18話 はじめてのエリアボス

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エリアボス。各エリアの生体ピラミッドの頂点に君臨する、もしくはそれに匹敵する強さをもつモンスターのことを指す。フィールドボスとは異なりボスエリアというものが無くフィールドでの戦いとなるため、PKや参戦することも出来る。初討伐成功時はオリジナル称号を獲得することができる。2度目以降に討伐に成功したプレイヤーも通常称号は獲得することができる。

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悲表の虚影

 影から生じたそれは過去の亡霊。意思なくさまようそれは空虚な存在、その中でひときわ強い意志を持つ影の顔にはひときわ強い感情が現れる。意思なくとも意志に突き動かされる亡霊は何思う。怒りか、嘆きか、憎しみか、はたまた希望か。感情に突き動かされるそれは救いをただただ求める。


 そんなフレーバーテキストであらわされる悲表の虚影は見た目こそ無表の虚影と何一つ変わらないがレアモンスターであり、レアモンスターは大抵通常種よりも強いと相場が決まっている。そして霊魂不滅れいこんふめつの峡谷は第1、第2の町の周辺フィールドにあるが相応しくない難易度である。ではそんなフィールドのレアモンスターとくれば弱いはずがなく……


「ッ!【ステップ回避】!」


 完全に姿を消し背後から音もなく魔法を打ってくる影に対し何をすることもできず防戦一方だった。


 っく、これはなかなかきつい。やってることは隠れて魔法を打ってくるただそれだけだが、それが一番効果的なのがむかつく。どうにかして突破口を見つけなければ。一発かすっただけでもHPが半分削られる多分だが直撃したらそのままジエンドだ。今わかってることは予備動作なく消えることと予備動作なく魔法を放ってくること、そして魔法を放つ瞬間だけ姿を現すことだ。ぱっと思いつく突破口は姿を現した瞬間に攻撃を当てることだがなかなか厳しい。無表の虚影と基本は同じだと考えるとスキルでの攻撃でないとダメージが通らない。そうなると投擲や苦し紛れの一撃では倒すことができないし、どこに現れるか予測してそこに向けてスキルを打つしかないだろう。だが、これも難しい。今までは背中から来るだけだったため対処が簡単だったが出現は今のところ完全ランダムで予測することができない。


 よって詰みというわけですねQ.E.D。くそ、本来は弓とか魔法をうまく当てることで倒せるんだろうけどどちらともない。ないものねだりなのはわかってるしこれがソロの弱みなのはわかってるが……本当にどうしよう。


 魔法


 回避 成功


 消える


 魔法 


 回避 失敗


 消えてる間に回復


 魔法


 回避 成功


 消えては現れ魔法を打ちそして消える。そんなTRPGのダイスロールでこんなことがあったらさいころを放り投げるような同じ作業。ただそれを永遠と繰り返す。


 合間合間でやれることを軒並み検証していくがそれらすべて意味をなさずそろそろあきらめようかと思ったその時。


(ん?サイズが小さくなっている?)


「ッ!」


 いや、明らかに小さくなっている。魔法を打つ瞬間、靄が魔法の発生源に集まりそのまま射出されているな。つまり、身を削りながらの攻撃。


「ってことはとにかく耐えればそのうち自滅するはずだよな!ふぅ、よっし!あとひと踏ん張り!」


 ま、結局やることは変わらないんですけどね。










「ん?終わりか……なんか腑に落ちない終わり方だな。っち、しっかりとこの手で倒したがったのに結局自滅以外倒し方が見つからなかった。」


 ま、最終的には倒せたからいいでしょう。お楽しみタイム、ドロップは何かな……悲魂結晶か、レアアイテムではありそうだがレアドロップではなさそうだな。


「うーんどうしようかな、正直もう疲れたしもうもどるか?」


 レアモンスターとフィールドボスを今日だけで倒してるし暗い中歩いてたせいで結構疲労がたまってるし時間もたっている。でもなぁ、ここまできて最奥を覗かず帰るのも嫌だし。うーん、うー-ん……夏休みだしいっか!みんなは夏休みだからって生活習慣見出したらだめだよ?これは訓練されたゲーマーだから出来るのであって一般人だと命の危険があるからね!


