16 !  12月9日

 !!

 !!!!


 美味しいものを食べた。


 正に口が利けない状態。

 

 バタバタと足をばたつかせて、つい上を見るのはなぜだろう。あれほど馬鹿にしたグルメレポートの一場面。本当に自分がやるなんて!

 ましてやお忍びのように、たった一人で行った店。友人が働いているその店で、本能を剥き出しにした姿を晒してしまった恥ずかしさ。知らぬ人が見たらただの挙動不審だ。でもそれほどにツボをついた美味しさ。

 

 お気に入りのスイーツ店は田んぼの真ん中にあるミルキーブルーの看板の店。ただのケーキ屋だけれど、オーダーケーキのお店として有名で、おしゃれで美味しいデザートを出す店としても名を馳せる。


 こんな田舎だけれど、遠く都会から通う価値があるようで、オーナーと知り合いになったわたしは訳もなく鼻が高い。


 さて、忘れもしないそれは、季節もののデザートで、日々改良を重ねるこの店の商品だからこそ、おそらく二度と口にできない味である。



 真っ白なミルク味のかき氷。中に包まれたのはふわりとした食感のモンブラン。あの解けるソバみたいな食感を損なわず、氷と同じ口溶けで味わう栗そのものの風味。

 疲れ切って避難するかのように訪ねたせいなのだろうか? 思わず上を向き、我に返った時にはポロリ涙が溢れたほどだった。


 一口二口。

 モンブランは、中に潜ませたアイスクリームと栗のムースに切り替わる。

 ああ、この味。


 父親が気まぐれに買ってくれた栗味のチョコ。その中身の味だ。

 本当に本当に気に入って、何度も何度もねだったのだけれど、万人受けの商品でなかったのか、両親にはその良さが伝わらなかったのか、数十年とクチにできなかったあの味。


 大人になっても幾度と探したけれど、似た商品も試したけれど、未だに辿り着けていないその味。


 もしかしたら味覚が変わってしまったのかもしれない。もしかして夢だったのかもしれない。


 もうすっかり諦めていたあの味が、口一杯に広がる喜びと、ミルキーな氷が絡まって、思い出以上に美しいハーモニーを織りなして、幼い日の思い出が色付いて襲ってきた。


 ああ、わたしは苦労した。

 でもわたしは愛された。

 そして今、幸せなのだ。

 わたしは。


 なぜか春先に、一週間限定で出された一皿。

 今年も晩夏にモンブラン氷を頂いたけれど、やはり思い出の味には遠い。

 だけどあの恥ずかしかった一瞬があるから現実を持って思い出せる。


 そして……、年老いてしまった心に真っ赤なルビーのような情熱はもう宿らないと悟ったのだ。


 大丈夫。次はまた違う味で、その時の自分に必要な思い出と共に、きっと出会える。


 ねぇ、あなた。

 唐突だけれど……、これからも仲良くらしていこうね。



 奇跡のような一皿に出会ったことはありますか?


12月9日 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る