第4話

 時は現在に戻る。丸いテーブルを囲うように座る彼らは、地図を広げて今後の行動を決めようとしていた。


 サフィラスとリベラが会話する中、ロアはウェルカムドリンクを片手に、ぼんやりと空を眺めていた。


『……伝えるべきかしら。あの二人に、本当のことを』


 目線を下げると、都合良くリベラと目が合う。


「ごめんね、ロア。さっきのお風呂、やっぱり怖かった?」

「あ――いえ、平気よ。むしろ、前もって確認出来て良かったわ」

「ほんと?」

「ホントよホント。このホテル自体、昔から知ってて――あ、違うわ。えっと……とても有名な所だから、前に調べたことがあるのよ」

「そうなの?」

「ええ。イルミスって情報が沢山集まるから、その時に少し。確か、夜景の見えるレストランの料理が絶品らしいの。お値段は……お給料3日分くらいかしら」


 話すロアのグラスは、零れる寸前のところまで傾いており。リベラは立ち上がると、グラスに咄嗟に手を添える。


「わわっ……! ロア、具合悪いの?」

「そ、そんなことないわよ? っ……ほら!」


 ロアは人差し指で上がった口角を指すも、サフィラスにすぐさま言及される。


「それにしては、今日は随分と言葉遣いがたどたどしいね」

「いえ、その……そうね。慣れない長旅続きで疲れちゃったのかもしれないわ。二人とも、心配させちゃってごめんなさいね」

「であれば、今日は無理せず休むと良い」

「ええ、お願いするわ……リベラちゃん、案内出来なくてごめんなさいね。夕方には起きられると思うから、晩ごはんは一緒に食べましょ」


 ロアはグラスを置くと、よろめきながら自身の荷物のある部屋に消えた。リベラはついぞ減ることのなかったグラスをトレイに乗せると、僅かに開いたドアを見る。


「大丈夫かな……」

「自身の体調は、自身で調整する他ない。 ……とはいえ、限度があるのもまた事実。リベラ、新鮮な食材を見極めるのは得意かい?」

「うん! 任せて!」


◇◇◇


 二人と一匹が向かった先は、大勢の客で賑わう市場だった。カウンターを連ねる販売員は皆、はち切れんばかりの笑顔で商品を渡しており、売買の声が途絶えることはない。


 魚や野菜、果物に肉、そして飲料と。品ごとに陳列される様は、まさにパッチワークのよう。リベラは背伸びをしながら、身近な商品に目を通していく。


「わあ……! 見たことない食べ物がたくさん!」

「目移りするのは構わないけれど、くれぐれもはぐれないよう用心しておくれ」

「うん!」


 リベラはサフィラスの手を取ると、にっこりと笑みを浮かべる。


「えへへ、これで大丈夫だね」

「……そうだね。では、行こうか」


 サフィラスは仮面を正すと、雑踏を掻き分けた。


◇◇◇


 店舗の大半を見て回り、出口目前まで進んだ頃。リベラの目に、一つの店が留まった。背中を丸めた老婆が営む、閑古鳥の鳴く店。しかしリベラは、サフィラスに笑顔で振り向く。


「見て! あのリンゴ、つやつやで美味しそう! 最後にあのお店だけ寄っても良い?」

「ああ、構わないよ」


 リベラは早速駆け寄ると、籠一杯の青果を並べる老婆に微笑む。


「こんにちは、おばあさん。この赤いリンゴ4つと、あと――これとこれも、3個ずつください!」

「あれまあ、沢山買ってくれてありがとなあ。全部で銅貨4枚だべ」

「えっと、銀貨1枚で足りますか?」

「もちろんだぁ。ほら、銅貨6枚のおつりさね」


 リベラがお釣りを受け取ると、老婆は、形も大きさも異なる青果を隙間なく袋に詰め込んでいく。そして最後に、11個目の野菜を差し込んだ。


「ほれ、潰さんよう気ぃ付けてけれ」

「あれ? おばあさん、これ間違えて入れてるよ?」

「んやんや、めんこいお嬢さんへのオマケだす。これで万能ネギの粥さ作って、病人に食わせてやるべし」

「ありがとう! ……って、どうして分かったの?」

「くっ――あはははっ!」


 不思議そうに首を傾げるリベラに、老婆は手を叩いて笑う。


「なーに、たいしたもんでねぇ。長いこと店やってっと、買うものの組み合わせや客の顔で何となく分かるようになるってだけだ。 ……なあ、お嬢さん。旅ば楽しいか?」

「うん。色々大変なこともあるけど、それ以上に毎日楽しいよ」

「そーかそーか、えがったなあ!」


 老婆はリベラの肩をポンポンと叩くと、サフィラスの顔を覗き込む。


「んで、そこのべっぴんさんはどうなんだ?」

「……私かい?」

「んだ、他に誰もおらんじゃろ」

「そうだね、私は――」


 「悪くないと感じているよ」と言うと、老婆は満足げに頷いた。

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