第6話 魔竜のいる生活

 さて、考えることは非常に多い。考えたくないことばかりだが考えない訳にはいかないから、面倒臭い。

 まず、脱出する方向。何処へ向かえば出られるのか。出られなかったら、普通に死ぬ。

 次に、この魔竜の扱い。悪魔とか竜が敵対生物だった場合、良いとこ取りをしているジレッタは魔王にも匹敵する強大な敵となる。敵でないことを祈るばかりだ。

 そして、無事に脱出できて、ジレッタが敵扱いされなかった場合。この魔竜女を連れた状態でどうやって生活するか、だ。何ならこれが一番大事まである。


「ジレッタ、これからどうしようかなって相談がしたい」

「相談? いいよ、何について?」

「突如現れた魔竜の所為で僕の平穏な生活が脅かされている件について」

「分かった、悪口だな」


 牙を剥いて威嚇するジレッタに溜息を吐く。少なくとも僕の周りでは魔竜なんて生き物は同じ空気を吸って生活していなかった。


 となるとジレッタには翼や尻尾を無くしてもらう必要がある。物理的な手段は心が痛むので、魔法的にお願いしたいところだが……。


「そういうことって可能か?」

「変化ということであれば、可能だね。というか、姿も消せる」

「マジですか」


 ジレッタがパチン、と指を鳴らすと角と尻尾が消えた。体毛も抑えられ、人間味が増すと共に隠れていた大事な部分が露出される。慌てて目を逸らしたと同時に、もう一度指が鳴る。恐る恐るそちらを見ると、ジレッタの姿は何処にもなかった。


「てな感じだね」

「おぉ~……」

「裸を見た罰は後程」

「理不尽が過ぎる……」


 誠に遺憾ながら、問題点が一つ減ったのは良い収穫だ。ジレッタが姿さえずっと消していてくれれば僕の生活は平穏穏やかである。でもそれってめちゃくちゃ負担だよな……出来ればその辺は解決してあげたい。しかしそうなるともっと根本的な問題、敵対関係の確認が必要になってくる。これがはっきりするまではジレッタには姿を消してもらうしかない。


「ジレッタ、暫くお願いがあって」

「ふむ、何でも聞くよ」


 実は……と口を開きかけたその時だった。


「おーい、三千院さーん?」


 肩が跳ねた。吉田さんの声だ。全然戻ってこないから探しに来たのだろう。とても嬉しいし有難いのだが、今じゃないんだ……!


「ジレッタ、姿を……」


 パチン、と指の鳴る音がした。


「あ、三千院さん。こんなところに居たんですね。……って、其方の方は……」


 吉田さんの目が僕の背後に固定されている。考えたくないが……考えたくもないが、そっと振り向く。


 其処には空中に腰を掛け、足を組んだジレッタが。頬杖をつきながら僕達を見下ろしていた。なんで姿を現しているんだ……しかも角羽尾とフルセットだった。これじゃあさっきの問答の意味がない。


「えーっと……あー……此方、ジレッタさんです」

「溶鉱の魔竜、ジレッタだ。其処の鍛冶師と契約を交わした。共々、世話になるよ」

「なるほど……一旦、話を聞きましょうか」


 吉田さんが冷静で本当に助かった。僕はジレッタを椅子に座らせ、事の顛末を説明した。彼女が鉄の山と呼ばれる場所に住む人智竜さんと、冥炎とかいうのを扱う悪魔さんの子供であること。いつの間にか契約が結ばれていたこと。吉田さんは相槌だけだったが、僕からの質問にはちゃんと答えてくれた。


 即ち、敵か味方か、だ。


「これに関しては非常に難しいです。竜を神として崇め、国の象徴とする話はよくあります。そして悪魔は人を誑かす存在と触れ回る人は多い。しかし、どちらも損得無しに人に味方したことはありません。それは人も同じですがね」