 ……うん、やっぱ寝ようかな。深夜テンションになってきた。だが、このままログアウトしてしまえばこの先が気になって寝れないだろう。俺の快眠のためにも先に進むしかない、進むしかないんだ。


「とはいったものの、どうすっかな、もう持ち合わせの回復薬も全部使ったし。ふむ、どうせほかのプレイヤーもいないだろうし駆け抜けるか」


 レアモンスターを倒したおかげか【暗視】のレベルが上がり見える範囲が広くなったため、ただ走り抜ける分には壁にぶつかるといった危険はない。とはいえ、足元はごたごたしてるし岩が落ちてるため危ないことに変わりないが初見RTAをやっている感覚で駆け抜けていく。途中、ゾンビや無表の虚影を見かけたが足は早くないため捕まることなく奥へ奥へと進むことができた。


 ふむ、ここが最奥っぽいな。


 天井が高くとても広い空間に出たと同時に目の前が見えなくなるような量の霧に包まれる。一段と空気が冷えたような感覚を感じながら警戒しつつ広い空間の中央に向かう。


 さてさて、一体どんなエリアボスなんだ?初のエリアボスだ期待しちゃうね。それにあまり探索されていないエリアだ、もしも討伐されていないのだとしたらどうにかして討伐したい。


 お、いたいたやっぱここがボスエリアっぽいな。ふむ、紫色の火の玉が2つ。鬼火ウィルオーウィスプか?


 エリアボス 紫焔の影武者しえんのかげむしゃ


 なるほど、最初に見えた火の玉は目か。武者……やっぱ、侍って職業あるのかなぁ。侍になりたい人が集まった掲示板があったし侍のモンスターがいたことを教えたら喜びそうだ。まぁ、めんどくさいから投稿しないけど。


 さぁ、何をしてくる?ん?薙ぎ払い?数メートルは離れたこの距離で?


「ssshhhu!」


 ぎりぎり聞き取ることができるかすれた声と同時に繰り出されるのはたった一太刀。切り払う動作に付随して紫色の炎が噴き出し、波のように押し寄せる。先ほどまでの冷えた空気とは真逆のVRゲームとは思えないほどの熱量を肌で感じると同時にHPバーの長さが


「は?回避不能のHP上限低下攻撃?MPも減ってるな。まじか」


 見ればMPはされただけみたいだがHPバーは元の長さと比べると2割ほど減っている。なるほど、そういうタイプね。多分だが、ある程度時間がたつ、もしくはこちらがおおきな隙を見せれば今の回避不可能な攻撃を再び放ってくるだろう。そして、刀に纏っている紫の炎を見るに通常攻撃も食らえば食らうほどHP上限を削られそうだ。すなわち、時間をかけるだけ不利になるタイプだ。


「いいねぇ、要するに攻撃を食らわずに速攻で仕留めろってことだろ?」


 こちらへと刀を振り下ろす武士の攻撃をよけ攻撃を当てる。だが、このフィールドの特徴なのか通常攻撃ではダメージが通った感覚はない。人型モンスターで攻撃がわかりやすいとはいえ通常モンスターとは比べ物にならない高い攻撃力と攻撃スピードで絶え間なく切り付けてくるし、こちらが隙を見せればこちらが攻撃をし無防備になったところへ再び攻撃を仕掛けてくる故に攻撃スキルを使うことは非常に難しい。回避が難しいときはスキルを使いよけ、再び攻撃を仕掛けるタイミングを狙う。突きや袈裟切りなど隙の少ない攻撃を仕掛けてきた際は無理せず回避に努める。狙うは振り下ろしと振り払いのみ。


