第2話
「はい、これで良いかしら?」
ロアがドゥラン国王直筆の身分証を提示すると、女性は覗き込むように顔の位置を上から下に移動させ、瞬きを二度行う。そして眼球を水平に動かすと、ロアにリベラ、馬と順に顔を合わせ、瞬きという一連の動作を繰り返した。
《――ゲストネーム、ロア・アステール、リベラ……他1件
「あと二人……ネーヴェちゃんとサフィラスちゃんのことかしら?」
ロアはネーヴェをポシェットごと持ち上げながら、馬の傍らで息を潜めるサフィラスへ振り返る。
「……これで良いかい?」
サフィラスが仮面を外すと、女性はピタリと硬直する。そして瞳孔を大きく拡げると、サフィラスの顔を凝視した。
「私の顔に、何か?」
《……》
しかし女性は目蓋を閉じると、眠ったように静止する。リベラが彼女の目の前でヒラヒラと手を振るも、微動だにしない。
「お姉さん、どうしたんだろう?」
「ロア、これも
「ん〜……いえ、違うと思うわ。確かこういうときは、ヘルプセンターに連絡を――」
《――イイエ、ソノ必要ハ有リマセン。此方ノ事情二ヨル動作デスノデ》
「うわっ!?」
不意に目を見開く女性に、ロアは大きく肩を跳ねさせると、抗議の声を上げる。
「ちょっと、驚かさないでくれるかしら? 危うく心臓が止まるとこだったわ」
《ゴ無礼、オ詫ビ申シ上ゲマス。デハ、入国審査ヲ再開致シマス》
ぷりぷりと口を尖らせるロアに、女性は淡々と定型文を聞かせる。
《――生体登録、2件ヲ追加。ゲストネーム、サフィラス、ネーヴェ。データ内容、スキャン数ト一致。滞在目的……コード0489ヲ確認。オ待タセ致シマシタ。入国ヲ許可シマス》
その言葉を最後に、女性の顔は霧が晴れるかのように消える。すると扉が摩擦音を立てながら左右に分かれ、行く先を光の矢印で指し示した。
リベラは扉に向けて拍手を贈ると、表情に花を咲かせる。
「わあ……すごい! イルミスも魔法みたいな物がたくさんあったけど、ここもそうなんだね!」
「ええ、そうよ。とは言っても、ここまで進歩している国はイルミスとスティア、それにルベールの三箇所くらいだけど」
そう言って先導を再開するロアに、サフィラスは手綱を引きながら問い掛ける。
「つまり残りの4か国と13の村については、それらの足元にも及ばないということだろうか」
「……そうよ。色々と厄介な事情があってね。良い機会だし、ホテルを探しながら説明しましょうか」
◇◇◇
彼らが扉を通過する様子を、仄暗い管制室から眺めている
素手で掴んだのは、香ばしい匂いを放つ黄色いスナック菓子。目と鼻の先ではエリンが、もの言いたげに顔を浮かび上がらせている。
「……なるほどねぇ。たしかにコレは、ボクの貴重な時間を割くにふさわしい案件だ。でかしたぞ、エリン」
《イエ、オ役ニ立テタノナラ何ヨリデス》
ふくよかな身体の彼女は、袋を傾けると慣れた手付きで残りを喉に流し込む。そして油の付いた手をペーパータオルで拭いながら、山盛りのゴミ箱を見つめるエリンに訊ねた。
「むぐむぐ……それで? こいつらは、どこに何泊するって言ってたんだ?」
《……大変申シ訳無ゴザイマセン。予測不能ノ事態ニヨリ、スッカリ失念シテオリマシタ》
「ちょ――お、お前ってやつは! それでもボクの発明品か!?」
《ハイ。製造情報を確認シマスカ?》
「はあ……いや、いいよ。こんな機会はまたとないし、ボクが直々に出向いてあげよう。その代わり、エリンはサポート頼むぞ」
《承知致シマシタ》
女性は瓶詰めの炭酸飲料を一気に飲み干すと、丸い黒縁眼鏡を神妙な面持ちで正す。そして椅子をクルリと90度回転させ、指と脚をそれぞれ組んだ。
「……さて。未知との遭遇は果たして、ボクにとって祝福の鐘となるか、呪縛の枷となるか。今、運命のカードがボクの手によって切られ――ゲェップ!」
《マスター。体内ニ残留スル二酸化炭素ノ、適切ナ排出ヲ推奨シマス》
「う、うるさいうるさいうるさーい! お前はいい加減、スルースキルの一つや二つ習得しろ!」
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