第15話 王都の外へ

 馬車に揺られて街道を進む。進む速度はとてもゆっくりだ。その理由は馬車の前後を歩く歩兵の皆さまの速度に合わせているからだった。

 窓の外に見える空はすっかり夜だが未だ曇天が続く。僕とジレッタは所狭しと押し込まれた資源に囲まれながら、スタンピードが発生した地域へ向けて進軍していた。


 『誰かがモンスターの巣を突いたらしい』


 そんな情報がすぐに出回った。しかし実際はそうではなかった。斥候からの報告ではモンスターの群れの中に【王】と呼ばれるモンスターが生まれたのが原因だそうだ。

 王都の周辺には小さな村や町、少し離れた場所に王都とは別の都市がある。其方は其方でしっかりした防衛機構があるが、村や町には……特に村には防衛機構らしい防衛機構なんてものはない。

 町であれば周囲を覆う防壁や衛兵が周辺を見回ってくれる。が、村なんてのは本当に危険と隣り合わせだ。柵を用意し、見回りはするだろう。異変があれば対処もする。

 しかしそれは近隣の町や都市への依頼という形になる。そうなって必要になってくるのはお金である。


 今回は王都周辺の村、ラット村で異変が発見された。見つかったのは足跡で、それは村近くに広がる森と村の間だった。

 その足跡はゴブリンのものということで、村から町へ、町から都市へ、そして王都へと情報が持ち込まれた。


 それは情報伝達上の安全策の為の方法だったのだが、この経由が今回は仇となった。

 まず、地理的な話をすると大きな森が2つある。人の手が入っていない原生林と、少しだけ手の入った森だ。手の入っている方の森は外周をほぼ円形に開拓され、弧を描くように村、町、王都と発展している。

 もう一つの原生林は今回問題になったラット村と接している。そしてラット村は王都から一番離れていて、直線で結ぶと間に先程説明した開拓森がある。


 ラット村は開拓の最前線だ。手の入っている森と手の入っていない森に挟まれた位置にあるので、それなりに戦闘力の高い者が多いはずだが今回は相手の数が多すぎた。

 なので今回は助けを求めたのだ。だが弧を描く形で王都へと持ち込まれる間に、原生林からやってきたゴブリン達はラット村を迂回し、開拓森を突破して王都へと一直線に向かってきたのだ。

 開拓森とはいえ、モンスターは多く生息しており危険なのだが、そんなものモンスターの群れには意味がない。

 むしろ、その地域に住むモンスターをも飲み込んで、追いやられる形で強制的にスタンピードに参加してしまった。


 その襲撃があの鐘だ。幸いにも王都外周で訓練をしていた国軍が鎮圧したのだが、調査の結果、それが一部のゴブリンということが判明した形だ。


「止まったようだね」

「着いたのかな」


 御者から聞いたこれまでの経緯から、今後のことを考えようとしたところで馬車が停止した。

 不用意に顔を出すのもどうかと悩んでいると幌が開かれ、兵士の1人が陣地に到着したことを教えてくれた。


「此方です」


 案内された場所は様々なサイズの天幕が張られた作戦陣地だった。

 辺りはもう真っ暗なので各所で燭台が設けられ、灯された火が周囲を照らしていた。

 行き交う兵士は誰もが緊張した面持ちで、こっちにまでそれが伝染してきてついつい眉間にしわが出来てしまいそうになる。


「僕達は何処へ行けば?」

「彼方に装備品倉庫と修復用の場所があります。近くに建てられた天幕内で寝泊まりしてください」

「分かりました。ありがとうございます」


 お礼を伝えると兵士は敬礼をして足早に馬車へと戻っていった。


「さて、と……やるべきことは多いけれどジレッタ、大丈夫そうか?」

「問題ないよ。あまり派手にやりすぎると目を付けられるかもしれないから、其処だけが心配かな。いや、面倒かな」

「悪い方に言い直すな。だがまぁ、別にいいんじゃないか? 結局魔竜相手に手出しなんて出来ないんだし」

「それもそうか。じゃあ派手に立ち回るとしよう」

「鍛冶で、な。戦闘は無し。するつもりもない」

「チッ」


 舌打ちをしたジレッタは拗ねた顔でさっさと天幕へと引っ込んでいった。

 僕はその隣の倉庫へと向かう。見た目は同じような天幕だが、こっちは住居用とは違って奥行きが倍くらいある。

 中は暗いが、入口のところにカンテラが置いてあった。ガラス部分を外し、芯に向かって指を鳴らす。いつも見ていたからジレッタのやり方がうつってしまった……。

 発動した『術式:発火』により灯った火を消さないようにそっとガラスを戻し、持ち手の部分を掴んで中へと入った。


「おぉー、凄いな」


 中には木製のラックが並び、其処にはいくつもの剣や槍が立て掛けられていた。弓もあるし、防具類も揃っていて見ごたえがあった。装備の質も良いし、流石王国軍といったところだ。