「【スラッシュ】!うん?一応ダメージは通ってるか……」


 手ごたえはあったし、ダメージは通っていると思うが、少しもひるんでいない。あまりにも小さいダメージ過ぎたか?レベル差が結構ありそうだし、鎧に阻まれたのであればそれもあり得そうだが。


 このゲームではある程度のダメージを与えるとモンスターはひるむ。例えばだが、ゾンビであれば攻撃を与えると後ろにふらふらと倒れそうになる。そこに追撃を入れるもしくは安全を取り回復を入れるなどと決めることができるわけだが、そもそもひるまないとなると攻撃を入れたとしてもそれでこちらが隙を見せてしまえばそのまま攻撃を食らうことになる。要するに比較的隙の大きいスキルが使いにくいということで、通常攻撃ではダメージの通らない影武者相手では致命的となる。


「こいつも魔法がないと倒しにくいタイプか?まぁフィールドのコンセプトとしてありそうだが……」


 こちらが攻めあぐねている間にも鋭い攻撃を絶え間なく繰り返してくる。途切れのないその斬撃はまさに舞を踊っているようではたから見ればとてもいい演武に見えるだろう。持ち前の回避力で何とかして被弾は防いでいるが全て回避し続けるのは難しく……


「っち、【スラッシュ】!」


 よけられない攻撃が出てくるがスキルを使い刀に合わせ弾いて何とかする。天性のセンスで敵の攻撃に合わせスキルを当てているが、一般人ではあらかじめ決まったモーションを敵の攻撃に合わせ弾くことはなかなか難しく、難しいことに成功すればもちろんそれに見合うリターンがある。


 スキルにより弾かれた影武者の刀はこれまでにない大きな隙を見せる。


「【インパクト】!」


 左手に持ったメイスで打撃属性によるスキルを発動する。いつも通りのパターン故に最適化された動きで狂いなく影武者……影武者の持つ刀をメイスがとらえる。クリーンヒットしたからか狙い通り影武者の手から刀が弾き飛ばされ地面にカランと音を立て落ちる。


「武士が刀を失えばそれはもう湯切りに失敗したカップ焼きそばだ、はっはっは!さぁどうする?……へ?」


 ここからの行動を考えた矢先2つのことが同時に起こる。


 1つ、目の前の武者が唐突に姿を消した。

 2つ、離れたところにある刀に武者が唐突に表れた。


「これはどういうことだ?姿を消しそのまま剣の所まで行った?いやだが、それにしてはタイムラグがなさすぎる」


 となると転移?今まで使ってこなかったのが謎だが、HPや時間、刀が弾かれるみたいななんかしらのフラグを踏んだと考えると納得できる。


「通常時に転移されたら多分勝ち目がないが、ん?なんだ、結構ダメージ食らってるのか?」


 先ほどまでと比べると武者が薄くなっている。影武者だし血を流すとは考えられないし悲表の虚影と同じくダメージを負うほど薄くなっていくのだとすれば結構なダメージを負っていることになる。


「正直ちょっと覗いて情報だけ得て死に戻りすることになるだろうと思っていたがまさかワンチャンあるとはな、ふぅ。楽しくなってきたな!」


 先ほどにも増し剣戟が鋭くなっている武者相手に、持てる回避スキルすべてと深夜というゲーマーにとってのフィーバータイム中により仕上がったプレイヤースキル全てを生かし食らいつく。


 もしもこの戦いを配信していたならばまだ情報の出ていないボスにソロで戦い、雨のような連撃をすべて回避し受け流し、隙を作りその隙の大きさやクールタイムに合わせ様々な武器で反撃するまさに剣の舞にいろいろな意味で視聴者は盛り上がっていただろう。


