1 野山の麓の小さな商店街で 12月24日

 野山を駆け巡る風が冷たい粉雪を纏って、そこかしこを白に染め上げていく。まだらに染まった濃緑や赤茶けた木々らは、抵抗するかのように銀の枝を振り上げて、再び雪粒を空に飛ばすので、陽の光が柔らかな輝きを与えて、何とも言い難い冬の煌めきを与えてくれる。


 今日はクリスマスイブ。 そう、クリスマスは明日なのだけれど、昼に夕にと企画されるパーティーは、今夜が本番のようで、街は軽快な音楽と雑多な喧騒で包まれている。


 この景色を初めて目にした幼子は、親友の瑠璃色の小鳥ソラと、真紅のハーネスで繋がれた真っ黒な犬ジロウを連れて、二十四軒もの店が立ち並ぶ不思議な空間に佇んでいた。その手にはキラと輝く一枚の金貨。


「ねぇ、ソラ。お店の人たち、どうして赤い帽子を被っているの?」

 普段は目立つ漆黒の艶めいた髪も瞳も、ここでは多くの人が持ち、朧げながらに幼子は自身のルーツを感じるのだった。


『サンタさん、っていう人の真似なのよ。ここだけでなく、世界中、こんな人たちがいるの。変な星よね』

 ソラはこの星の神鳥だから、さすが、いろんなことを知っている。どれもこれも大雑把にだけれど。


『ねぇねぇ、コウタ! いい匂いがいっぱい! 早く行こうよ』

 フェンリルの亜種「グラン」である漆黒の狼は、自身の身体を縮めることができるのだけれど、ここではどうもチビ犬のようで、小さなコウタでも抱ける大きさだ。コウタはジロウに繋がれたリードに引かれるがままに芳しい匂いの店の前に立った。


 じゅうじゅうぱちぱち、小気味よい音。黄金の油で茶色の拳骨サイズの肉が揚げられている。エンデアベルトでは見たことがないけれど、山ではよく食べていた唐揚げだ。香ばしい油の香りにごくりと喉を鳴らす。


 小さな金貨では心もとないけれど、確か金貨は大金だった筈。幸運を運ぶと言われる金貨だから、一つくらい買っても大丈夫だろうと、ジロウと目を合わす。


「ははは、坊や。お母さんはどうした? 悪いんだけどね、そのお金じゃ買えないよ」

 まるでおもちゃだとでもいうように肉屋のおばさんが笑い飛ばした。

 (本物なんだけど……)

 手の中に戻った金貨を思案げに見つめると、油が染み込んだ紙袋がずいと差し出された。


「アレルギーはないかい? なんだか不思議な坊やだからね、おばちゃんのサービス! ちゃんとお母さんに見せてから食べるんだよ」


 ウインクついでにジロウの目の前にも、ちょっと焦げた唐揚げを転がした赤い帽子の人は、長い箸で休みなく鍋を突き、どんどんお客を呼び込んでいく。


「あ、あの。ありがとう」

 にっこり笑った幼い少年から、ふわりと金の粒が巻き上がったように感じた。鍋の中が一層、金に艶めいて、並べられたパックが光を纏ったのはきっと気のせい。


「えっ? うわっ! やべー! ここの肉、めっちゃうめー!! こんなん、食ったことねぇ」

「うわー、おばちゃん! 今日の唐揚げ最高!」


 食べ歩きをしていた人たちが急に盛り上がり、飛ぶように売れ始めた店を後にして、コウタはとてとてと商店街を歩いていく。


 古びたアーケードは所々破けて真っ青な冬空を覗かせる。シャラシャラパタパタとはためく古びた国旗に新しく飾られたクリスマスのガーランドが楽しげだ。

 小さな間口の店先に、何の魔獣の素材だろうか、パンと膨らんだ犬の人形とその足についた車輪に首を傾げ、すぐ後ろを通っていく大きな二つ輪の乗り物にどきりと後ずさる。

 ビニール製のおもちゃの犬に、忙しなく駆け抜ける自転車に、コウタもジロウも驚いたのだ。


 上に下に、右に左に。どれもこれも不思議なものばかり。そして美しいものばかり。

 四歳になったばかりの小さい胸は、好奇心でパンパンに膨らんでいた。


『コウタ、落ち着いて! プレゼントを買うんじゃなかったの?』

 随分落ち着いているソラに叱咤され、本来の目的を思い出したコウタは、冷めかけた唐揚げをぎゅっと握り締めて、幾つもある店をキョロキョロと見て回る。


 目まぐるしく絵が変わる、音を奏でる四角い箱。あれは持って帰っても使い方が分からない。ガラスでも焼き物でもない柔らかなボトル。人の顔が描かれているけど、食べ物ではなさそうで。


