第12話
「い、一緒にいた人、先に帰らせちゃってごめんね。お、俺が気になってたのは、キミだけだったから」
「……?」
「と、ところで、キミは俺のこと知ってる?」
顔を赤らめる男に、サフィラスは首を横に振る。すると男は、しょんぼりと肩を落とした。
「し、知らないか。 ……そ、そっか、国外から来た人なんだっけ。む、息子がデータを見せてくれないから、全然キミのことが分からな――あ、言っちゃだめだった! な、何でもないよ」
『息子……ホテルにわざわざ手紙を送り付けてきた王子のことだろうか。村長からの手紙を読んでいないとしたら、王子が奪取した可能性がある。 ……疑問点は数多くあれど、今詳細を訊ねるのは得策ではない。私がこの場でとるべき行動は、彼の反応を窺い知るに――』
サフィラスが軽く頷くと、男は歓喜の声をあげた。
「あ、やっぱりそうなんだね! えへへ、キミみたいな美しい人が来てくれて、と、とっても嬉しいよ! そ、それで、出来れば声も聞きたいんだけど……」
裏返る声にサフィラスが首を横に振ると、男は再び子供のように項垂れた。
「ざ、残念――あ、いや! その……無理強いしてごめんね。で、でも、もし俺に出来ることがあるなら何でも教えてね! ぜ、全力で叶えてみせるから!」
『さて、どうするか……腰に剣は無く、術を紡げば旅路が潰える。よって最適解は、彼の要望を呑むことだ。 ……果たして、如何なる無理難題を押し付けられるかな』
周囲に見張りは居ないものの、男の図上には正体不明の小型機が設置されており、じっとサフィラスを見つめている。男からも同様に見下ろされ、数分かと紛うような刹那が経つと、再びぎこちない声が聞こえ始めた。
「そ、それで……実はキミをここに呼んだのは、り、理由があるんだ。今度行われる“白百合の舞踏会”のパートナーとして、お、俺と踊ってほしいんだ」
『……パートナー? 確かに、映像では二人一組で踊っていたけれど……しかし前提として、名や身分を隠す条件があった筈だ。まさか、主催者の特権でも行使するつもりなのか? そもそも、一国の主が妃を差し置いて良いのだろうか』
「あ……も、もしかして、既婚者だったり?」
「それはキミの方ではないのか」と、口をついて出そうになった言葉を堪える。代わりに首を横に振ると、男は表情を綻ばせる。
「や、やった! じ、じゃあ――」
『……彼と王子がそれぞれ別の思惑をもっている可能性が高く、同時に対処が難しい以上、此処は覚悟を決める他ない。全ては平穏無事な旅の為……二人には悪いけれど、術の実験も兼ねて独断で行動させてもらおう』
サフィラスが小さく頷くと、男は大きくガッツポーズをとる。
「〜〜っ! あ、ありがとう、俺を選んでくれて!」
そしてサフィラスの手を両手で包むと、満面の笑みを浮かべた。
「えっと――じ、自己紹介がまだだったね! お、俺の名前はゲルディナ・ヴィゼ=ウルイヤ十六世。こ、こう見えて、この国の王様なんだ!」
◇◇◇
一方。ロアはリベラを引き連れ、公園で遊ぶ人々に紛れ込んでいた。
着席するベンチから見えるのは、カテゴリーごとに点在するカラフルな遊具たちと、園内の中央に咲く一基の噴水。受け皿から無数に放たれる水は弧を描き、絶え間無く表情を変えていた。
ロアはボトルから垂れる水滴をハンカチで拭うと、片方をリベラに差し出す。
「はい、どうぞ。さっきはいきなり走らせちゃってごめんなさいね。疲れちゃったでしょう?」
「ありがとう。ううん、平気だよ。それより……どうしてサフィラスを連れてっちゃったんだろ」
「そうね……あえて図書館に入らせて逃げ場を無くしたのだとしたら、断れないようにしたい
ロアの言葉に、リベラは彼の行動を振り返る。
『そういえば……昨日市場でお買い物してるとき、サフィラスはたまに後ろを向いてた。売り物を見てるだけだと思ってたけど、もしかしたら、私が気づいてなかっだけで誰かが――』
「入国審査の彼女の言動にも違和感があったし、もしかしたらここでも厄介事に巻き込まれるのかしら……」
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