宝石箱に魂を添えて 〜フィリアの柩〜

禄星命

第三章 スティア国編

第1話

 どうして人は、【最愛のペットの亡骸を楽器に作り変え、夜毎に奏で愛で続ける物語】には涙を流すのに、【最愛の恋人の亡骸を宝石に作り変え、その生涯を添い遂げる物語】には嫌悪するのだろう。


 どうして人は、【人に虐げられた生き物が、再び人に心を開く物語】のページを積極的にめくるのに、【人に虐げられた人が、閉ざした心を再び人に開く物語】には、手を伸ばすことをしないのだろう。



 それは毎日、ボクがひとりで自問自答するテーマ。面倒くさい役割を側近に適当に押し付けながら、時間を見つけては紙に書きまくる。


 やがて辿り着いた答えは、「人は根底で、人以外の生物を見下しているから」だった。「人は自分が庇護の対象と認めたモノにのみ慈愛を抱き、凄惨な過去に憐憫の涙を流している」という、美麗な皮を被った醜悪なエゴ。


 子供ながらも満足のいく答え。ボクはこれまでに塗り潰した黒い紙たちを、両手で抱きしめた。


 しかしカタルシスは、ボクを休ませてはくれなかった。そう――ある日ボクは、更に納得のいく答えを見つけたんだ! じいやも褒めてくれた、国民全員を驚かせられるような答えの続きを!


 それは「無償の愛は、同族である人には決して向けない。言葉が通じるからこそ、解り合えないから」という結論だ。


 人以外の生物の言葉は、誰一人として正確に理解することは出来ない。ただ、こっちに対する反応で何となく察するしかない。


 つまり裏を返せば、こっちの都合の良いように解釈出来るんだ。


 何となく庇護欲を掻き立てられ、無意識に愛して――やがて「この脆弱な生き物は、自然界では生きられない。故に、我々人間が管理しなくてはならない」って、歪んだエゴを生むんだ。


 もちろん、全部を否定する訳じゃない。彼らには彼らなりの行持があり、それに基づいて動いているということはボクも理解している。ただボクが、心の中で勝手に思っているだけさ。 ……人は調子に乗っているって。


 だからボクはそれを証明するために、今日から秘密の計画を実行することに決めた。一日でも早く、“アレ”を完成させてやるんだ。そうすれば、ボクをバカにしたヤツらも、きっと――



◇◇◇



 ウ・ライア村とスティア国は、山をくり抜いた緩やかな道で繋がっていたため、僅か5日で辿り着くことができた。


 川のせせらぎを聴き、星空を眺め、すれ違う野生動物に手を振り――そうして最後に、羽根ペンと羊皮紙の紋章が迫台せりだいに刻まれた岩のアーチを潜ると、いよいよ雰囲気が変貌を遂げる。


 サフィラスは手綱を片手に、木箱に同包されていた地図と手紙を開く。そこにはディオス村長本人のサインと共に、詳細な説明と私情が添えられていた。


《――白磁色の石灰岩を積み上げて造られた外壁は、国を何層にも分けて取り囲み、なんと80平方キロメートルにもわたる迷路を生み出している。小道は複雑に入り組んでおる故、迷った場合は緑色の帽子を着用している者に尋ねるといい。


 ちなみに我が親友は国の中央に城を構えており、最上層で日々多忙を極めているようだ。……だが最近、国民に一切その姿を見せなくなっているようでな。可能であれば、彼女の無事を確かめてもらいたい。無論、報酬は追加で支払う》


『……』


 四つ折りにして封筒に仕舞うと、前方からロアの声が飛び込んでくる。


「……ふぅ、やっと着いたわ。みんな、ここが目的地よ!」


 ロアの指す先には、大の大人10人が縦に並んでも余りある高さの両開き扉があった。外壁と色が統一されており、審査を待つ人の列を見なければ判断がつかない。


◇◇◇


 遠巻きに人流を眺め、やがて木の葉のさざめきが聴こえるようになった頃。彼らは、いよいよ扉の前に立つ。


 真っ先に駆け寄ったリベラは、不思議そうに周囲を見渡すと疑問を口にする。


「あれ? 扉の近くに人がいないよ?」

「リベラちゃん、ナイス着眼点よ。実は国や村によって、それぞれ護り方が違っててね。スティア国では、こうやって入国手続きをするの」


 「見ててね」と、ロアは扉の傍らの窪みに収められた本と栞を取り出す。そしてパラパラと頁を繰ると栞を挟み、本を元の場所に戻した。


 すると間もなく、扉を覆い隠すように女性の顔が現れた。リベラが硬直する中、陶器の肌をしたスキンヘッドの彼女は、抑揚のない声で口火を切る。


《――起動コードヲ確認。皆様スティア国へ、ヨウコソオ越シ下サイマシタ。只今カラ、私“エリン”二ヨル入国審査ヲ開始シマス。初メニ、人数分ノ身分証ノ提示ヲオ願イシマス》

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