第11話 デラックスな超合金武器を作る

 術式のお勉強は続く。


「【集水】で集めた水は飲めるのか?」

「空気中の水分を集めてるからね。あんまり良い環境と言えない場所で集めた水は危ないかもね。私はお腹壊さないけれど」

「なら【発火】で焚火をして煮沸する必要があるな……【発火】と【集水】を同時にすることはできないのか?」

「それはまた別の術式になるね。術式の組み合わせは高等手段だよ」


 思ったことが全部出来る訳ではないのが術式だ。

 魔法のスキルを持つものはイメージで魔法を操ることができる。例え水魔法使いだったとしても、イメージ力さえ高ければ、多少の水の温度変化は可能という話だ。

 その温度変化に火属性、或いは氷属性が作用しているような気がするが……それもまた別の話で、潜在的に人は無属性の力を持つのだとか。その無属性の魔力を利用したのが術式だそうだ。


「駄目だ、難しい! 鉄を打っている方が楽しい!」

「体、動かしに行く?」

「そうだな……そろそろ、自分の剣も欲しい」


 親方の課題が終わった今、王国の鉄を自由には使えない。しかし職安は装備の無償提供サービスを実施しているので、これを利用して自分の装備を作ろうという魂胆だ。


 図書館を出た僕達はその足で鍛冶場へとやってきた。鉄を打つ甲高い金属音が鼓膜を突き抜ける。

 最初はこの音が苦手だった。あんまりうるさいところは元から苦手だし、暑いのも好きじゃない。

 けれど、鉄を打つ度に変化する様や、体温が気温に溶けていくような感覚は此処でしか味わえない。いつしか全てが好きになっていた。


「おう、侘助。どした?」

「そろそろ自分の剣が欲しくて造りに来ました」

「そうか。いくらでも使っていいぞ」


 その申し出に慌てて辞退した。


「受け取ってる武器があるのでそれを再利用しますよ!」

「何言ってんだ。未来ある天才鍛冶師の為に国がケチケチしてどうする。近衛用の倉庫から鉄持ってこい!」


 そこまで言われたら、断れない。親方の気持ちを素直に受け取ろう。一礼した僕は鍛冶場を出てすぐ横に並ぶ倉庫の、一番奥の大きな倉庫へと入った。


 此処が近衛用倉庫だ。近衛用とは文字通り近衛騎士の装備用の素材が搬入されている倉庫で、一般兵士の装備品よりも質が良い。

 当然、装備の元となる鉄も良いものが揃っている。親方が自ら打ち、不純物を取り除いき製鉄したインゴットを幾つか手に取る。


「ふむ……良いものが揃ってるね」

「王国を守護する近衛用だからなぁ。流石に物が良い」

「おや、鉄以外の素材もあるんだね」

「うん?」


 鉄以外に何があるんだろう。装備にするなら銅や銀なんて使わないと思うが……いや、銀は吸血鬼の弱点とか、そういう設定あったよな……。ファンタジーだし、ありえるか?


