第17話 鍛冶一如の本領
何でも斬れる剣というものは誰もが想像し、目指す道だ。鉄をも裂き、その先の人も寸断するような無敵の剣。
しかし実際にはそんなものは夢でしかなく、実現することは不可能に近い。
「それを実現してしまうのが《鍛冶一如》だね」
「素材在りきなのが痛いところだな」
ジレッタが寄越してきたのは普通の鉄だ。先程まで灼熱おにぎりにしていた其奴を手でこね回し、棒状にしてから根元をギュッと握る。するとどんどんと鉄棒は赤く染まっていく。やがて太陽のように白く輝く。
それを金床の上に置き、作りたいものをイメージしながら金槌を振り下ろす。
カァン! と甲高い音一つ。手の先の鉄は想像通りの剣へと変化する。出来上がったのはカトラス。でかい鉈だ。
「こういうのはどうだ?」
「利便性は良いが趣味じゃないね」
「なんだよ。格好良いだろ」
「芸術性がない」
「まぁ元は農具って話だしな。振り回すのは海賊だし」
再びギュゥ、と握るとカトラスが灼熱していく。もう一度それを金槌で叩くと刀身が絞られたように細くなっていく。それに対して余った鉄が、僕が握る根元の更に下、拳の下に溜まっていく。
出来上がったのはレイピアだ。余分な鉄が一番下にくっついた歪な姿だが、刀身は細く鋭く、素晴らしい出来栄えだ。
「これならどうだ?」
「いいね。こういう装飾は出来る?」
そう言うとジレッタは指先に炎を灯し、中空をなぞる。すると炎がその位置に固定され、紋様となって残った。揺らぐ炎のようなそれを目で見ながら金槌で一打。剣の中心線を挟んで左右対称に紋様が根元から刻まれていく。
「この通りでございます、お客様」
「素晴らしいね」
「ふむ、面白いことをしているな」
第三者の声に2人して振り返ると、其処にはヒルダさんが腰に手を当てながら立っていた。
やばい、怒られるかも……とちょっと焦るが、全然怒っている様子はなく、とてもリラックスしているようだった。
「まだ修理品が出ていないのに鍛冶の音が聞こえてね。どうしたものかと思って顔を出してみたのだが……それは熱くないのかい?」
「ジレッタの魔竜としての権能のお陰で熱くないです。あ、でも実際にはめちゃくちゃ温度高いので危ないですよ」
「なるほど。それを侘助殿のスキルで叩いて剣を作っているのだな」
「自前の材料でやってるので安心してください」
何か言われる前に先手で、と付け足すがヒルダさんは苦笑した。
「侘助殿なら元の形に戻せるのだし、倉庫の物を使っても問題ないだろう?」
「まぁ、其処は……気持ちの問題です」
「誠実なのだな、貴方は」
そんな真っ直ぐ目を見て言われると非常に照れ臭い。誠実というか、小狡いだけだ。先に言い訳を用意して遊んでいただけだ。
「そうだ。それなら私の剣を打ってもらうことは出来るか?」
「出来ますけど……その剣じゃ不満なんですか?」
綺麗な鞘に収まったそれはヒルダさんが常に提げている剣だ。手に馴染んだ剣というのは何にも代えがたい物のようにも思うが……。
「苦楽を共にした剣だ。……が、やはり形あるものはいつか壊れる。研ぎ続けたことで剣事態の寿命が近い。思い入れもあるものだが、現実的には新しい物を用意しなければいけない」
「なるほど……じゃあ、同じ物を用意しましょうか?」
そう尋ねるとヒルダさんは首を横に振った。
「好きなデザインの服だからと同じ物を何着も買って着回すのも芸がないだろう。私も新しいことに挑戦したい。侘助殿が考えた剣が欲しいのだ」
と、言われてすぐに何か用意できるほど容易ではない。命を預けるものだ。じっくり考えたいところだが。
「まずはその剣を見せてもらっても?」
「あぁ、構わない」
剣帯の留め金を外し、ずるりと外れたそれを受け取り、鞘から剣を抜く。白い刀身は鎧と同じ金属のようでとても美しい。が、よく見ると細かい傷が見える。よく研いで薄めてはいるようだが、根元に消し切れない大きな痕があった。
「これが致命傷ですね」
「そうなのだ。数年前にキングオークと戦った際にな。殺されそうになった兵を助ける為に間に入った時に奴の戦斧を其処で受けた。本当なら受け流したかったのだが場所が悪かったのが運の尽きだ。誤魔化し誤魔化しやってきたが……そろそろ寿命が近い」
指でなぞっても形が分かるくらいには抉れていた。それでもこの剣が数年も戦い続けられたのは、この金属が優秀だったからだ。
「ジレッタ、これは何の金属だ?」
「
「見ただけで分かるか、凄いなジレッタ殿は。仰る通りだ」
そうなるとこの場にある物で作るのは無理だ。ジレッタの在庫を使わないといけない。
「勿論、料金は支払う。この場には城から運んだ鉄しかない。ジレッタ殿の備蓄を使わせてもらうしか、この剣を越える物は作れないだろうからな」
「そうですね……じゃあそれでお願いします」
