第3話
ドゥラン国王のおかげか、はたまたディオス村長の計らいか。彼らは国の最高水準を誇るホテルの、ロイヤルスイートルームに案内されていた。
最上階に1室のみ設けられた真っ白な部屋は、四方の何処を向いても青空が広がっており、床に反射した行雲も相まって神秘的な雰囲気を醸し出している。
設置されている家具は月と太陽、そして寝具は雲を模していた。ピンクゴールドで縁取られた上品な可愛さに、リベラは瞳を輝かせながら、2周目の散策を開始する。
サフィラスもクローゼットや照明器具を調べて回る一方で、ロアは唖然とソファーの端に座り込むと、顔を覆った。
「冗談でしょ……ここ、1泊金貨10枚の部屋よ」
「確かヒトの金銭価値にして、三ヶ月分の労働に値する程度だっただろうか」
「ええ。1週間も泊まらないうちに、ほとんどの人がすかんぴんになるレベルよ。普段は国賓や富豪とかが利用してるみたいなんだけど……」
「成程、前者は今の私達に該当しているね」
「あ――確かに!? って、いつの間にそんな持ち上げられてたのかしらね……」
遠い目をするロアの視界の端には、パタパタと駆け寄るリベラが映る。
「ねえ、お風呂から外が見えるよ! 壁も床もガラスで出来てて、まるで空に浮いてるみたい!」
「あらホント? 随分と恐怖の空間に聞こえ――いえ、すっごく面白そうね。アタシも見に行ってみようかしら」
ロアは力無く微笑むと、リベラの後を追う。一方でサフィラスは、今度は窓際に歩み寄ると街並みを見下ろす。
『……既視感の正体は、彼の治める村か。であれば念の為、確認しておくべきか』
夜にひとり空中から観察した、ディオス村長の村を記憶から呼び起こす。この国は、壁による明確な街区分けこそないが、エリア毎に建物の構造が異なっていた。
「――
サフィラスは、言葉を紡ぐと窓に沿って東へ移動し、その先に在るものを捉える。
『――あった』
ディオス村長の手描きの地図には記載されていなかった、研究所と思しき建物。白い外観のソレだけは明確に壁で隔たれており、敷地内には人ひとり居ない。
『どうする……幸いにも、この国では未だ厄介事に巻き込まれていない。彼らが寝静まった後に、確かめるべきか』
目蓋を閉じていると、背中にリベラの手が触れる。
「サフィラス、どうかしたの?」
「ああ、何でもないよ。それより、今後の動きについて話そう」
「……うん、分かった! ロアを呼んで来るね」
リベラを見送ると、再び窓を見つめる。反射する彼女の背には、悲しみの色が宿っていた。
◇◇◇
少し時間は遡り、リベラがシャワールームから離れた後。ロアは、チャイムを鳴らすバトラーを迎えていた。
「こんにちは、ご歓談中に失礼します。早速ですが、ご依頼の品をお持ちしました」
爽やかな笑顔で一礼する彼の隣には、身長と並ぶ高さの白銀のラゲッジカートが堂々と佇んでいる。
「ええ、ありがとう。荷運びはいいわ。ここに置いてくださる?」
「かしこまりました」
バトラーはハンカチを介してドアストッパーを下げると、すかさず懐に提げた白銀の鍵で錠前を解く。そして鳥籠のようなカートの中から、濃紺の箱を3つ抱え下ろした。
「お待たせいたしました。こちらでお客様の品は全てでございます」
「お疲れさま。はい、どうぞ」
ロアが銀貨を差し出すも、バトラーはやんわりと手で制する。
「ありがとうございます。ですが、そちらはお気持ちだけ頂戴します」
「ん? どういうこと?」
「既に貴方様のご両親から、頂いておりますから」
「……分かったわ。また何かあったらお願いするわね」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
一礼をしたバトラーがドアを閉めると、ロアはしゃがみ込んで頭を抱える。
「……勘弁してよね」
箱の側面には、《親愛なる息子へ 両親より真心を籠めて》と書かれた封筒が、ひっそりと添付されていた。
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