悪りぃウル……」




「お………」




 ズシンと音を立てて床に崩れ落ちるウルを見て、二人はすぐに冷静になり、顔を見合わせた。


 そして即座に生存確認をする。




「おいウル、ウル……気絶したか………?」




「死んだかもな……」








 すると、その声に応えるように、白目を剥きながらか細い声でウルは返した




「……………生きてるよ……」




 全く、困った幼馴染を持ったモノである。と、ウルはそう遠のく意識の中、静かに床に座り直した。




(今日は厄日だな)


 アワアワと微妙な表情をするアテネを見て、再度そう確認した。




































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