 薬局の前に設置されたCMに目を奪われ、化粧品のパッケージをそっと触ってみる。


「坊や、一人かい? うちの、美味しいからさ、お母さんを呼んどいで!」

 パン屋の前で手渡された一口サイズの揚げパン。試食ってやつだそうだ。

「おう、小さいけどかっこいいワンコロだね」

 ふぐっと口に突っ込まれた小魚の唐揚げは、魚屋の前。鶏肉とは違った美味しさだ。

 つんとくぐもった濃い茶葉の香り。小さな紙コップの緑茶は甘い甘いグリンティー。

 可愛いお姉さんは、手に持ったクレープ一口と、もちもちしたタピオカミルクティーを飲ませてくれたし、カチカチの飴に包まれたいちごはジューシーで、パキパキと割れる飴はシトリンのようにキラと艶を纏って甘美なのに口を刺した。


 嬉しい。 美味しい。 楽しい。


 ハタハタとはためくセールの旗も、ぐるぐると回転台に引っ掛けられた服も、下から天井まで吊るされた鞄たちも、コウタの瞳にはクリスマスを彩る飾りに見えた。


 見惚れ歩く幼子に、街の人らは三角のキラキラ帽子を被せ、片手にグルと風船の紐を巻きつけ、ジロウのハーネスの背にティッシュと赤い羽根を挟んだ。


 声をかけられ、そのたびに嬉しそうにニッパァと笑う幼子からは、ふわりふわりと粉雪のように金の光が溢れ出る。薄汚れた石畳がピカと輝きを取り戻し、破れた天井がスルスルと塞がれた。周囲の木々には緑が鮮やかに生え芽吹き、美しい鳥らのさえずりが柔らかく響いていく。


 ウキウキと湧き上がる活気、疲れた身体がみるみる力を取り戻し、小さな商店街は温かで優しく、清らかで高らかな笑顔と笑い声で満ちていった。


 

 ただ歩くだけで、お腹も心も満たされた幼子は、たくさんの刺激を受けて、既に漆黒の瞳をとろとろと溶かしはじめている。


 アーケードの突き当たり。薄汚れた広場の中央に立てられたクリスマスツリー。

 くるくるゆらゆらと風に揺れるオーナメント、キラキラと光を放つ星にカチカチと色を変えて輝く電球達。

 もらった唐揚げと赤い風船と、握り締めた金貨を胸にきゅっと押しやったコウタは、大きな大きなツリーに目を奪われて動けなくなった。


「す、すごい! オレ、オレ……、これを見せたい」


 でもどうすればいいのだろう。

 この木はきっと、ここの宝物。


 近くのベンチによじ登って腰を下ろし、小さなジロウを抱き上げて考える。


 イルミネーションの明かりは付け方を知っている。

 カラフルなオーナメントは、木の実や果物で何とかできるかな?

 そうだ! とっておきの綺麗な石たち。あれも飾ろう。

 じゃあ足りないのは、すくと立つ大きな木と広場。ワクワクするような音楽……か……な?


 いつのまにか静かな寝息を立て始めた幼子。どこから来たのか薄青い空の雫のようなスライムが柔らかく彼らを包み、白濁した薄霧を纏ってふわと消えた。


 人々は天使が帰っていったのねと、神々しい不思議な光景を優しい目で受け入れた。街はきらきらと活気を艶めかせ、いつもどおりの喧騒を取り戻していったのだった。



 12月24日

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 メリークリスマス! 

 目次の一文字目を繋げてみてね!

 

「メリークリスマス!すてきなプレゼントはだれのもの?」


つらつらと一貫性のない小話にお付き合いくださり、ありがとうございました!

 読者様には「青い鳥と 日記」をベースにした優しいファンタジーを贈ります。

 また、今までの小話には誕生石、幸せを感じる温かな語呂合わせ、そして日付にちなんだ数が隠されています。いくつ、気付かれましたか?

 では、また明日。

 「すてきなプレゼントはだれのもの」になるのでしょうか?


 

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