第10話 術式講座と権能講座

 残りの1ヶ月、何故図書館で過ごそうと決めたかというと、単純な知識欲だ。色々と教えてもらったが、実際には知らないことは多い。それに忙しいとはいえ、ジレッタのこともおざなりにしてきた感はずっと感じていたから、その埋め合わせもしたかった。


 となると何を学べばいいか。知りたいことが多過ぎて分からなくなるが、例えば魔法はどうだろう。


 スキルとして宗人は木魔法というものを扱えるが、この世界の人間は生まれつき体内に魔力というものを持ってはいるが、スキルがなければ魔法は扱えない。そうした者の為に生み出された技術が【魔術式】だ。大抵は略されて【術式】と呼ばれるこれは、魔法というものを技術化したものだ。仕組みを理解して術式を組み上げることで魔法を発動することが出来るようになる。魔法はイメージで使うスキルに近いものだが、術式は発端から完成までの過程を理解して組み上げる技術だ。だからちゃんと分かれば、解明されているものであれば使うことが出来る。


 例えば『ファイヤーアロー』という魔法がある。読んで字の如く、火の矢を生成して発射させる魔法だ。これを術式という形で使う場合、『術式:火矢』と区別される。魔素に火属性を付与、形状を矢型に成形、それに運動エネルギーを与え、射出。というのが術式過程だ。もう馬鹿みたいに難しい話になってくる。だから誰も術式を学ぼうとしない。教えようともしない。使える人間が極端に少ない。


 しかし『術式:発火』のような、魔素に火属性を付与するだけのような簡単なものは生活の中に定着している。鍛冶で言えば炉に火を入れる時や、野営で言えば薪に火を付ける時、松明に火を灯す時に使う簡単な術式だ。


 僕には魔法が使えない。そういうスキルがない。第一歩が踏み出せない。


 此処は命の価値が安い世界だ。自分の身を守る術はいくらでも欲しい。そう思って僕は図書館で過ごすことを考えた。


「今日もよろしくお願いします」

「あぁどうも、侘助さん。勉強熱心ですね~」

「あはは、まぁ、それくらいしか出来る事ないので」

「またまたぁ。魔竜に愛された凄腕鍛冶師でありながらあの近衛騎士ブリュンヒルダ様とも互角に戦える渡界者エクステンダーきっての天才って噂されてるの、ご存知でしょうに」


 司書をしている女性、ヴィーナはゴシップとお喋りが大好きな女性だ。図書館ではお静かにを先頭で破り抜いて走る彼女の口に戸は立てられない。


「噂ってのは尾鰭がつくものですから」

「いーや、あたしの調査結果だとこの噂は10割事実で……あぁちょっと、侘助さーん!」


 構っていたら残り少ない時間を無為に過ごしてしまうので早々に僕は本棚の隙間へ逃げることにした。


 飛び込んだ本棚に目的の本がなかったから、僕は術式の棚までヴィーナの視界に入らないように迂回しながら進む。1週間程此処に通い詰めたお陰で目的の棚の位置は分かっている。けれどヴィーナから逃げたお陰でよく分からない場所を通る羽目になってしまった。完全に遠回りだった。


「あのお喋りさえなけりゃ、良い子なんだけどなぁ」


 迷宮化された図書館で僕の呟きを拾う人は居ない。この広い図書館には何人か利用者が居るとヴィーナから聞いているが、不思議と顔を合わせた事が無かった。蔵書量も多いし、その分だけ此処も広い。中には誰も読んだ事がない本があるなんて話もあるらしいが、ヴィーナ発の噂なので信憑性はない。


「さて、と」


 本棚から幾つか本を取り出して椅子に座って本を読み始める。本のタイトルは『魔術式入門:戦闘編』。魔法という力を理解し、技術化した術式を読み解くのは恐ろしく難しい。


「魔素に火属性を付与し、周囲に漂う魔素に引火させることで【術式:発破】は発動する……意味が分からん。魔素に火属性を付与も意味分からんし、漂う魔素も分からんし、どうやって引火させるかも分からん!」

「あー、一番簡単なイメージとしては火打石だね。石と石……正確には何方か硬度が高くなければいけないが、その硬い方の石でもう片方の石を叩くイメージ。火属性を付与した魔素で、周囲の魔素を叩けば、火花が散って連鎖的に爆発を起こすことが出来るようになるのが【術式:発破】。慣れれば魔素を導火線のように連鎖させて爆破に指向性を与えることも出来るよ」

「はー……あぁ、そういう感じね……分かりやすい」

「任せてよ」


 実に図書館らしい光景だった。まるで放課後にテスト勉強を教えてもらうような、そんなノスタルジー溢れる光景だ。何だか懐かしくて、胸が痛くて、目頭が熱くなるような……はずもなく。目の前に座る女は魔竜だし、教わってる内容はファンタジックで。これまでもまぁファンタジックな内容ではあったが、剣術訓練や鍛冶修行を思い返せば、平和そのものだった。


