第9話 訓練を終えて
「お前に何を教えればいいかずっと考えていたんだが」
鉄を叩きながらヴァンダーさんが背中越しに語る。振り上げては振り下ろす槌は甲高い金属音を立てる。それはやっぱりあの日、転移前に聞いていたのと同じ音だった。
まだまだ熱いが冷えた鉄を再び炉の中に入れ、ふいごで風を送る。燃え盛る炭が放つ火は炉の外にまで漏れ出る程の勢いだ。
思わず目を瞑りたくなる熱気だが、ヴァンダーさんはしっかりと鉄の色を見極めている。
「この過程も、お前には意味がない。正直、教えることがないというのが本音だ」
「それでも何かお手伝い出来ることはありませんか?」
「あぁ、其処で考えたのがやはりスキルと目の使い方だ」
取り出した真っ赤な鉄へ槌が振り下ろされる。ゆっくりと、しかし確実に鉄は姿を変えていく。
触れるもの全てを燃やす温度でないと鉄はその姿を自由に変えようとしない。
そんな頑固者を、僕は一打で支配出来るのだ。
だが本来は入念な素材のチェック、温度の管理、その日天候、気温、打つ場所の見極め等、挙げればきりがない程に確認要素が多い仕事だ。
全ての工程をすっ飛ばして完成形を生み出してしまう、全ての鍛冶師から疎まれても仕方ない悪魔的なスキル……これの扱い方を、王国一番の鍛冶師であるヴァンダーさんに教わるというのは、実はとても酷い話なのかもしれない。
「お前以外にも鍛冶系スキルを持って渡界してきた者は居る。例えば、切れ味を極限まで高める指を持つ者が居たな。こう、指先で刃を挟んで怪我しないように気を付けながら先端までなぞると、鏡みたいに反射する刃が生まれるんだ」
「とんでもないスキルですね……」
「其奴は結局、鍛冶師にはならずに傭兵になったがな……鏡剣のマサシって名で結構売れたんだが、死んだよ」
「……」
どんなに良いスキルを手にしても、戦場に出れば皆、死と隣り合わせということか……。
後味の悪い話に返す言葉が見つからず、ジッと冷めていく鉄を眺める。熱された鉄のような熱い気持ちで始まった異世界生活だが目の当たりにする現実に、まさにこの鉄のように気持ちが冷えていく感覚に陥る。
「奴が生きていた時に聞いたんだ。お前、どうやってそのスキルを意識して使ってるんだ? ってな」
「彼はなんと?」
「極限まで研がれ、磨かれた金属は鏡になる……そう言っていた」
言われてみて思い出した。何かの動画でコインを極限までピカピカに磨く動画や、錆び切った古い斧を鏡のようにツルツルになるまで研いで磨く動画を何度か目にしたことがある。
荒い目から研ぎ始め、どんどん粒子の細かい研磨剤でやっていく内に、金属は光沢を帯び始め、最終的に鏡のように反射するまでに至っていた。
「俺は実際にそれを試した事はないが、要はイメージだ。頭の中で思い浮かぶ姿を具現化する……それがスキルの基本だ。お前にもそれがあったんじゃないか?」
「ありました。初めて鉄を叩いた時、あのスキル酔いの最中、頭の中に浮かんだのは剣の完成形でした」
「あの時は叩いた後にスキルが発動してイメージが出来上がった。例えば大剣を作るには鉄が足りない。そういうことをスキルが自動的に判断し、後付けでお前の記憶の中から剣というもののイメージを引っ張り出した……というのがあの場におけるスキル酔いの真相だ。スキルに引っ張られるんじゃなく、スキルを引っ張るんだ」
叩いてからイメージするのではなく、叩く前にイメージをしろ。という話か。
確かにパッと見て鉄の量を判断して、其処から出来上がる物の質量を計算しないと望んだものは作れない。
イメージだけが先行してスキルが不発にならないように、審美眼も鍛えないといけないということか。
「それが先程言っていた目の使い方、という訳ですね」
「そういうことだ。これからお前には剣を作ってもらう。同じ大きさ、重さの物を揃えてもらう。その為に鉄の量や質を見極める目を養え。それがこの鍛冶場での授業だ」
「分かりました!」
やってすぐ出来るチート能力だからと言って、何でもは出来ないのだ。
必要な努力を惜しまずすることで化物レベルの力は養えるって訳だ。
世界はどうにも主人公的な立ち回りが出来る程甘くはないらしい。
僕はヴァンダーさんに炉や道具の使い方を教わり、早速鉄を打つ。出来上がったのはやはり立派な剣だ。
ヴァンダーさんが適量の鉄を用意して打たせてくれたこの剣と同じ物をひたすら作る。
それが僕のこの世界での唯一の力である
日が暮れたことにも気付かず、ひたすらに鉄を打った。宗人やヒルダさんが心配して見に来るまで、僕は一心不乱に甲高い金属音を鳴らし続けたのだった。
□ □ □ □
夕食の時間になった頃。僕はフラフラになりながら食堂へと向かった。
トレーを手に、ペンギンさんのようによちよちと進んで食事を受け取って、さぁ何処に座ろうとかと周囲を見回したところで吉田さんとジレッタが座っているのが見えた。
ジレッタの前にも僕が持っているのと同じトレーが置かれていることで、大体の結末は察せた。
「いけた感じ?」
「大変だったけれど、何とか……って感じかなぁ」
持っていたパンを置いた吉田さんがぐぐ、と背筋を伸ばした。
対面に座るジレッタも疲れた顔で小さく千切ったパンを口の中に詰め込んでいた。
その隣に座り、トレーの中の水っぽい豆みたいなのをスプーンで掬って口の中へ運ぶ。
「落としどころは?」
