第2話


「空〜」


だから思ってもなかった。


「ちょっとどこにいるの?」


彼が、何の前触れもなく居なくなるなんて。



『ありがとう。お礼は必ずします』



広告の裏に書かれたその文字は紛れもなく彼のものだった。だって、家にあるホワイトボードに書かれている買い物のメモの字と同じだもん。間違えるはずがない。


「……あー、そっか」


スーツをハンガーにかけながら思い出す。


「猫って死期を察すると飼い主の元を去ろうとするんだっけ」


それは昔、おばあちゃんに教えてもらった知識だ。

その時は信じてなかったのだが、もしかしたら本当なのかもしれない。



現に猫はこうして去った。


死んでいないと思う。

でも私の中で彼は死んだのだ。




「猫なんか拾わなければよかった」




彼を拾ったコインランドリー。

あそこに行った後、私は自殺をしようと思っていた。


部屋を片付け、冷蔵庫の中の食材を使い切った。



ただ誤算だったのは癖で洗濯機を回してしまったこと。



晴れた日にコインランドリーに行ったのは、首を吊ろうとした場所から見えるベランダが干した洗濯物で埋まっていたから。何となく外を見ながら逝きたかったからそれを乾かすためにコインランドリーに行った。


それだけだったはずなのに帰ってくる時には猫を拾っていた。



「…どうせ逝くなら私も連れて行って欲しかったな」



頬を伝う生温い水。

悲しみからなのか、湧いてしまった愛情からなのかは分からない。


ただこの感情に名前をつける必要はないように思えた。

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