第20話

 軽い足取りのリベラは、抱えたアルバムの厚さに笑みをこぼす。まだほんの数ミリ程度だったが、それでも複数ページにわたる思い出が生まれていたからだ。


「ふふっ、たくさん撮っちゃったね」


 満足げに微笑むリベラに、隣を歩くロアも賛同の言葉を話す。


「ホントホント。この国だけで、アルバム一冊作れちゃいそうね」

「うん。こんなにすごいものがあるなんて、知らなかった。今まで行ったところでも、写真撮ればよかったな」

「そうねえ……今まではそれどころじゃなかったから、二人に撮影装置を披露するのをすっかり忘れてたわ。でも大丈夫よ、これからも時間をかけて色んなところを周るんだから。イルミスやライア村にも、また遊びに行きましょ?」


 リベラは大きく頷くと、思いを馳せるように遠くの空を眺める。


「うん! その時にはアイラたちに、撮った写真を見せたいな。そして、また色んなところに行って……どうしよう! やりたいことたくさんあって、時間がたりないよ」

「あらあら。リベラちゃんはまだまだ若いんだから、焦らず少しずつこなしていけばいいのよ」


 するとメアリーは、前を向いたまま笑声を漏らす。


「ロアさん、まるで本当のご両親みたいですね」

「ふふっ、そう見えるかしら? 妹がいるから、それで慣れているのかもしれないわ」

「妹さんがいらっしゃるのですか?」

「ええ。一つ違いの、素直で可愛らしい子がね。両親は多忙であまり家に帰って来なかったから、あの子が10歳になるくらいまでは、アタシが代わりに面倒をみていたの。 ……今頃、どこで何をしてるのかしら」

「ご実家には帰られないのですか?」


 振り向きざまに送られた視線に、ロアは目を伏せて微笑む。そして、声のトーンを僅かに下げて答えた。


「……そうね、仕事が忙しくて。でもも貰っちゃったし、旅の途中に寄るつもりよ」

「――そうなんですね。ご両親も、お会いできる日をさぞ楽しみにされていることでしょう」

「ええ……きっと。生まれ変わったアタシを見て、せいぜい驚くといいわ」


◇◇◇


 半透明な光のカーテンを通り抜けると、一転して極彩色の景色が目に飛び込んできた。


 赤や青、黄色に緑。花や実をつけた植物たちは、持ち前の色を活かしながら伸び伸びと咲いており、彼らを纏う木々も同様に、降り注ぐ人工の太陽を一身に浴びている。そのうちの一本に狙いを定め、幹から葉へと視線を移動させていくと、枝が天井を覆うように複雑に絡まりあっているのが見えた。


 外とは異なり、人ひとりすれ違わぬ空間。代わりにどこからか聞こえてくる鳥の声に、リベラはきょろきょろと辺りを見渡す。そして不意に瞳を輝かせると、前方右側に出現した滝を指差した。


「見て! 建物の中なのに滝があるよ!」


リベラの声に、バラバラだった4つの視線は一箇所に集中する。始点が辛うじて確認できる高さの滝はたもとに霧を発生させており、その終点では緩やかに川が流れていた。


 リベラは真っ先に駆け寄ると、川縁かわべりにしゃがみ込む。すると、数匹の魚がゆらゆらと遊泳しているのが見えた。


「わあっ、これって本物のお魚――じゃない? すごいそっくりに出来た、おもちゃのお魚だ」


 顔を近付けると、水面には彼女の影が映る。その直後、ガラス玉の目をもつ魚たちは尾ビレを動かし、瞬く間に岩陰に隠れた。


「あっ……! 驚かせちゃってごめんね」


 リベラは眉尻を下げると、おもむろに立ち上がろうとする。しかし、視界の端から現れた紅色の魚に動きを止めた。


「……って、あれ? この景色、どこかで見たような――」


 周囲を見渡し、もう一度紅色の魚を見つめる。するといつの間にか隣に立っていたメアリーが、胸元に着けた小型の拡声器を作動させる。


「ご明察です。実はこの植物園、アーティストが実在と空想を混ぜ合わせて生み出したものなんです。このエリアも、とある辺境の村をモデルにしているそうですよ」

「村を、モデルに――」


 リベラは目を見開くと、勢いよく立ち上がる。


「そうだ、思い出した……!」

「リベラさん? どうかなさいましたか?」

「ごめんなさい! わたし、ちょっと確かめたいことがあるの!」

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