集落にて

 キンツェムに向かう街道近くの隧道で、小型の走竜に出くわした。小型といっても軽種の若駒くらいはある。純ミアキスの熊かなんかと獲物をめぐって小競り合いでもしたのか、えらく気が立っている。全身の羽毛を逆立てこちらを威嚇してきた。

 山岳地の麓ならいざ知らずこんな平野部に現れるのは珍しい。それに、この先には行幸の列と落ち合う予定の集落がある。不味いな。

 側近で護衛のカインに目配せして、剣を抜く。カインも槍を構え、攻撃に備える。リョウはカインに顎で指示され、しぶしぶというかやれやれというかそんな表情でシェリアル姫の護衛に回る。

 剣の鍔の装飾にはマナが入っている。攻撃するとその衝撃でマナに入っていた火や氷、雷が刀身を伝わる仕組みだ。束頭に普通のマナを入れておけば松明の替わりにもなる。

 この武器の装飾にマナを利用するアイデアはジウスドラの考案だ。それまではマナは投擲して使う物だったし、これなら後で拾いに行く手間も省ける。サピエンスというのは本当に凄いことを思い付くな。

 ウルズス系は手甲やガントレットの内側に治癒のマナを仕込んでサピエンスの拳闘みたいに運用している。こうすることで素手の時より殴りつけた時の衝撃が柔らくなるのだという。その話を聞いたカインも籠手にマナを仕込むようになった。

 俺も鍔の装飾に火のマナを付けているから、同じように手甲に仕込んでみたが、本当に衝撃が緩和されたと実感出来た。

 気合一閃。振りかぶって走竜の嘴の付け根に刃を振り下ろす。

 走竜もビックリしたにちがいない。目の前に火花が散って鼻先を焼かれるとは思ってなかっただろう。

 ただ、この時の俺には、姫にいいところを見せたい欲目、改めて惚れてほしいといったいやらしい下心があった。そんな浮わついた根性で挑んだせいで踏み込みに余計なタメ、つまり隙が生まれた。

 走竜がそんなふざけたぬるい構えを見逃すわけがない。一瞬で懐に飛び込まれ、齧られかけた。

 嘘だろ?食われる?!

「うわっ」

 牙を躱そうとしてバランスを崩した挙句、無様にひっくり返った。

「殿下!」

 姫の悲鳴が鼓膜を震わせた。

 冷静に間合いを図っていたカインが、雷のマナを仕込んだ石突を逆袈裟に振り上げ走竜を弾き飛ばす。下顎をしたたかに殴られたうえに雷撃で昏倒する走竜の喉もとに刃を突き立てとどめをさすと、背を向けたまま言い放った。

「姫を早々に未亡人にする気っすか?大将」

 大将、とはまだ乳歯しか生えてないガキの頃のあだ名だ。普段はわきまえている側近の遠慮ない物言い。つまりは本気で呆れ怒っている。

「軽率だった、すまない」

 ここでカインがいなかったら。倒れたところに追撃を喰らって死んでいた。想像して肝が冷えた。



 灌木の茂みを掻き分けてサピエンスの猟師が現れた。


「なんだお前は」

「そっちこそ誰だよ?!ここは入会地だぞ!?」

「そうか」

 怪しいヤツとして集落に引っ立てた。



 環濠と外郭の内側は、入り組んだ細い路地と白い漆喰に、きめの細かい灰茶色の薄い石の板を乗せた小さな住居がひしめく集落だ。結構な大集落の割には閑散としている。

「あっおばちゃん何とか言ってくれないか、この兄さん人のはなし聞いてくれなくって」

「あらカズゥじゃないの」

「知っているのか」

「この人、集落の入会地で猟師をやってるのよ」

 集落の住人は珍しいことにサピエンスが殆どだった。ミアキスヒューマンは女と老人ばかり。空き地では、年端のいかないミアキスヒューマンの子供たちが、小禽くらいの鳥竜をけしかけて優劣を競う闘竜に興じている。

 男たちがいない。本来ミアキスヒューマンの男が担う力仕事を、ミアキスヒューマンの女と老人とサピエンスが肩代わりしている。つまり、夫たちは先先の白竜討伐に馳せ参じたのか。


 長老の屋敷が今日の逗留先だ。御目通りするなり将軍以下幹部全員で集落の長老に頭を下げた。

「頭をおあげください、殿下。白竜の厄災に怯えて暮らす生活から解放されたことの方がずっと喜ばしい。討伐に赴いた者達も残されたものが泣き暮らすより前を向いて生きる事を望んでおるはずです」

 建前かどうかは分からない。だが、あの子供たちが立派に独り立ちしてこの集落がまた活気に満ちた生活を取り戻すまで支えてやるのも施政者の務めだ。

 改めて先刻の己の軽率な判断に肝が冷えた。


 社交室に入ると、猟師カズゥがいた。目が合うなり「先ほどは大変なご無礼を」と頭を下げてきた。

「気にするな」そう返して隣に座るよう促す。

「砂漠の殿下だったのですか」

「こちらもちょっと訳ありでな」

「訳あり?」

 サピエンスというのは本当に好奇心旺盛だ。悪人で無いことは明白なので口外無用と念押しして呪いの話をした。

「えぇ、ちょっとわからないなぁ」

 カズゥの反応は本当に何も知らないようだ。聞けば「だって100年前にアシルの神様が取り決めた神託で、みんな周知の婚礼なわけじゃないですか。そんなお目出たい祝いの日にそんな、台無しにするような意地悪い真似なんて無粋じゃないですか。子供の童話の悪役以下ですよ」

 


 宴の席で白竜討伐の話題にあがった。カズゥの親代わりだったミアキスヒューマンも白竜の餌食になったのだという。

「それが15年前の話でねぇ」

 白竜の背中には一本の槍が刺さっていた。あの槍のお陰で白竜の頭に飛び付いて眼窩を抉ることができたのだ。感謝するのはこっちだ。

「お前の父替わりの槍だったか。それなら城で大事に保管している。行って形見を受け取ってこい」

「ありがとうございます、殿下」


 翌朝、カズゥがなにやらもってきた。

 百年以上前に作られたと思われる宝飾品だ。こんな精緻な細工物、宝物庫でもなかなか見られない。

「どうしたんだこれは」

「親父の形見です。俺にはマナを見たり採ったり出来ないから。殿下に使ってもらえるならその方が親父も喜びます」

「それは集落の子供たちにとっておいてやるといい」

「子供たちはマナの採り方を知らんのです」

 本来は大人との遊びの中で学んでいく術だ。

 カズゥと子供たちを連れて集落の近くの陽光の差す沢でマナを取って見せた。清冽な輝きを放つそれを子供たちに見せてやる。

「すごーい」

「わぁ、綺麗」

 新しい遊びを覚えた子供たちが、さっそくその辺の石を探して試してみようとはしゃいで駆け出していく。

「親父もこうやってマナを取ってた」

「懐かしいなぁ」

 ありがとう。ありがとう。何度も繰り返す。カズゥは男泣きしていた

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