第16話 進軍する兵と残る鍛冶師

 予想だにしない人物の名を聞いてしまい、休もうと思ったのに休めなくなってしまった。


「ニシムラがジレッタを封印した?」

「あぁ。悪の魔竜はこの私が退治してやる! とか言ってね。結局実力不足で退治出来なくて封印という形にしたんだろうけれど、そのお陰でこっちは長い間身動き出来なかった。無理矢理契約という形で条件付きで表には出られるようにはなったけれど、彼奴だけは絶対に殺す」


 無理矢理契約したという認識はあったようで少し安心した。しかし事情を考えてみれば是が非でも契約したくなるのも理解できた。1000年待ってようやく回ってきたチャンスを逃す訳にはいかなかったのだろう。


 しかし待ってほしい。大事な話だ。


「だが僕が知るニシムラという人物は100年前に渡界してきた人間だ。そも時系列が合わない」

「そうだね。理由は知らないが……私は同一人物だと思っている。転移する為の魔法陣が妙な動きをして渡界者エクステンダーを呼び込んでいるが、それに巻き込まれたのかもね。本人も」


 なるほど……次元を越える魔法陣を生み出したのだ。時空を越えることがあっても不思議ではない。確証はないが、異世界で同じ名前を聞くこともそうないだろうし、本人と考えていいだろうな。


「しかしどちらにしても1000年前と今じゃ、実力は大きく変わっているだろうな」

「当時の私は自身の権能を上手く扱えなかったけれど、今なら絶対に殺せる。確実に殺せる」

「そんな殺す殺す言うなよ、おっかないな」

「侘助は1000年も閉じ込められたことがないから空気感が分からないんだ。君と私とでは温度差が違う」

「そりゃそうかもしれないけれどさ……」


 腐っても同郷の人間だ。恨みはあっても手放しにほなぶっ殺そうやと言えるような子供時代は送っていない。空気感も温度差も伝わらないかもしれないが、やはり賛同するのは難しかった。


「なんとか半殺しにしてしっかり封印を解かせることは出来ないだろうか」

「殺した方が手っ取り早いと思う」

「そうかもしれんけれど、やっぱりあんまり戦いたくないよ。彼奴だって僕と一緒で異世界に拉致された人間なんだし」


 彼奴とか言ってるが顔も知らない人間だ。情だけが彼の命綱とは、クモの糸よりも細いと我ながら思う。


「とにかく、実際会ってから考えようぜ。勘違いということもあるかもしれないし」

「勘違いで1000年も軟禁されたらたまったもんじゃないよ……まぁ、侘助の気持ちも分からなくもない。出会った時は考えるとしよう」


 どっちにしてももっと先の事になるだろう。取り留めのないことを考えても疲れるだけだと判断した僕達は、兵士さんが持ってきてくれたスープとパンを食べ、その日はさっさと寝ることにした。



  □   □   □   □



 日が昇る少し前。慌ただしい足音で目が覚めた。天幕から出ると武器を持った兵士たちが行き交う姿が見えた。これから攻めに行くのだろうか。


 一旦引っ込んだ僕はベッドで眠るジレッタの肩を揺らした。


「ジレッタ、何かありそうだし起きとこう」

「ん……まだ5時半だぞ……」

「お前の体内時計の精度気持ち悪いよ……」


 あと30分もすれば空が明るくなってくる頃だろう。日の出と共に攻め入るのだろうか。


 と、天幕の中で【術式:集水】を使い、溜めた水で顔を洗ったところで兵士の1人が入ってきた。


「侘助殿」

「はい」

「陣地の外で真新しい足跡が見つかりました。これから戦闘が始まると思うので何かありましたらすぐ声を掛けてください」

「了解です。お気を付けて」

「ハッ!」


 別に隊長でもなんでもないのだが、敬礼をして出ていく兵士さんを見送りながら溜息を吐く。渡界者エクステンダーだからこういう扱いなのだろうかと思うと気が重い。


「何かあったらとは言われたけど、何があるんだ」

「負傷者が運び込まれるとか、陣地襲撃とか?」

「怪我人が運ばれてきたところで僕達に出来ることはないからな……せめて防具くらいは直すが」


 人は治せないが物なら直せる。鍛冶師は槌しか振れないのが辛いところだ。AEDとかあれば職場の講習で習ったから使えるのだが、残念ながら此処にはない。


 暫く様子を見ていたが、陣地襲撃や負傷者の発生はなかった。これから戦闘が始まるのは確定だろうが、今すぐ危険ってことはなさそうだ。


 そして朝食がまわってきた。やはり世界は違っても腹が減っては戦はできないのだろう。昨日とメニューは一緒だが、朝の冷たくて澄んだ空気と一緒に食べる朝食は昨日とはまた一味違った美味しさがあった。


 明るんではきたが本日も曇天が続く。減った腹に詰め込んだ朝食が胃に馴染んできた頃、陣地から王国軍がゴブリンの巣へと出立した。陣地から出て森へと入っていく後ろ姿を見送り、中へ戻る。残ったのは僕とジレッタ。ご飯を作ってくださる調理係の兵士さん達に、医療班。防衛班。そして作戦本部に数人。その中にはヒルダさんも居るはずだ。


 出張鍛冶師は意外にも僕だけだった。まぁ、僕のスキルである《鍛冶一如》がどういうものか知ってる人間なら、1人で事足りるだろうと人件費はしっかり削るはずだ。その分、貰っても良いと思うのだが、もしかしたら王国の財布の紐は存外硬いのかもしれない。


「さて、やることもないし戻るか……」

「鍛冶でもする?」

「勝手に資源使ったら怒られるだろ」


 何言ってんだとジレッタに背を向けると、背後からフフフ……と小さな笑い声が聞こえてくる。振り向くとジレッタの手には封印の本があった。僕を見たまま本を開き、パラパラとページを捲って本の中に腕を突っ込む。


 そして引っ張り出してきたのは歪な形をした金属の塊だった。


「これなら怒られない」

「……まぁ、暇だしいいか」


 ジレッタから金属を受け取った僕は鍛冶用天幕へと戻る。手の平の上の金属はジレッタの権能で灼熱していく。それをぎゅっとおにぎりでも作るように包むと丸い形へと変わっていく。


 王城を出てから暫くして権能の習熟が進んだ僕は、素手で灼熱した金属を触れるようになっていた。どうやらスキルを使わずに鍛冶仕事をしていたことで、金属への理解度が上がったから……というのはジレッタの談だ。彼女なら持ったまま金属を融解させ、不純物を取り除いて再び熱を取り除いて成形することも可能だが、其処までの実力はまだ、僕にはない。


 僕に出来るのは金属を熱くさせ、それに触れても火傷しないだけだ。だけとはいうが実際には人間をやめている状態なのでチートには違いない。ジレッタが本気で力を貸せば同等の力を発揮できるが、そんなことをする予定はない。


「よーし。これで遊ぶとするか」


 灼熱おにぎりを手の中で転がしながら、僕は何を作ろうかと思案するのだった。

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