「そうなんですよね。結局、利害が一致しないから敵対する訳で、一致すればどんな相手でも味方にはなれる……魔竜ジレッタは、人の味方になれると僕は思うんですよ」

「私もそう思います。ですがそれを判断するのは国です。まずは相談しないとですね」


 話が大きくなってきた。けれど、それだけの存在なのだろう。僕にしてみれば竜も悪魔も伝説上の存在だ。それが現実に存在している世界だから、取り決めもあるのだろう。


「其処は任せていいですか?」

「えぇ。僕から王に、元老会に進言しておきます」

「よろしくお願いします」


 とりあえず、現状の話の落としどころはこの辺りだろう。これ以上は話してもしょうがない。


「終わった? そしたら探険したいのだが」

「したいのだが、じゃねーよ! お前の所為でこっちはめちゃくちゃ話が拗れて大変なんだからな。大人しく姿消してついて来い」

「何を怒っているんだかさっぱりだね。まぁ契約者がそう言うなら従うが」


 空気の読めない魔竜のお嬢さんの相手が今日一疲れた僕は、吉田さんに宥められながら溜息と共にその場を後にした。



  □   □   □   □



 図書館を後にした僕達はその足で大食堂へと向かった。向こうの時間と此方の時間は少し時差があったようで、転移してから数時間経つが今から17時の夕食の時間になるらしい。


「時差と言えば……」


 王城の長い廊下を歩く。片側には何かの部屋に繋がる扉。もう片方には等間隔に窓が用意されている。窓と窓の間にある燭台には、まだ火は灯っていない。


「向こうでは連続神隠し事件というのが話題になってました。場所、時間問わず人が消えるという事件です。しかも目撃者が居ない」

「うーん……十中八九、転移でしょうね」


 しかし話を聞いていて幾つも疑問があった。まず大前提として、タイミングが合わないのだ。ニシムラとかいう奴の所為で発生してしまった強制転移魔法。それは定期的に人を1人攫うという話だが、現代日本ではランダム発生していた。とてもじゃないが『時間になったのでお呼びします』なんてご丁寧な拉致ではなかった。


「詳しくは分かりません。ですが恐らく、時間差というか、次元差があって自動的に調整されるんじゃないかと思います」

「なら今も世界と世界の間では転移待ちの人が居る可能性が高いと?」

「そうなります。その人にその認識はないと思いますけれどね」


 僕もあの魔法陣が光ったと思ったら王城に居た。意識を失っていたのがどれくらいなのかは分からないが、僕の認識では一瞬だった。変に年を取るようなことにもなってないようだし、其処はあまり心配しなくていいのかもしれない。


 そんな思考実験にもならない取り留めのない会話を続けている内に人通りが多くなってきた。と言ってもすれ違うことはなく、全員が全員、同じ方向へ向かって歩いていた。誰もがラフな格好をしているが、誰もが腰に剣を下げていた。


「この国の兵士の方々です」

「なるほど……」


 道理で屈強な体格をしていると思った。僕みたいなひょろろっちじゃなくて、凄くこう、壁って感じがする。でも壁だけじゃなくて素早そうな……そう、トラック、トラックだ。あれにぶつかられたら異世界に転生しちゃいそうな気もする。もしかしたら帰る方法はそれかもしれない。


「人間にしては強そうだね」

「喋るな。大人しくしてろ」

「扱いが酷いぞ侘助」

「これが今のお前への評価だっ」


 今の所やらかししかしてない魔竜への態度などこんなものである。やれ人智竜だの、やれ冥炎の悪魔だの、やれ溶鉱の魔竜だの、御大層な冠が付こうが蓋を開けてこれじゃあ、こんなものである。


 そんなくだらないことを言っている内に開かれている大扉を抜け、大食堂へ入った。中はこれまた広い。長いテーブルが幾つも置かれ、そのテーブルと同じ長さの椅子が組み付けられている。ちょっと座ったり立ったりするのが大変そうだが椅子が無くなっただの足りないだのといった問題は起きないだろう。その椅子に既に何人もの人が思い思いに食事を楽しんでいた。視線を奥へ向けると其処に行列が出来上がっており、ペンギンみたいにゆっくりと左から右に前進している。