いつの間にかこの剣を越える剣を作ることになってしまっていて内心、冷や汗でビチョビチョだがやるしかないのが鍛冶師だ。顧客の要望に応えるのが出来る職人である。
本の中から城の備蓄である
頭の中には様々な形の剣が浮かんでは消えていく。視界の端に映るヒルダさんの元の剣を見て、新たに想像して、それも霧のように消えていく。
何でも切り裂く鋭い刃。炎のように燃える剣。雷を帯びた刀身。氷のように冷たい剣。鎌鼬のように斬撃を飛ばせる風。剣でありながら盾よりも硬い姿。そんなファンタジックな妄想が広がっていく。
そんな妄想を形にしてみる。魔金属は魔素を通しやすい金属だ。そもそも魔素の含有量が多い金属だから、術式のように其処に属性を与えれば、きっと妄想は現実になる。
「ジレッタ、火属性と雷属性、氷属性と風属性、それと土属性の魔石と……竜骨の金槌と金床を出してくれ」
「お、久しぶりに本気の鍛冶だね」
「僕の妄想を形にする為には死ぬ気で叩くしかない」
緋心を生み出した時と同じ状況を用意することでしか出来ないと判断した僕の要望にジレッタはウキウキで金床と金槌、そして各種魔石を取り出した。
魔石はそれぞれ偏った属性の魔素が集まって結晶化した物だ。これがあるから魔道具は機能する。それを剣に取り入れれば、魔道具のような剣が出来る……はずだ。
金床の上に置かれた金属を手に取り、ふぅ、と息を吹きかけるジレッタ。たちまち灼熱した金属の上に魔石達が並べられる。
そして竜骨の金槌を差し出された。
「僕1人で持てってか?」
「今の侘助ならきっと振れるはずだよ。自分を信じて、私を信じて、心を重ねてみて」
「……わかった」
大きく深呼吸して、自分の中に流れる魔竜の権能を……ジレッタの心を感じながら金槌の柄を強く握る。
ジレッタがそっと手を金槌から離すが、あの巨岩のような重みは感じなかった。それでもまだ腕の筋肉がどんどん千切れていくような重みは感じる。
さっさと振らないと腕がオシャカになりそうだ。
「いくぞ……!」
ぷるぷると震える腕で竜骨の金槌を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろす。
カァン! と澄んだ鐘のような音が鳴り響く。金槌の下で燃え上がるような白く輝く金属達が僕の頭の中で組み上げた形へと変化していく。
主体となるのは
が、刀身を覆わなかった魔銀は柄を形成していく。特殊構造の柄は円盤のようなシリンダー状になる。
其処にセットされた魔石を、柄の根元の左右に取り付けられたトリガーで回転させて属性ごとに切り替えていく。無属性から火属性へ、火属性から氷属性へと時計回り、反時計回りに動かせるようにした。
こういう形で妄想を現実にしてみたが、使いにくいようであればすぐに元に戻せる。それが《鍛冶一如》の強みだ。
熱を失った剣をヒルダさんに手渡す。
「以前の物よりも大きくなってしまいましたが、どうでしょう?」
「ふむ……」
手に取ったヒルダさんが片手でそれを右上から、左上から何度か振り下ろす。
「重心は以前の物を意識してもらったようで、違和感は少ない。この柄が面白い形をしているな」
「左右のトリガーを親指か人差し指で引いてもらうと柄の中のシリンダーが回転して魔石がセットされます。此処から中が見えるのが分かりますか?」
「あぁ。赤色だから火属性かな?」
「はい。魔力を流してみてください」
言われた通りにヒルダさんが剣に魔力を流すと刀身の魔銀が赤く灼熱していく。
「ほう……なるほどな」
「そのままトリガーを引いてみてください」
カチッ、と小気味のいい音がして中のシリンダーが回転し、土属性の魔石がセットされる。熱は冷めていくが、それ以上の見た目に変化はない。
「これは?」
「今の剣は盾のように硬い状態になってます。キングオークの戦斧でも傷付くことはないですよ」
「なるほど、土属性の魔石も高純度の物なら石以上に硬い物になる。それを利用したのか」
ただ剣に土属性を付与したところで意味はない。しかし土よりも硬い石、石よりも硬い金属、金属よりも硬い物質へと昇華してやれば、これほど頼りになるものはない。高純度の物と高品質な魔力を用意してやれば、それは再現出来ると思っていた。
いつか自分でやろうと考えていたものだが、此処でそれを実現してみるのも悪くないと思えたのはそれを使うのがヒルダさんだったからというものあった。
その後もカチカチとトリガーを引いては感想を述べていくヒルダさん。
用事を終えた道具類はジレッタがさっさと仕舞ったから何もないところで棒立ちになっていたのだが、それでも感想戦は続いた。
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