「思ったより良かったよ。害をなさなければ何をしても良いってさ。てっきり人智竜への擦り寄りとかあるかと思ったけれど、流石に控えたみたい」
「世界の真理、だっけ? でかすぎて手に負えんよな」
聞けば元老会は結構な勢いでジレッタを自陣に取り込もうとしていたみたいだが、相手には既に契約済みの
渡界者は職業安定所に保護されているし、その権力は馬鹿にできない。なんと言ってもスキル持ちばかりだから反旗を翻されれば手に負えないだろう。
しかし飼い殺している間は自国の発展に繋がる。どっちが最終的に利益か考えた結果が、今回の落としどころだった。
「これからは姿を現した状態で城内を自由に出入りできるってさ。良かったな」
「あぁ、一々気遣う必要もなくなったから、少しは楽が出来るよ」
「つっても僕らは新参者なんだから、最低限の礼儀は必要だからな?」
「分かってる。そうガミガミ言うな」
本当に今日は疲れたのだろう。覇気のないジレッタが弱弱しく横目で僕を見ながら食事をする。まぁ、何だかんだありつつもこうして楽に過ごせるのなら良かった。竜という高貴な生き物だから、人と同じ生活は相容れないとか言い出したら困るところだったが、安心した。
食後は昨日と同じように大浴場に行き、一日の汗を流して自室へと戻った。
ジレッタは相変わらず本の中の方が過ごしやすいとのことで、其処はしょうがないが僕としても一つのベッドで一緒に寝るのは流石に気が引けたから助かった。
「おやすみ、ジレッタ」
「あぁ、おやすみ」
部屋の明かりを消した僕は、すぐに夢の世界へと旅立った。
□ □ □ □
朝起きて、授業を受け、剣の稽古をして、鉄を打つ。
そんな生活を続けてあっという間に5ヶ月が経過した。
渡界してから3ヶ月半ほど経過した時に歴史と法律の授業は筆記試験をしてクリアしたので、それからは午前は剣術、午後は鍛冶と主に体を使う日々が続いた。
お陰様で運動不足気味だった体も引き締まり、エレベーター生活が沁みついていた体力も相当なものになった。
日々が充実していた。しかしそんな職業訓練生活も残すところあと1ヶ月。
半年を目途に僕は王城を離れ、
もう内見もしてきた。異世界に来てまで同郷と集まって暮らすということに違和感を覚える人も多いらしいが、僕としては気兼ねなく話せる存在というのは欲しかった。
しかし最近は残り1ヶ月の使い方をずっと悩んでいた。
ヒルダさんの剣術授業は対人戦の段階まで終えているし、親方から貰っていた課題はほぼ正確に鍛造することで合格の言葉は貰っていた。
最後の月をこれらの技術向上に使うべきか、他の何か新たな知識を得る為に使うか。
それを宗人に相談したところ僕と宗人、ヒルダさんと親方の4人で集まって相談会が開かれた。
本当はジレッタも含めた5人で考えようとしていたのだが、奴は直前でふらりと姿を消していた。何処かで遊んでいるのだろう。
「正直、残り1ヶ月で確実に伸びる技術というのは、ない。基礎は全て叩き込んだ。ジレッタ殿の身体能力上昇効果にも慣れてきている。あとは日々の訓練、実際の戦闘で培った経験値でしか向上の道はないというのが私の意見だ。職業訓練過程が終了した後は戦場に呼ばれることもあるだろう。其処で力を発揮できるレベルには仕上がっているはずだ」
というのがヒルダさんの意見だ。晴れの日も雨の日も剣を振ってきた甲斐があるというものだ。
本職は鍛冶師だが、頑張って修行した結果と思うとシンプルに嬉しい言葉だった。
「そうだな。最近じゃあ鍛冶の方もしっかり素材の質まで見抜いてきやがる。スキルの扱いに関しては俺が教えることじゃあないが、本人は上手くイメージした物を作り出せてるって言っているし、後は数をこなすだけだ。ジレッタの嬢ちゃんの力も使いこなせてるから最近じゃあ生産スピードも段違いだしな。なら残りの1ヶ月は好きに過ごしゃあいいんじゃねぇか?」
というのが親方、ヴァンダーさんの意見だ。人より槌を振るう回数が少ない分、1回1回を丁寧に、そして誰よりも多くの鉄を打った。
来る日も来る日も鉄を見て、打つ。その中で得たものは多かった。最近じゃあ形状や装飾にも自分のイメージを反映させてオリジナルの物を生み出すことも出来るようになった。
お陰様で以前聞いた鏡の刃も……散っていったマサシさんの剣も作れるようになった。
「2人がそう言ってくれるのであれば、僕は残りの時間を図書館で過ごしたいんだが、出来るかな。時間も出来た事だし、ジレッタから色々と教わりたい」
「俺が手続きしてやる。有意義な時間の使い方を学ぶのも職安だ」
「ありがとう、宗人」
この約半年の間で宗人はいつも僕を助けてくれた。今では気の置けないこの世界での一番の友達だ。彼に会えたことは僕が此処で生きる上での一番の幸運だった。
「ヒルダさんも親方も、お世話になりました」
「まだまだ沢山得るものはあるとはいえ、こればっかりは自分との対話だ。でも分からないことや迷うことがあればいつでも頼ってくれ」
「あぁ、いつでも打ちに来い。お前の心の炉が冷めない内は大歓迎だ」
2人と握手を交わし、相談会は解散した。宗人は早速書類を用意して職業訓練過程の早期卒業を申請。
しかし保護期間は約束通り半年のままということで僕には初めて自由な時間が出来た。
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