第19話
目的地は壁を隔てた先にあるらしく、一行は、メアリーの手配した小型車に乗って移動する。丸みを帯びた外装には、緑色の帽子をかぶるエンブレムが飾られており、すれ違う車からは度々視線を浴びた。
一方で内装は、ダークブラウンを基調とした落ち着いたデザインになっており、座席は気まずい空気を緩和させるほど柔らかかった。
◇◇◇
やがて適当な話題も無くなり、軽やかなBGMが車内に流れる頃。車窓の向こう側に、白く極大な建物が見え初めた。丘一面が淡い桜色と空色の花に覆われた景色では、観光する人々も絵画の一部のように溶け込んでいる。
「わあ……っ!」
リベラが窓枠に手を添えて顔を出すと、隣で運転するメアリーは微笑みを浮かべる。
「ふふっ、綺麗ですよね。良いお天気ですし、到着したら皆さんのお写真でも撮りましょうか」
◇◇◇
降車すると、柔らかい芝の感触が靴の底から伝わってきた。前方には幾人もの観光客がいるにもかかわらず、四方八方に枝分かれした緑の道は、くたびれることなく風にそよいでいる。
ロアは普段より少し大股で歩きながら、先導するメアリーに感想を述べる。
「すごいわね。こんなに人が通っているのに、全然傷んでないなんて」
「こちら、ウ・ライア村で品種改良された芝でして。踏まれれば踏まれるほど、その生命力を増していくそうです」
「あらホント? それなら、遠慮なく歩かせてもらうわ」
ロアの歩幅が元に戻ると、リベラも安心したように微笑む。
「うん、よかった。踏んだらかわいそうかなって思ってたけど、この子たちは平気なんだね」
「ふふっ、はい。ですから、気にせず上を歩いてくださいね」
◇◇◇
花の香りを身体に纏わせながら進むと、やがて彼らは、額縁を模したオブジェが並ぶ広々とした高台に辿り着く。ようやく全貌を見渡せた植物園は、咲きかけた
眼前の光景にリベラが表情を輝かせると、メアリーは両手を広げて活き活きと説明を始める。
「……さて、到着しました! ここが、園内で一番人気のフォトスポットです!」
オブジェは等身大のものや胸部まで見えるもの、長方形のものやひし形のものなど、その種類は豊富であり、順番を待つ人々も楽しそうに眺めている。彼らの視線の先では、植物園を背景に花を持つ人々が思い出作りに勤しんでいた。
やがて順番が回ってくると、メアリーはリベラに振り向く。
「さて、私達の番ですね。持ち時間を目一杯使って、たくさん撮っちゃいましょう!」
「うん! でもどうしよう、こういうの初めてだからよく分かんないの……。みんなのまねをしてみればいいのかな?」
「はい、コツとしては小道具を使ったり――」
彼女たちの戯れを遠巻きに見守るロアは、穏やかに笑う。
「リベラちゃん、すごく楽しそうね」
「ああ。彼女が押し負けている限り、私が出る幕はないだろうね」
サフィラスの視線の先で、リベラはメアリーの手を引く。
「ね、お姉さんも一緒に撮ろう?」
「えっ? ですが――」
「お願い! ここでお姉さんに会ったこと、忘れたくないの……!」
「……わかりました。乗りかかった船ですし、こうなったらメアリーはとことんお付き合いします! ではリベラさん。こちらを両手で持っていただけますか?」
そう言うとメアリーはオブジェに掛けられた花を外し、リベラに差し出す。一輪の大きな花は陽の光を反射させ、水晶のように澄んだ輝きを放っていた。
「わあっ、不思議……! このお花、宝石みたいにキラキラしてる!」
「ふふっ、綺麗ですよね。これをこう、顔に近づけて――そうです! では撮りますよ、とびきりの笑顔で構えてくださいね!」
「……えへへ」
メアリーも額縁の後ろに回り込むと、花を両手に同じポーズをとる。その直後、3回秒針の音が聞こえたかと思うと視界に一瞬の閃光が走り、二人の頭上からは一枚の写真が舞い降りてきた。メアリーはそれを手にした後に頷くと、カードケースに仕舞う。
「うん、バッチリです! では次は、ホログラムを取り入れてみましょうか」
「はーい! サフィラスとロアも一緒に撮ろう?」
振り返るリベラに、ロアは待ってましたと言わんばかりに返事をする。
「もちろんいいわよ!」
しかしサフィラスは、メアリーを一瞥すると小首を傾げる。
「……ああ。しかし、良いのかい? 彼女が何か言いたげにこちらを見ているけれど」
「メアリー? どうかしたの?」
「――! いえ、4人が綺麗に写る構図を考えていました! では身長も考慮して、2列に並びましょうか。リベラさんはこちらに、ロアさんはこちらに並んで下さい。そして――」
メアリーはロアを自身の背後に立たせると、リベラの隣に並ぶ。そして彼女がネーヴェに気を取られている間に、サフィラスを睨みつけた。
「あなたはこちらに。これで、全員枠内に収まるはずです」
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