晴れた日にコインランドリーで猫を拾った

宮野 智羽

第1話


3年前、猫が逃げ出した。


たまたま拾った猫だった。

コインランドリーに設置された椅子に座って雑誌を読んでいたら声をかけられただけ。

しかし出会いとは不思議なもので、なかなか癒えない傷を癒すために初対面のこの猫を利用しようと思ってしまった。


「それ本気?」

「本気だよ〜。さっきも言ったけど、僕お姉さんに一目惚れしちゃったんだ」


ヘラヘラと笑いながら言葉を紡ぐその『猫』を私は鼻で笑った。


「…分かった。じゃあ付き合おっか」

「え、えぇ!?いいの!?」

「いいも何もそういうことじゃなかったの?」

「付き合う!!お姉さんと付き合いたい!」


嬉しそうに顔を近づけてくる様はまさに犬そのもの。

あれ、猫を拾ったはずなんだけどな。


「はいはい分かったから。じゃあ連絡先交換しよ」

「うん!あ、僕何でも持ってるからお姉さんが使いやすいアプリでいいよ〜」


そう言ってスマホをひらひらと揺らす彼。

どうせ色んな女の子引っ掛けてるからアプリを使い分けてるんだろ、なんて野暮なことは指摘せず飲み込んでおいた。


「じゃあ…」


とりあえず1番よく使うアプリの連絡先を交換した。

『sora』と表記されるアカウント名をそのまま読み上げれば照れ臭そうに笑われる。


「空って書いて『そら』だよ。そのままの名前でしょ。えっとお姉さんは…『麗』?何て読むの?」

「『うらら』だよ」

「へぇ〜、綺麗な名前だね。お姉さんにぴったり」


褒め慣れているのか当然のように持ち上げてくる空に思わずジト目を向けてしまう。

しかしそんな視線さえ慣れているのか、彼はヘラヘラと笑うだけ。


その時、ピーッという高い音が乾燥の終了を伝えた。

そうだ、ここはコインランドリーだった。

椅子から立って洗濯機から衣服を取り出せば、空が当然のように私が家から持ってきた袋を広げて立っていた。


「何?」

「手伝おうかなって」

「……ありがとう」


少し違和感を感じるがそれが何か分からない。

とりあえず返事をして空が持ってくれている袋に洗濯物を詰めていく。


「よしじゃあ行こうか!」


袋についている持ち手を肩にかけて空は出入り口へ向かう。


「ん?ちょっと待って」

「どうしたの?」

「あんたも来るの?」

「ダメなの?」

「いやダメではないけどさ…」


当然のように荷物を持ってくれるのは有り難いが、初対面の男を家にあげるのは…


「だって僕たち付き合ったんでしょ?」


笑いながらそういう言われてしまえば何も言えない。これに関しては主にこちらが悪い。


「はぁ…分かった。じゃあ着いてきて」

「はーい!」


コインランドリーで猫を拾うなんて思っても見なかった。






「わぁ…綺麗な部屋」

「……物が少ないだけだよ」


空は私が住んでいるマンションを気に入ったようで、少し探索したかと思ったら大人しくラグに胡座をかいた。


「居座るの?」

「えへへ、実は僕最近家を追い出されちゃって」


…とりあえず「えへへ」なんて呑気に笑える内容ではないし、お前やっぱり家探しでナンパしただろ。


その考えが顔に出ていたのか、空は私の顔を見るなり慌てて手を振りながら否定してきた。


「違う!お姉さんに一目惚れしたのは本当!」

「……何も言ってないわよ」

「えぇー…顔に書いてあるよぉ〜」


半泣きになりながら弁解を続ける空に何とも言えない気持ちになる。まぁ私も利用しているんだし、人のこと言えないか。


「まぁいいや。別に家にいてもいいけど家事はやってね」

「やる!僕以外と料理とかできるんだよ」

「…じゃあ晩御飯作ってもらおうかな。私洗濯物畳んでるから」

「はーい!って、冷蔵庫に何も入ってないじゃん!駄目だよ〜ちゃんと食べないと」

「これからアンタが作ってくれるなら問題ないでしょ」

「これからも置いてくれるの!?」

「流石に今更突き放せないわよ」



そんな感じで猫と私の暮らしは始まった。

家事をして家で私の帰りを待つ猫。


私は彼に何も聞かないし、彼も私の踏み込んでほしくない所には踏み込んでこない。


その関係性が心地よくて、ぬるま湯に浸かるような関係にほんの少し微睡んでいた。


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