第5話



「僕の命、あげる」



彼は頬を濡らしたまま顔を上げると優しく笑う。



「知ってる?猫って9つの命があるんだよ」

「…あんた、」

「僕ね、麗が僕のこと好きじゃないのも僕のことをペット的な感じで見てるのも知ってた」


そんなことを言いながら彼は笑う。


「だからその時の僕は死んだことにしてあと8つ」


9を示していた指は1つ折られた。


「僕の過去で減った分、マイナス3つ」



指は5を示している。


「4つは過去の麗の苦しみの分に使うね。足りないけど少しでも楽になってほしいな」


その言葉と共に指が3つ折られた。

指は1を示している。


「…知ってたの?」



__私が死のうとしていたこと。



全て問わずとも、彼は汲み取ったように頷いた。

そして見慣れたへにゃりとした笑みを浮かべる。


「僕も一緒だったもん」


その言葉にヒュッと喉が変な音を発した。



「僕もあの日死のうとしてた」



あまりにも簡単に告げられたその言葉はドス黒くドロドロとした何かだった。



「1人で死ぬのが寂しかったから麗に声掛けたんだ。最後にいい思いしたいな〜って。でも麗も死にそうな顔してたんだもん。心中も考えたけどそれよりも一緒に生きたいって思っちゃった」


声に出すと照れるね、なんて言いながら彼は頬を掻く。



「…私たち、お互いに利用し合ってたってわけ?」



絞り出した言葉はそれだった。


私は空のことを『死ぬまでの暇つぶし』として利用した。

空は私のことを『生きる理由』として利用した。


そこに純粋な愛があったかと問われれば何とも言えない。



「そういうことだね」

「…今も?」


その質問は愚問だと声に出してから気づいた。

しかし今更撤回なんてできるはずもなく黙ってしまう。


「うーん…難しい質問だな〜」

「……」

「さっきも言ったけど、僕は麗とちゃんと付き合うために色々頑張った。でも最後は麗が決めてよ」


すっかり冷えてしまった手を彼の大きな手に包み込まれる。

そこからじんわりと広がる温もりに再び視界が滲む。



「麗、改めて僕と付き合ってください」



彼の言葉はあの時と差ほど変わらない。

しかしその言葉には計り知れないほどの重さが含まれていた。


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