 端には修復用の素材も積まれていて、必要量を考えて切り詰めれば大体の物は直せそうだ。


 幸いにも緋心に断てない金属は今のところはない。野菜のように必要量だけ猫の手で切り、ジレッタの溶鉱の権能を使って瞬時に溶かせば溶接も可能だ。

 穴の開いた鎧も折れた剣も何でも直せる。最悪、全体的な容量を分散すれば元手がなくても修理は可能だ。


「鉄の質も良いな……やっぱり城の素材は素晴らしいな」


 ヴァンダーさんの下、兄弟子達がしっかり不純物を取り除いたインゴットはどれも同じ大きさ、同じ重さだ。最高品質の王城印の鉄は持って帰りたいくらい欲しかった。

 無論、ボローラさんのところの鉄だって負けてない。多少の質は落ちるかもしれないが、本当に多少だ。ヴァンダーさんに直接指導してもらったから分かるレベルの差である。


 倉庫のチェックを終え、住居用天幕に入ると二つあるうちの片方のベッドでジレッタが寝転んでいた。


「珍しいな。安物ベッドの気分?」

「こんな人の多いところでは本の中で休めないよ。何かあったら大変だ」

「確かにそれもそうか。苦労掛けるね」

「いいよ。契約したんだから」


 めちゃくちゃ理不尽で一方的な契約だったが。


 でも離れたら死ぬなんてクソみたいな制約があったのにも関わらず、何故無茶な契約を強行したのだろう、と少し考えてみた。

 確か、ジレッタはあの本の中に封印されていると言っていた。それも1000年間もだ。

 そう思うと無理をしてでも外へ出たいと思うのが当たり前なのかもしれない。


 問題は『誰がジレッタを封印したか』だ。ありとあらゆる魔法を人智竜から教わり、魂をも燃やし尽くすという冥界の炎を操り、全ての金属を融解させる力を持つこの世界最強の魔竜を、一体誰が、どんな力を使えば城ごと本の中に封印出来るのだろう?


 考えても仕方ないことではある。答えを聞いても、やっぱり仕方がないことだ。どうせ封印した奴はもう死んでいるだろうし、こうしてジレッタは外へ出ることが出来ている。

 離れ離れにさえならなければ、という厳しい条件はあるが。


「離れたら死ぬっていう条件、いつか解消出来たらいいな」

「そうだねー。王城の図書館の本を読んではみたけれど、方法は見当たらなかった。やっぱり封印した本人を殺すしかなさそうだ」

「いや、それは無理だろう。1000年前の人間だろう? 死んでるって」

「じゃあ何故封印が解けなかった?」


 言われて、息を飲んだ。確かにそうだ。死んでいるはずだ。なのに、封印は続いているし、今も制約は発動している。


「制約はしっかり発動して、今も私の心臓を縛ってる。まだ生きているって考えるのが、普通だよね」

「そんな……ゾンビとか、リッチーみたいなアンデッドになってるってことか?」

「それは1回死んだ人間がなるやつだよ。まだ、生きているんだ」


 浅く握っていた拳を開き、ゆっくりと竜の鉤爪のように強張らせ、バキバキとジレッタは骨を鳴らす。その表情は、敵を絶対に殺すという殺意に溢れていた。


 そして薄く開かれた口から漏れ出た殺害予告。

 その相手の名を聞いた僕は驚愕した。

 その名をジレッタから聞くとは思わなかった。

 しかし考えてみれば、それは僕の恨みの対象でもあったことを思い出した。


「彼奴だけは絶対に殺す。無限の魔力を持つ最悪の渡界者エクステンダー……ニシムラだけは、絶対に」


 この転移事件の首謀者。その名を耳にするとは、流石に思わなかった。

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