「其処のトレーを」


 吉田さんの後をついていくと何重枚にも重ねられたトレーの山が3つ。その内の一番低い山から1枚拝借する。トレーには予め凹みが作られていた。なるほど、此処へ料理を入れていくスタイルか。何だか外国映画の刑務所のシーンで見た事がある気がする。なんかこう、不機嫌な給仕作業者が乱暴にべちゃっとした食べ物をトレーに叩き込むやつだ。しょうもない罪で捕まった主人公は給仕に一瞥し、憮然とした表情で前へ進む。そして空いている席に座るのだが、歴の長い奴にどけと肩を押され、トレーをひっくり返され、大喧嘩になって……。


 なんてことはなく、とても丁寧な給仕作業者に丁寧に暖かい料理を貰って、適当に空いている席に座って食事を始めた。吉田さんは意外とオンオフをきっちり分けているようで、食事中は普通に気安い話し方で他愛ない話をした。


「三千院君は会社員か……しかも資料室で転移って、同僚慌てそう~」

「呼びにくいでしょ。侘助でいいよ。終業間際に駆け込んだからもしかしたら見つかんの遅くなりそうで其処だけが心配かなぁ」

「じゃあ侘助君で。ていうか俺なんかやべぇよ。キャンプ中だったからマジで見つからんかもしれん」

「えっぐ……待って、うわなんかそんなニュース見たかも」


 なんて話をしながら食事を続ける。


「侘助、私の夕食は?」

「……じゃあこれ食べなよ」


 切り取ったパンを手に、残りの食事をトレーごとジレッタの声がした右方向にずらす。


「あんまりスプーンとか浮かして食べたらバレるから、そっと食べろよ?」

「なんだか行儀が悪いね……まぁ仕方ない。今だけ我慢してやるとしよう」


 確かに背中を丸めて顔を寄せる食べ方はあんまり行儀が良くないが、ひとりでにスプーンやパンが浮いて空中でなくなっていくのは怖い。出来るだけ周りに気付かれないように吉田さんと世間話をしながらジレッタが食事を終えるのを待った。



  □   □   □   □



 大浴場へとやってきた。風呂と聞いてジレッタが『私も! 私も! ジレッタも行く!』と言い出したので、今回は最初からジレッタには言い聞かせておいた。


「羽は出さないこと。尻尾も出さないこと。角も出さないこと。これを守れるなら風呂に入ってきて良い。守れなかったらお前が出てきた本に閉じ込めて土に埋めるからな」

「了解した!!!」


 そう言って物陰に走っていったジレッタは人間姿で、しかもそれっぽい服も着て現れ、そっと僕達の隣について歩き、女湯の方へそそくさと入っていった。僕達は男湯だ。


 屈強な皆さんも食後はお風呂ということで、質の良いような悪いような石鹸と目の粗い布を片手に身を清める。本当に普通の銭湯のようだが、こうして普通に入れいていることに驚いていた。何故なら日本の銭湯文化が強く根付いていたからだ。普通、海外だと水着着用が必須だったりと、中々日本のように肌を晒すようなことがない。なのに皆、平然と歩き回っていた。


「昔はこんな大衆浴場なんてなかったんよ。でもある日転移してきた方が銭湯の番台やってた人でさ……風呂が無いなんてありえない! って。しかも与えられたスキルも土魔法だったことからこんな銭湯を作っちゃったんだよね」


 隣でお湯に溶けてる宗人が教えてくれる。


「最初は抵抗があったらしいよ。でもこのお湯に浸かっちゃったら、後はもうお察し」

「お湯には誰も勝てんわなぁ」

「勝てんねぇ……ちゃんとマナーとか教えられて、今では皆このお風呂に入るのが当たり前になってるよ」


 渡界者エクステンダーというのはこの世界の破壊者にもなりえる存在だ。異文化というのはそれだけ魅力と威力がある。だけど情熱と、真摯な態度を捨てずに向き合い、お互いに納得したのならそれは素晴らしい交流となる。この世界の常識、文化を尊重しつつも一度破壊し、しかし更に良い常識や文化に昇華させられたなら……湯に浸かりながら僕はそんな事を考えていた。


 鍛冶という仕事が、今後どうなるかは分からない。それでも、僕に出来ることは沢山あるはずだ。……そう思いたい。

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