「銀は銀でも魔銀ミスリルだね」

「ミスリル? なん……か、あったな、そういうの……ファンタジー素材だ」


 ゲームに出てきたような記憶がある。ミスリル。なんか鉄よりも硬くて軽いとか、そういうご都合素材。


「元は銀鉱石だけど、地中の魔素を多く吸収したものが魔銀になるんだよ」

「てことはあれか、銀以外にも魔素次第では変質するのか」

「流石は契約者。飲み込みが早いね」


 好きで契約した訳ではないが今では契約して良かったと思ってる。懐かれてはいるだようだし。


 ジレッタが言うには魔銀以外にも魔鉄アダマンタイトとか魔金オリハルコンなどがあるらしい。どれもこれも市場にはあまり出回らない、特殊金属だそうだ。


「私の城には大量に保管してあるけれどね」

「その城ってのは何処にあるんだ?」

「鉄の山」

「あぁ、親父さんの……」


 歴史の授業で習った鉄の山の人智竜の話。まぁ、今は関係ないか。


「それよりこれ、持っていったら怒られるかな?」

「知らなかったで済ませよう。バレても侘助なら元に戻せる」

「まったくふざけた能力だよな。皆に申し訳なくなるよ」

「授かった力を使って何が悪いの? 使わない方が失礼だよ。力にも、兄弟子たちにも」


 言われて、自分の手を見つめた。この手には無限の可能性が詰まっている。それを使わないことが逆に申し訳ないという考え方も、納得ができる。


 ……うん。存分に使わせてもらうとしよう。そも、僕がこの世界に拉致され、押し付けられたものだ。使い倒して誰に怒られるというのか。


 これは僕の唯一の権利なのだ。


「……よし、やるか。徹底的に!」

「うんうん、その意気だよ。ついでにこれとこれと、あとそれも持っていこう。組み合わせたらきっと面白い」

「いいね。合金は男の子の夢だ!」


 どうせ自分の武器なのだからデラックスな超合金の武器を作ろう。

 あんまり重たいものは振り回せないし好みじゃない。とはいえジレッタとの契約で得た身体能力上昇の恩恵である程度はカバーできるのであまり心配はしていない。


 そして鍛冶師として、日本人として、やはり作りたい物はあった。


「ヴァンダーの坊や、奥を借りるよ」

「おう、自由に使え!」

「ありがとうございます!」


 率先して入っていったジレッタが親方に声を掛けると、親方は炉に入れた鉄と睨めっこしながら背中越しに応える。それに僕も礼を言い、鍛冶場の奥へと向かう。


 場所は確保した。次に必要なのは道具だ。僕は壁に掛けてある金槌を取ろうと手を伸ばしたが、ジレッタに肩を掴まれて遮られた。


「これを使うと良い」


 そう言ってジレッタは自分の城と繋がっているいつもの封印の本を開き、ページを捲る。開かれたページに腕を突っ込む。

 この光景自体は見慣れたものだ。彼女が眠る際は、自分の城へこうして中へ入っていくのを毎晩見ている。何か道具を取り出す時もこうして引っ張り出していた。一種の倉庫のようなものでもあるのだ。


 今回、引っ張り出されたのは白い丸太の上に固定された鏡のように磨かれた金床と、武骨な白い金槌だった。金床は傷一つなく、覗き込む自分の顔が湾曲して映り込む。とても道具として使ってきたようには見えない。それに対して金槌は磨かれてもいないし、特に装飾らしきものも見当たらない。持ち手と頭が一体化した削り出しのような構造に、打ち付ける面だけ金属で覆われていた。その金属だけは金床同様に綺麗に磨かれている。


「これは?」

「鉄の城に保管されてる鍛冶道具だよ。世界最高の道具だ。魔鉄よりも高純度の鉱石、魔魂鉄ソウルオリハルコン製の金床と竜骨の金槌だ。大丈夫、骨は人智竜の骨じゃない。だから安心して使ってほしい」

「使ってほしいって……勿体ないよ。どうせ一打で終わるんだ。金槌なら何でもいい。これは道具じゃなくて美術品だよ」

「いや、道具だよ。道具は使ってなんぼさ。ほら、手に取ってみて?」


 半ば強引に竜骨の金槌を握らされる。ジレッタの手が僕の手を包み込む。ギュッと念押しするように握らされ、その手が離れた途端に尋常じゃない重さに引っ張られて腕が伸びきる。

 ガクンと下がる体が反射的に抵抗しようとするが、呆気なく金槌は地面に落ちて腕が伸びきった。


「そんなに重かった?」

「重いとかそういうレベルじゃないんだが……!? マジで肩抜けるかと思った……!」


 痛みに呻きながら金槌から手を離し、腕を労わる。 

金槌は地面にめり込んだ形で斜めに突き出している。これが足の上に落ちなかっただけでも不幸中の幸いだ。魔銀製の安全靴が欲しい。


「道具というのは何でもいいって訳じゃない。使うものによってはその道具に新たな特性を与えたりもできるんだよ。その竜骨の金槌は鉱物の神髄を引き出すことができる特殊な金槌なんだ」

「そうなのか……つってもこんなに重い金槌、僕には振れないぞ」

「私も手伝うよ。いつも以上に譲渡するから侘助の体に負担が掛かるとは思うけれど、一打だけの辛抱だ。これが通常の人間だったら体中の骨を粉末にしても剣一つ作れないからね」