 だが、この戦いに観客はおらず当人のみ。見世物に出来るような戦いをただひたすらに続ける。突きの連続を後ろに下がり避け、避けたところに踏み込み、突きの追撃をしてくるがこれもギリギリの所で回避する。突き出した刀をひねり横なぎに切り込んでくる一撃に対し【スラッシュ】で。なるべく最小限の動きで敵の攻撃をいなすと、一幕の連撃でまともに攻撃を当てることができなかったからか武者の攻撃がやむ。


「だめだ。反撃に移る暇がない。いくら何でもこっちにはスタミナがあるのにそっちはスタミナ無制限で連撃を出されちゃたまんないわ。そんなんチートや、チーターや」


 既にこちらはたまに使ってくる回避不能の全体攻撃とよけきれず被弾した攻撃がたまり、HP上限は当初の1割ともう一撃被弾すれば耐えることができない。要するに、まじやばい。


 おいおい、いくら影武者で命がないからってそんな永遠に動いてちゃ疲れるだろ?ゆっくりやろうや。


 ……いや待てよ、影武者か。ふむ……ふむふむ!なるほど、やっぱり今日は冴えてる。紫焔の影武者しえんのかげむしゃ、見破ったぞ。


「shuuuaa!」


 比較的隙が大きく回避のしやすい振り下ろしをしてくるがそれに対しこちらは左手に装備したメイスによる【インパクト】で刀を弾く。初期スキル故クールタイムが比較的短いにも関わらずメイスのスキルというだけあり火力が高く使いやすいスキル。好んでよく使うがクールタイムが短いとはいえ肝心の所で使えない可能性を考えるとあまり頻繁に使うわけにはいかず、実際そんな使っていなかったがここで使う、使う価値がある。


 刀を弾くことはなかったがそれでも刀を大きくのけぞらせ、武者の動きが止まる。


「やっぱ正解だったな、【閃拳】【衝拳】か、ら、のッ【剛拳】!」


 右手に装備した蛇を巻いた見た目のセスタスで音を置き去りにするような高速で放たれるパンチを繰り出し次の攻撃につなげる【閃拳】、そしてアッパーのように攻撃し多少のスタン効果がある【衝拳】、若干の溜めが必要だが、火力の高い【剛拳】と定番コンボを影武者の持つ刀に対し食わらせる。影武者は未だ動くことができずもう一撃加えるため、【インパクト】を使ったばかりなため使えるスキルがなくなったメイスを槍に装備し変え、すでに硬直から解け反撃への動作に移った武者に対して……


「【五月雨突き】!」


 持てるスキルの中でも特に火力の高い5連撃の突きのすべて武者の持つ刀に命中させる。単純にただの突きの5倍以上の火力を浴びせる。


 それでも影武者は倒れない。当たり前だ。攻撃が命中したのは刀であり、影武者ではない。だが、影武者には当たらずとも、刀にはダメージが入っている。


 要するに、紫焔の影武者しえんのかげむしゃその本体は刀だ。刀を持つ武者は名前の通り影武者。影で出来た武者という意味の影武者ではない。実際に俺はそうだと思っていたしそうだと思わされていたんだろう。だが、正しくは正しい意味での影武者。影武者の意味は敵をあざむき、身代わりにするため主君と同じ服装をさせた武者。実際に物事を動かしている者。黒幕。すなわち、刀を持つ武者は刀が隠れるための影武者であり、刀が本体で裏から影武者を操っていた黒幕、影武者だということだ。


(パキンッ)


 刀が折れる。


 そしてそれと同時に薄くなっていた影武者が風で煙が見えなくなるようにふわぁと消える。それがあらわすものは……


『エリアボス 紫焔の影武者のワールド初討伐に成功しました』



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紫焔の影武者はHPが極端に低く攻撃力、耐久値が異常に高いエリアボスであり主人公とめちゃくちゃ相性の良い敵でした。仮に同じレベルの異なるエリアボスと戦って勝てるかと言われるとまぁ勝てるかもしれませんが、ソロで戦うには多いHPのせいで数時間以上にも及ぶ戦う事になります。多分いつか集中が切れて負けます。


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