「でも侘助、君は術式よりも先に学ぶべきことがあるよ」

「というと?」


 対面に座るジレッタは頬杖をしながらじぃ、と僕を見つめた。そして僕の鼻先に人差し指を向ける。


「私の使い方」

「ジレッタの? すまん、よく意味が分からない。武器にでも変身するんか?」

「そうじゃない。能力方面だよ」


 そう言われ、ついつい腕を組んで考え込んでしまった。ジレッタと出会い、契約してからこの5ヶ月間。ヒルダさんとの剣術訓練の際はジレッタの能力の一つである【身体能力の向上】を使って訓練に参加したこともある。勿論、僕自身の能力向上の為にジレッタの力を乱用したことはない。あくまでも能力に慣れる為の利用という形でやっていた。頼りきりで訓練したところで訓練にはならないからね。


「じゃああれか。溶鉱の力か」

「そうだね。ヴァンダーの坊やのところでいっぱい訓練した。けれど、それは鍛冶をする上での使い方だよね」


 嬢ちゃんと坊やで呼び合う変わった仲の2人に見守られながら、ジレッタの溶鉱の能力を使用した鍛冶は、確かに行った。


 ジレッタの持つ溶鉱の能力。正しくは【溶鉱の権能】というのだが、それは触れた鉱物に変化を齎す能力だ。発熱させたり、劣化させたり、或いは別の鉱物に変質させたり、混ぜ合わせたり。凡そ僕が考えられる変化能力は大体備わっている。だがそれは人前では見せてはいけないとジレッタに言われていた。そも、まだその鉱物を変質させる多くの力は僕には使えないだが。


 厳密にいえば【溶鉱の権能】には溶鉱以外の力もある。他の変質能力を纏めた言い方なだけで、僕が未熟な所為でその名前一つで成立しているのが現状だ。


 【腐食の権能】や【錬金の権能】、【混交の権能】は未だ秘めたる力なのである。


「そも私の得意分野は戦闘だからね。戦闘方面にも能力を使用して欲しいと思うくらいは我儘を言わせてもらうよ」

「僕は戦いたくないんだがなぁ……怖いし」

「私を上手く使えば怖いものなどないよ。私と契約した時点でもう侘助は世界で一番強いのだから」


 世界最強。その言葉に現実感はない。実感もない。想像もつかない。背負わされた言葉の重みがまったく伝わってこなかった。


「私の権能を使えば降り注ぐ矢の鏃も、振り下ろされた剣の刃も全て無へと帰すだろう。君の《鍛冶一如》なら、周囲の鉄を利用して自身の盾や剣も瞬時に生み出せる。これを最強と言わず何と言う?」

「そうだな……最強だなぁ。でもそれって金属を利用した物理攻撃だろう? 魔法はどうする?」


 魔法は完全に魔素という力をスキルで引き出して非物理攻撃だ。高レベルの魔法使いは城壁も一撃で粉砕する。


「馬鹿だな、侘助。そんなものは戦場の金属を全て支配下に置き、幾つもの盾を作ればいい。魔法など圧倒的な物理で防げばいいのさ」

「うーん脳筋」

「というのは馬鹿でもできるやり方で、本当は魔法も打ち消す術式があるんだよ。でもそれは必要な魔力が膨大過ぎて人間には扱えない。だから馬鹿でもそのやり方しかできないんだよね」


 魔法にしても術式にしても、何をするにしても必要なのは魔力というわけだ。魔法使いは空気中の魔素を体内に吸収し、スキルとして魔法を放つことができる。それができない一般人は魔術式を学び、一つずつ魔法というものの仕組みを解明し、理解して魔法陣を組み立てるのだ。


「魔法をイメージで発動させる魔法使いから頭の中で構築する順序を懇切丁寧に記録し、解明した術式。それを円形の術式方陣に再構築したのが魔術式。これを世に広めるというのは魔法使いからしたら自身の立場を危うくするものになるのだけれど、広めた相手が相手だから言い返せずに今日まで普及したんだ」

「広めた相手というのは?」


 僕の問いにジレッタは自慢げに口角を歪めながら答えた。


「人智竜」

「あー……そら何も言えんわ」

「魔術式の開発者であり、鉄の山の支配者。人と智を愛する竜だからこそ、魔法使い達は何も言えず、反感を買うような態度も出せずに魔塔に引き籠っているのさ」


 魔塔というのはこのフラジャイルの王都エフェメラルに建設されている魔法使い達の研究機関だ。スキルに選ばれし者たちが集まり、魔法の深淵を目指すとか何とか。宗人は木魔法の使い手だから出入りが許されているので何度か話は聞いたことがある。


「まぁ何だかんだと言ってはいるが、初歩的な術式は覚えておいて損はない。適当にちょこちょこっとやれば覚えられるから、今日中に覚えようか」

「そんな簡単に覚えられたら誰も苦労しないんだ」


 魔法を構成する要素を特殊な言語に変換し、魔力を込めた指でなぞる。それを繰り返して覚えた結果、その日の内に【術式:発火】と【術式:集水】を覚えることができた。発火は先程軽く説明した通り、火をつける術式で、集水は空気中の水分を集める術式だ。微量ではあるが、やり続ければ飲み水の確保も可能という訳だ。これで野宿をすることになっても多少は楽ができるだろう。


 そんな予定はないけどな。……そう思いたい。

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