 さらっとゾッとする話をしてくれるジレッタに感謝の念を送る。僕なら大丈夫というのならそれを信じて打つだけだ。


 僕は持ち出してきた金属類を金床の上に並べる。ジレッタがそれに息を吹きかけるとたちまち金属たちは灼熱していく。

 太陽のように輝く金属を何でもないように持ち上げ、積み重ねるジレッタ。肉の焦げる音すらさせずにそれをやってのけた後に、その手で僕の手首を掴んだ。一瞬、熱いのかと体が強張るが、体温は先程と変わらなかった。


 ジレッタと視線が絡み合う。彼女の頷きに頷きで返し、竜骨の金槌を手に取った。

 持ち上がる気配のない金槌を持ち上げる為に力を籠めると、ジレッタの手を通して熱い何かが体に流れ込んでくるのを感じた。それは一気に体中に拡散していき、一瞬で体が発熱していった。口の中はカラカラに乾き、目も干からびそうになる。慌てて涙腺が涙を分泌するが、全く追いつかない。

 まるで炉に入れられた鉄のように真っ赤に染まった皮膚は体内の水分を放出し、全身から湯気が立ち昇った。


「さぁ、打って!」

「ぅぅう……ぁぁぁああああ!!!」


 渾身の力で金槌を振り上げる。

 【鍛冶一如】を発動させる為に頭の中のイメージを細部まで広げる。

 叩き、焼き、折り返し、切っ先から刃へ、峰へ、反りを、刃渡りを、末端までを脳内で打ち出していく。


 焼き切れそうな脳。筋肉。血管。全部を総動員して、振り下ろした一打。


 ――カァァン!


 鐘のような音が鳴り響いた。澄んだ音色が鍛冶場に反響する。その一音で他の金槌の音が止まった。


 手から滑り落ちた金槌が足元に沈む。息切れする体をなんとか支えながら、金床の上の完成形を見る。


 思い描いていた通りに出来たそれは日本刀だった。


「上手くいったね」


 熱を失っても朱い刀身は持ってきたどの金属とも違う。

 これが混ざり合い、神髄を引き出された結果なのだろうか。横から手を伸ばしてきたジレッタがまだ熱いはずの刀を手に取ったジレッタは反りや刃の付き具合を確かめるように片目を閉じて品定めをする。


「ふむ……成功だね」

「そうか……そりゃ良かった……」

「ほら、見てごらん」


 ジレッタの声に顔を上げると、徐に刃を金床へ向けて下ろした。

 まるでまな板の上のキュウリでも切るかのようにストン、と落とした刃は金床の丸みを帯びた先端を切り落とした。

 落ちた先端は拳くらいの大きさの穴を開けて地面に埋まっている。


「素晴らしい出来だね。流石は魔緋鉄ヒヒイロカネ。最高の硬度と軟度という相反する属性を持つ合金だ」

「ヒヒイロカネ……伝説の金属かよ……」


 名前は聞いたことがあった。神話的な金属は世界中にあるが、その日本版という認識でしかなかったが、それが今、目の前にあって、しかもそれを自分が作り出したことに実感が持てなかった。


「それ、ちょっと見せてくれないか……?」


 親方の声がした。振り返ると幽霊とUMAが同時に見たような顔をした親方と兄弟子たちが仕事の手を止めて棒立ちしていた。

 力を入れる為に叫んじゃったから皆こっちを気にしていたのかもしれない。

 そのタイミングで伝説的合金を生み出してしまったのだから、そりゃ見たくもなるだろう。


「大丈夫ですよ。僕は疲れて動けないんで、ジレッタに……」


 全部言い切る前に職人たちがジレッタの元に駆け寄った。刃物だから危ないのは理解しているが、理性がそれを忘れてしまっている……そんな様子だ。


 自分が作った刀に触れる前に色んな人の手を渡り歩くのはちょっとアレだったけれど、それが兄弟子や親方相手なら、許せるかな……。


「はぁ……それにしても、疲れた……」


 独り言ち、見上げた天井は黒く煤けていたが、悪くなかった。

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